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第76話 護衛は楽じゃない

 ニコラースさんたちとの話し合いでエシルとビシルの増産が必要という結論になったものの、レーヴェンスタットだけでは蜘蛛の採取量には限界がある。

 そこで、冒険者ギルドに試験採取をしてもらった西の辺境を採取地にするため、その近くにある町に蜘蛛の採取から製糸までを行う工房を立ち上げることを決めた。


 そこまではスムーズに決まったんだけど、立ち上げ時期については意見が分かれてしまった。

 一方は冬が近いこの時期に立ち上げても蜘蛛の採取がいつまでできるか分からないので来年の春を待った方が良いという意見があり、もう一方は人手が余る冬の間に工房を改修した方が安いので早々に着手した方が良いという意見だ。


 どちらの理屈ももっともなんだけど、今の時点では判断材料が少なすぎて、どちらが正しいのか比べることができなかった。

 話し合いの末、とりあえず現地を視察して状況を確かめるしかない、という結論に至った。

 それならついでに、少しでも蜘蛛の採取ができないか試してみようという話になり、急いでその町へ向かうことになった。


 それからの1週間は屋敷を空けるための引き継ぎと旅支度に追われていた。


「ほれ、食料はこれで最後だ」

「ありがとっすー、バルテルさん」


 料理人のバルテルが用意した食料品が入った木箱を御者のロドルフが受け取り、荷台に積み込んだ。

 まだ日の出前の薄暗い時間帯にもかかわらず、使用人たちが集まって出立の準備を手伝ってくれている。


「カチャちゃん、気を付けて行くのよ」


 今回は蜘蛛の解体要員としてカチャを連れて行くことにした。

 ファクチュア工房で雇っている訳じゃないから本当は連れて行くべきじゃないんだけど、マンフレットくんにはこの町に集まる蜘蛛を解体してもらっているので連れて行けない。

 それにカチャは僕と一緒に王都に行くために護衛になりたがっているので、先を見据えた実践を経験させる機会にもなると思い、母さんに頼んでカチャの同行許可をもらった。


「危ないことはしちゃダメよ」

「んなこと言ったって、アルの護衛もするんだから、危ねぇのはしょうがねぇだろ?」


 カチャは普段の見習いメイド姿とは違って、冒険者が着るような動きやすい布地の服に革製の防具を身につけ、訓練用ではなく刃のついた実戦用の短槍を手にしている。


「んもう! アルテュール()でしょ! さ、ま!」

「だぁ、分かってるよ!」


 心配性のマノンと過干渉にうんざりするカチャの掛け合いは、姉妹や母娘のようで微笑ましい光景だ。


「いいですかルジェナ、アル様にお肉ばかり食べさせては――」

「――だぁ! もういい加減にするです! そのぐらい分かってるです!」


 こっちはこっちで母さんの護衛として町に残るステファナがルジェナに僕の食事や睡眠について、(こま)(ごま)としたことまで母さんよりも口うるさく注意している。


「ダミアン様、確認が終わりました。積み忘れはありません」

「ありがとうございます、ヘラルダさん」


 荷物の積込みが終わると同行する人たちが次々と馬車に乗り込んでいく。

 まずは僕の護衛をするルジェナが乗り、次に蜘蛛の解体ができるカチャ、工房の立ち上げを任せるダミアンさん、そして御者を務めるロドルフが御者席に乗り込んだ。


「アル、気を付けて行くのよ」

「うん」


 僕たちの目的地はレーヴェンスタットから西へ進み、辺境の森の手前にあるケッセルスタットという宿場町だ。


「そいじゃあ、出発するっすー」


 最後に僕が乗り込んで出発の挨拶を済ませると、ロドルフの軽い合図で馬車が動き出した。


「行ってきまーす!」


 僕は荷台の後から、見送ってくれる母さんとステファナに向かって手を振った。

 そして馬車はゆっくりと進み、屋敷の門を越えると母さんたちの姿は見えなくなった。


「寂しいです?」

「ふぁっ?!」


 いつまでも屋敷の方を見ていたからルジェナに揶揄われた。


「いやまぁ、そういう気持ちがないとは言わないけど……」


 どちらかと言うと心配の方が大きい。

 吏爵位を授かったとはいえ母さんが寡婦であることに変わりはないし、臣下ですらなかったのに突然吏爵位を授かったことで、周囲からはあまり良い感情を向けられていない。

 母さんは僕には言わないけど、面倒な仕事や手間のかかる仕事を回されていることくらいは知っている。


「ファナがいれば大丈夫だとは思うけど、心配は心配だよ」


 いくらなんでも爵位持ちに手を出すような愚かな人はいないだろうけど、母さんは美人だから(よこしま)な考えで近づいてくる男が居てもおかしくはない。


「……あぁやっぱり心配だなぁ」

「やれやれです」


 母さんを心配する僕をよそに、ルジェナは呆れた表情でため息をついた。


◇◇◇


 僕の鬱々(うつうつ)とした気分とは関係なく馬車は薄暗い町中をゆっくりと慎重に進み、通り過ぎる町並みが徐々に明るくなり、日が昇り切る頃に西大門の門前広場に到着した。

