第77話 街道沿いの村
初日の旅路は穏やかだったけど、翌日からはちらほらと魔物を見かけるようになり、そのうちの何度かは戦闘になることもあった。
まあ戦闘と言っても人通りが多い街道に高ランクの魔物が現れることはないし、屈強な軍隊を有する辺境伯領に盗賊が流れて来ることもないので、危険と言うほどではなかったけど。
ただ、ルジェナが言っていたように野営中は魔物が襲ってくることが多くて、そのたびに対応に追われるルティーヴァさんとニッカルヴィアさんは、大変そうだった。
と、まあ、それはともかくレーヴェンスタットを出立してから3日目の午後、僕たちはケッセルスタットへと向かう街道から外れた場所にあるスヘンドルプという名の小さな村に到着した。
この村に寄ったのは旅の疲れを取るためだ。
いくら休憩があるといっても1週間も馬車に乗り続けるのは体力的に厳しいし、野営中に戦闘があれば目が覚めてしまうからしっかり休むこともできない。
そのため、『休める場所があるなら休んでいく』というのが旅の常識になっている。
「今日はここに泊まってくだせぇ」
エシュライアンさんに案内されたのはこぢんまりとした平屋の建物で、正面にある入口から中に入ると調理場の付いた食堂になっていて、食堂の左右にはツインの部屋が2つずつで合計4部屋あった。
さらに、調理場の勝手口から外に出ると水浴び場があり、2つの水瓶には綺麗な水が貯められていた。
「元は猟師小屋だったんで宿屋みてぇに快適じゃありやせんが、必要な設備は揃ってやすんで、寝泊まりに不自由はねぇはずでやす」
シュタビルの3人はこの村に拠点を構えており、エシュライアンさんが宿泊用にこの建物を提供し、馬屋を営むルティーヴァさんの家が馬の世話を引き受け、雑貨屋を営むニッカルヴィアさんが物資の調達をしてくれる。
「食事はどうしやす? ここでも作れるでやすが、近くに食堂もあるでやすよ?」
「んー、今から準備するのも手間ですから食堂に行くことにします」
自炊した方が安上りだけど、休息が目的だからわざわざ手間をかけるようなことはしない。
エシュライアンさんはダミアンさんに食堂の場所を教えてから建物を出て行った。
「さて、私は補充する物資の確認をしにニッカルヴィアさんのところへ行くけど、みんなは夕食まで自由に休んでね」
そう言ってダミアンさんも建物を出て行った。
「アルテュール様、おのは暗くなる前に馬車の整備をしてくるです」
「うん、分かった」
「それならオイラも手伝うっす」
最後にルジェナとロドルフも建物を出て行き、僕とカチャの2人になってしまった。
「なぁ、オレも何かした方が良いか?」
「ん? そうだなぁ……、じゃあ、お湯を沸かしてくれる? 湯船に浸かれないのは仕方がないけど、せめてお湯で身体を洗いたいんだ」
馬車に積める水の量は樽2つ分だけなので、人と馬が飲めば4日でなくなってしまう。
水場があれば補充することもできるけど、そう都合よくあるはずもなく、この3日間身体を洗うことを我慢していた。
「いつ戻ってくるか分からないけど、他の人たちの分も用意してあげてね」
「おう、任せとけ!」
カチャに全員分のお湯を沸かすように指示をしてから、割り当てられた部屋に1人で入った。
部屋の中はとてもシンプルでベッドが2つと2人用のテーブルセットがあるだけだ。
僕は自分のカバンから着替えとタオルと石鹸を取り出してテーブルの上に置いた。
「それにしても、うまいこと考えたもんだ」
宿屋を経営する場合は人頭税の他に事業税と宿泊税を納める必要がある。
その一方で冒険者にかけられている税金は人頭税だけだ。
まあ実際には依頼人の方に任務委託税という形で課税はされているんだけど、それは冒険者には関係がないので今は置いておく。
で、注目すべきは、この建物は宿屋ではなくエシュライアンさんの家の離れということだ。
