第74話 打ち合わせ
普段の生活に戻った僕は、依頼に集中するために後回しにしていたファクチュア工房の書類の処理に取りかかった。
ダミアンさんとヘンドリカさんがいたので工房の運営に問題は起きなかったけど、いくつか確認と検討が必要な案件があった。
1つは冒険者ギルドから、指定量採取依頼の上限が近いと知らせがあったことだ。
指定量採取依頼を出しているのはアンブッシュ・スパイダーだけなので、上限に達すると糸液が手に入らなくなってしまう。
現状の生産量と販売状況を考えると不足する可能性があるので、この件についてはケイプ・スパイダーにも指定量採取依頼を出すことで対応することにした。
もう1つは商業ギルドからの勧誘だ。
ダミアンさんからの報告によると、先月から『商業ギルドに加入するように』といった内容の手紙が届くようになったんだとか。
一応『加入できる程の利益が上がってない』と断わっているけど、それでも手紙を送ってくるらしい。
「このまま加入しない気かい?」
「利益の問題もあるけど、この町で商売しているだけだと、加入する意味がないんだよね」
商業ギルドの主な役割は、お金の管理と商品の流通に従業員の斡旋で、会員になればそれらの支援を受けられる。
だけど、ファクチュア工房の従業員は孤児院からの斡旋だし、冒険者ギルドが調達した素材で商品を作って直接お客に販売している。
つまり、商業ギルドが介入する余地がない。
「商業ギルドは他の町にもファクチュア工房の商品を売りたいんだと思うよ?」
「それは商業ギルドの思惑だから僕たちが乗る必要はないと思う。まあそれ以前に今の工房にそこまでの生産能力はないから、どうにもできないんだけどね」
今はまだ様子を見ながら生産をしているところだから、他の町に販売する程の余裕はない。
将来的には生産量を増やしたいけど、それには蜘蛛の採取量の見極めや職人を追加で雇用をしなきゃいけない。
簡単に生産量を増やすことができない以上、利益を増やすには販売価格を上げるしかない。
「せめてもう少し会費が安ければ考えるんだけど……」
商業ギルドには貨幣になぞらえた階級があり、露天商が鉄級、行商が銅級、座商が銀級、複合座商が金級、商業ギルドの運営会員が白金級となっていて、商業ギルドに加入するには階級と同じ貨幣を入会金として3枚と、会費として毎月1枚納める必要がある。
つまり、工房と店舗が併設されているファクチュア工房は金級の複合座商に当たり、入会金の金貨3枚と月会費の金貨1枚が必要になるという訳だ。
商業ギルドの月会費にはサービスの利用料や保険の意味合いもあるらしいので、暴利という訳でもないんだけど、町から出ない商売だとあまり加入する意味がない。
ちなみに、ファクチュア工房の商業税は、工房の敷地面積と従業員の登録数に業種別定額税を加えて年間金貨4枚なので、商業ギルドの会費がどれだけ高いのかが分かる。
「まあ、僕自身が商業ギルドに良い感情を持ってないというのもあるんだけどね」
商業ギルドは白金級の運営会員たちが方針を決めるので、運営会員に取り入るための賄賂や不正が横行していると聞いた。
「お金や利権で動いてくれるから、ある意味楽なんだよ」
「それは渡すお金や利権があればの話でしょ?」
「まあそうだけどね」
工房を立ち上げてから、感謝料とお詫び料という言葉を聞くようになった。
最初はチップみたいなものかと思ったんだけど、正しくは、何かしらの便宜を図ってもらった時に感謝料を払い、失敗をもみ消してもらう時にお詫び料を払うんだとか。
これらは表立って行われている訳じゃないけど、賄賂や不正が習慣になっていること自体が恐ろしい。
「それじゃあ、どうするんだい?」
「どのみち冬になったらファクチュア工房は半減営業にするから、最低でも春まではこのままにするつもりだよ」
冬の間は寒さで街道の移動が厳しくなることもあって、他の町や村からの来町者が極端に減るので、ファクチュア工房のお客も減ると予想している。
そのため長い時間お店を開けるのではなく、買い物に適した10時から15時の間だけお店を開ける半減営業という方法を取ろうと考えている。
まあ、それ以外にも冬の間は蜘蛛が採取できず糸液が手に入らないので、春になるまでは大した活動ができないという理由もある。
「いずれは生産量を上げるつもりだけど、一気に拡大させると技術情報が洩れる可能性も大きくなるから、判断が難しいんだよね」
情報というのは、知っている人数が多い程洩れやすくなる。
肝心な作業は屋敷で行っているから、このまま屋敷で作業を続けるなら情報が漏洩する可能性は低いんだけど、本格的に増産しようとすれば他の町でも同じ作業をさせる必要が出てくる。
そうなれば、いつ技術情報が洩れてもおかしくない。
「アルテュール様、ダミアンさん、来たですよ」
ダミアンさんと今後の展望を話し合っていたら、外の様子を見ていたルジェナが馬車の来訪を教えてくれた。
事務室の窓から門の方に視線を向けると、商業ギルドの紋章が描かれている箱馬車が入ってくる様子が見えた。
「本当に来たんだ」
「アルテュールくんが言ったからじゃないか」
商業ギルドからの勧誘に対して、魔力光視症の研究で忙しかった僕は『相手が出向いてくるなら話を聞く』と返事をしてまった。
あとになって、リヴィオ準男爵の時にも同じことを言ったのを思い出して、自分の単純さに呆れた。
「……いや、まあ、言ったけどね」
だからといって、新興の工房を勧誘するためにわざわざ出向かなくても良いと思う。
そもそも、商業ギルドはこちらが入会できない理由を知っているはずだから、話し合いをする意味がないと思う。
「それはともかく、お出迎えに行きますか」
僕はダミアンさんとルジェナを伴って、商業ギルドの職員と話し合いをするために会議室へと移動した。