 ここで僕たちを待っていたのは今回の護衛を担当してくれる3人組みの冒険者パーティで、普段からレーヴェンスタットとケッセルスタットを往復する護衛依頼を受けているベテランと聞いている。


「オレはDランクパーティ、シュタビルのリーダーをしているルティーヴァだ。よろしく頼む」


 ルティーヴァさんはあまり身長は高くないけど筋肉質な男性で、Dランクにしては古めかしくて修復跡が多い防具を付け、一般的な槍よりも肉厚な穂先の槍を持っている。


「オラはニッカルヴィアだす」


 おっとりとした喋り方で自己紹介をしたのは、肉付きの良い体格をした盾士の大男だ。

 パーティのタンク役で大盾で防いで片手持ちのメイスで攻撃するスタイルみたいだ。


「あっしはエシュライアンでやす」


 彼は索敵と追跡といった斥候の役割を担当しているんだけど、猟師だった親から狩りの技術を教わったので、狩人って名乗ってるんだとか。

 主に使う武器は猟弓(さちゆみ)と投げナイフで、敵が近づいた時は(なた)も使うそうだ。


「これで全員集まりましたので、(しゅつ)(もん)検査を受けに行きましょう」


 ダミアンさんはシュタビルの3人が馬車に乗ったことを確認すると、ロドルフに指示を出して馬車を出門検査待ちの列に並ばせた。


「――よし、通って良いぞ」


 順番待ちには1時間近くかかったけど、検査自体は10分程度で終わった。

 検査の主な目的が禁制品の取り締まりなので荷物の検査は厳しいけど、人の出入りについては指名手配されていなければとくに注意されるようなことはない。


「皆さん乗りましたっすねー。そいじゃあ、出発するっすよー」


 ロドルフの気の抜けた掛け声で馬車は出発した。


 荷物が少ないこともあって、この馬車は徒歩よりも速い。

 確か徒歩は時速4kmぐらいだって聞いたことがあるから、この馬車は時速6kmぐらいは出ているはずだ。


「馬車はもっと速い乗り物だと思ってたけど、実際は徒歩と大して変わらない」


 舗装されていない街道で速度を上げると振動で馬車が壊れてしまうかもしれないし、馬車を引く馬にも大きな負担がかかる。

 今の速度ですら2時間から3時間に1回は休憩を入れないと馬が疲弊してしまうので、緊急時以外は常にこの速度だ。

 それに、休憩は毎回1時間ぐらい必要で日が落ちる前に移動を切り上げないといけないから、1日に5時間ぐらいは移動しているはずだ。


「あれ? 移動時間は意外と短いな」


 移動時間をもとに計算すると1日に移動できる距離は30km程度、これに移動日数の7日をかけると総移動距離は210kmになる。


「んー、移動時間の割りに近い? それとも遠い?」

「何が遠いです?」


 どうやら無意識に声に出してしまったようで、ルジェナに問いかけられた。


「あぁ、いや、ケッセルスタットまでは遠いなぁ、って思っただけ」

「まあアルテュール様(こども)には遠く感じるかもですね」


 馬車と自動車を比較していたとは言えないから誤魔化したんだけど、宥めるようで憐れむようなルジェナの表情に不愉快な気分になるのは僕の気の所為だろう。


「まあ、僕のことはともかく、そっちは何の話をしてたの?」


 僕が移動距離の計算をしている間、ルジェナとカチャが何かの話をしていたことぐらいは気付いている。


「こういう機会は滅多にないですから、カチャに馬車を護衛する際の注意点を教えていたです」

「そうさ、ルーねぇはCランクだから色んな事を知ってんだぜ!」


 なんでカチャが偉そうに言っているのかは分からないけど、……敬語の勉強は増やした方が良さそうなのは分かった。


「それ、僕にも聞かせてもらえる?」


 レーヴェンスタットに戻ったらヘラルダに言いつけるつもりでメモに書き残しつつ、暇つぶしを兼ねてルジェナの話を聞く事にした。


「それなら初めから説明するですよ」


 最初にルジェナが説明したのは馬車の走らせ方だ。

 馬車は自動車と違って馬に引かせているため、思い通りに動かすのが難しい

 鞭を入れれば進み手綱を引けば止まる、というような簡単な話ではなく、いかに最小の指示でストレスを与えずに馬を誘導するのかが御者の腕の見せ所なんだとか。


「馬を自在に操るには、それなりの経験が必要です」

「あぁ、それで御者席のうしろにダミアンさんが座ってるのか」


 ロドルフは父親から御者の訓練を受けていたとはいえ実際に馬車を操った経験は少ない。