あくまでも『冒険者が護衛依頼の遂行中に依頼人を自宅に泊めた』というスタンスにすることで、事業税と宿泊税の納税を逃れているという訳だ。
僕たちにとっても、宿屋に宿泊費を払うよりシュタビルに謝礼という形で追加報酬を払った方が安く泊まれるので、互いに得をする取引だ。
領政府だけが税金を徴収できず損をしているように見えるが、冒険者が自宅を利用して稼ぐことで、その戦力を領内に留めているため、領政府にとっても必ずしも損とは言えない。
「税金を取るだけが益ではない、ということだね」
実際、シュタビルにとってこの村は出身地であると同時に拠点でもあるので、戦争になれば辺境伯軍に加勢すると言っていたからね。
「おーい、アールー、湯が、沸いたぞー」
考え込んでいる間にお湯が沸いたようで、カチャが大声で僕を呼んでいた。
僕は『すぐに行く』とカチャに応えてから、テーブルに置いた着替えを持って部屋を出た。
◇◇◇
水浴び場で身体を洗ったあと、僕は夕食の時間になるまでベッドで眠っていた。
ルジェナに起こされて食堂に行くと、夕食時ということもあってとても賑わっている。
僕たちは壁際の席について食事を始めた。
「――ということで物資の方は問題ないよ」
ダミアンさんの報告を聞いた限りだと、ニッカルヴィアさんは随分と融通を利かせてくれたようで、調達するだけでなくわざわざ馬車に運び込んでくれるそうだ。
「馬車の方は車輪にいくつか傷が入っていたですが、浅かったですから軽い補修で済んだです」
馬車の車輪は、車軸に固定されるハブを中心に、ハブとフェローを繋ぐスポーク、地面に接するフェローの3つの部品で構成されている。
そして地面に接する関係上、どうしてもフェローに傷が入るので補修が欠かせない。
「それなら予定通り明日の朝に出立できますね。順調に行けば、あと――」
「はん! なぁにがじゅんちょぉーだぁ」
唐突に隣りの席で酒を飲んでいた冒険者の男性が大きな声でダミアンさんの説明を遮り、よろめきながら立ち上がった。
「こちとら足止めくらってるってぇのに、おれへのあてつけかぁ? あぁん?」
呂律の回らない口調と視点の定まらない目におぼつかない足取り、どう見ても酔っ払いだ。
「――んなあ! それは!」
「あぁん!? どれぇのくせに酒なんておこがましいんだよ!」
酔っ払った冒険者はルジェナが大事に残しておいたジョッキに手を伸ばすと、一気にエールを飲み干した。
「ぷはぁー」
楽しみに残しておいたエールを奪われたルジェナは、涙を浮かべながらも怒りに満ちた視線を冒険者に向けた。
「――おのの、――酒に、――手を出す、――とは、――いい度胸、――です!」
世間に『酒はドワーフの血にして逆鱗』という言葉が浸透するほどドワーフはお酒が好きで、ルジェナは奴隷契約の年数を延ばしてでもお酒を飲みたがるほどの筋金入りだ。
しかも、『迂闊に手を出せば鉄の報いを受ける』と言われていることもあって、ドワーフからお酒を取り上げるような人はいない。
それなのに、そのお酒を奪う人がいるなんて思いもしなかった。
「まあまあ、落ち着いてください」
咄嗟の事でどうすれば良いか分からず戸惑っているうちに、ダミアンさんがルジェナを落ち着かせようとしていた。
「ダメですよ」
ダミアンさんがそれとなく視線を送ってきたので、僕はルジェナが手を出さないように腕を掴んだ。
いくら相手から絡んできたといっても、奴隷が暴力を振るえば、その罪は主人にも及ぶ。
「――ぐっ!」
腕を掴まれたことに気付いたルジェナが僕を見て動きを止めた。
良かった。もしも止まらなかったら奴隷紋を使うしかなくなるところだった。
「はんっ! ざまぁみろ!」
「まあまあ、あなたも落ち着いて。とりあえず、もう1杯どうですか?」
「あぁん!?」
ダミアンさんは給仕の女性にエールのお代わりを注文すると、冒険者を元の席に座らせて自分はその隣に腰を下ろした。
「それで、何があったんですか?」
酔っ払いの冒険者はダミアンさんの親身な態度に毒気を抜かれたようで、苛立ちの原因を話し始めた。