 だからこそ、経験豊富なダミアンさんが後ろから助言しているらしい。


「それで、ここからが護衛の話になるですが、馬車の護衛する方法にはいくつかあるです」

「いくつか?」


 ルジェナがそう切り出すと、隣に座っていたカチャが興味深そうに身を乗り出した。


「まずは『(ずい)(はん)』です。これは護衛が馬車の周囲を歩いて警戒する方法で、荷物を多く運びたい行商人を守る時に使われる隊形です」


 なるほど、確かにそれなら荷台いっぱいに荷物を積める。


「でも、それって護衛がずっと歩くってことだろ?」

「そうです。だから体力の消耗が激しいところが短所になるです。距離が長いと依頼を受けない冒険者もいるです」


 歩いて移動する上に戦闘まで熟さないといけないのか、その依頼は僕も避けたい。


「次は『(どう)(じょう)』です。これは今のように、護衛が馬車に乗って移動する守り方です。引っ越しや貴族の移動でよく使われる隊形です」

「行商人は使わねぇのか?」

「積める荷物の量が減るですから、特別な理由でもなければ使わないですね」


 そう言えば、ヘルベンドルプからメルエスタットに移動する時に行商人のブロウスさんの馬車に乗せてもらったことがある。

 あの時は行商のあとで荷台が空いていたから乗せてもらえたけど、荷物が満載だったら乗せてもらえなかったのかもしれないな。


「最後が『()(じょう)』です。これは護衛が馬に乗って馬車の周囲を並走して警戒する隊形で、主に高位貴族の移動時に使われるです」

「ってことは、めっちゃ金かかる?」

「その通りです。馬を扱える護衛も必要になるですし、馬自体の調達や維持にもお金がかかるです」


 カチャは貴族をお金のかかる生き物とでも思っているのだろうか?

 まあ、あながち間違ってはいないけど、などと考えていたら、ふと今の護衛隊形でどうしているのか分からない部分があることに気づいた。


「ねぇ、今の僕たちは『同乗』に当たるわけだけど、索敵ってどうしてるの?」


 随伴も騎乗も護衛が馬車を囲って周囲を警戒しているけど、今は全員が馬車に乗っている。


「ああ、それは状況に応じて斥候を出して安全確認をするですよ。たとえば――」

「それはあっしの役目でやす」


 御者席のエシュライアンさんが振り返って軽く手を挙げると、そのまま馬車を降りて、道の先に見える丘へ向かって駆け出していった。

 馬車が丘に差しかかった瞬間、草むらの中からエシュライアンさんがすっと現れ、馬車の動きに合わせてタイミングよく飛び乗り、御者席へと戻った。


「とまあ、こんな感じでやす」

「――すごい、まるで軽業師だ」


 いくら馬車の速度が遅いと言っても、弓を持ったまま馬車に飛び乗るエシュライアンさんの身軽さに僕は思わず感心してしまった。


「おお、マジすげぇ。それに比べてあいつらは……」


 カチャは丘の頂上まで走ったエシュライアンさんを褒める一方で、馬車の後部に座っているだけのルティーヴァさんとニッカルヴィアさんに冷やかな視線を向けた。


「ああ、2人は戦闘がメインでやすから、移動中は体力を温存して夜間の警戒を担当するんでやすよ」


 2人もエシュライアンさんの説明を聞いていたようで、ニッカルヴィアさんが僕たちに向かって軽く手を振った。


「そ、そうなのか、わりぃ」


 さすがにバツが悪かったようで、カチャは顔を伏せて2人に謝った。


「野営の夜が旅で一番危険な時間です。暗闇の中では逃げることも難しいですから、夜の護衛に万全を期すために移動中は休んでもらうですよ」


 ルジェナに言われて思い返せば、確かに護衛の冒険者はいつも3人以上だった。

 漠然と3人1組が一般的なんだろうと思っていたけど、そこに込められた理由までは考えたことはなかった。


「なるほどなぁ、護衛ってのはただ戦えれば良いって訳じゃねぇんだな」

「そういうことです」


 ルジェナとエシュライアンさんの説明が丁寧だったこともあって、カチャにも理解できたようだ。


「そろそろ日が傾くっすから、馬車を止めるっすよー」


 ロドルフは話し込んでいた僕たちに声をかけてから、野営に適した場所に馬車を停車させた。

 初日ということもあり、まだレーヴェンスタットの生活圏から抜けた程度の距離しか移動していないので、襲われることもなく穏やかな旅路だった。

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