「どうもこうも、せっかく割の良い依頼があるって聞いてここまで来たってのによぉ――」
彼はレーヴェンスタットの冒険者ギルドでケッセルスタットに割りの良い依頼が出されたという話を聞いて向かっている途中だったそうだ。
しかし、移動中にパーティメンバーの1人が病気に罹ってしまい、治療のためこの村に寄ることにしたんだけど、村には治癒ポーションの在庫がなく、レーヴェンスタットから取り寄せるまで村を離れることができなくなったんだとか。
「それは残念でしたね。ですが、その割りの良い依頼とやらの期限は3週間後なのでしょう? まだ諦めるのは早いと思いますよ。私も行商をしていた頃は――」
ダミアンさんは自分の過去を話しながら、『そういう時もある』と冒険者を慰めている。
さすがは商人、事を荒げない穏便な対応には感心する。
「ぐぅー、何であんなヤツにおののエールを……」
どうにか踏みとどまったとはいえ、目の前でお酒を奪われたルジェナの怒りは収まらず、いまだに冒険者の背中を睨み続けている。
その子どもみたいな態度には呆れてしまうけど、このまま放置して明日からの移動に差し支えても困るので、エールのお代わりを注文した。
「――っ、くぅー、ありがとうです!」
涙を浮かべながら感謝する様子に『そこまで!?』と思う気持ちもあるけど、とりあえず機嫌が直ったようで安心した。
「さて、明日も早いからそろそろ戻りましょう」
食事を続けている間に酔っ払いの冒険者は眠ってしまったようで、一緒に飲んでいたダミアンさんが戻って来た。
「放っておいていいの?」
僕はいびきをかきながら眠っている冒険者を指差した。
「お客が酔い潰れるのはよくあることだから、あとの対処はお店の人に任せれば大丈夫」
ダミアンさんの言葉を聞いて給仕の女性に視線を向けると、笑顔で手を振っていた。
「お酒を奢った上に話まで聞いてたから、てっきり何かしてあげるのかと思った」
「まあ、お仲間が病気になったことは可哀そうだと思うけど、だからといって酔って暴れる冒険者に手を差し伸べるほど私はお人好しではないよ」
冒険者が暴れて僕たちやお店に被害が出るくらいなら、酔い潰してしまった方が手間がかからないそうだ。
「あとは商業ギルドに報告すれば今回の件は終わりだね」
「えっ、報告?」
「あぁそうか、アルテュールくんは知らないか。実はね――」
商業ギルドが様々な情報を会員に提供していることは知っていたけど、その中には冒険者の素行に関する情報もあるそうだ。
当然ながら冒険者ギルドがランク制度によって冒険者を評価しているんだけど、戦闘能力と依頼の達成回数を基準にしてランクを付けているので、高ランクだからといって信頼できるとは限らない。
「でもね、行商人には冒険者の人柄というのはとても重要なんだ」
行商の旅路というのは言わば『猛獣に囲まれたウサギ』のような状態なので、信頼できない冒険者を側に置きたくはない。
冒険者ギルドもある程度は情報を提供してくれるけど、どうしても仲間意識が働いて評価が甘くなることがある。
そこで商業ギルドは会員から冒険者の情報を集め、独自に評価をして会員に還元することで、素行の悪い冒険者を雇わないようにしているんだとか。
「そのおかげで、今もこうして生きていられるんだよ」
ダミアンさんが商人を止めるきっかけになった襲撃事件では、盗賊の数が多く護衛の冒険者たちでは勝てないことは明白だったそうだ。
しかし、そんな状況でも護衛の冒険者たちは最後までダミアンさんを守ったらしい。
「不利な状況になると護衛対象を置いて逃げてしまう冒険者もいるからね。最後まで守ってくれた彼らには感謝している」
実際に死にかけているから説得力が違う。
僕はもう一度酔いつぶれた冒険者を見た。
「確かに、あの人には護衛してほしくないね」
ロドルフとカチャも同じことを思ったようで、冒険者を見て頷いていた。




