第73話 やっと終わった
第二膜の使い方を考える前に名称が無いと不便なので、青紫色の半透明な見た目から取って紫透膜と名付けた。
この紫透膜はそのままでも使えそうな見た目をしているけど、生物素材なのでいずれ腐敗してしまう。
という訳で、錬金術の抽出を使って紫透膜から水分を抜き、乾燥したら純化を使って主要物質とそれ以外の物質に分ける。
「これが魔力の波長を遮断する物質で合ってるのかな?」
残ったのは青紫色をした小麦粉のような粉末だった。
確認のために青紫色の粉末に水を入れて混ぜると、半透明の綺麗なペーストになった。
そのペーストをガラスの板に塗布し、調光液で見えるようになった魔力の波長が遮断されるかを確認した。
「おおー、ちゃんと魔力の波長が遮断されてる」
水分で張り付けただけだからムラはあるしポタポタと垂れてしまったけど、魔力の波長は遮断されていることは確認できた。
「あとはこれをどういう形で使うかなんだけど――」
紫透膜から採取した物質は生物由来なので熱に弱く、サングラスを作る時のように高温のガラスに混ぜることができない。
ガラスの表面に塗布するという方法もあるけど、塗装には剥がれやすいという欠点がある。
「んー……、あっ、そうだ! ルジェナ、倉庫からD糸液を持って来てくれる」
「D糸液です?」
「うん、ちょっと使いたいんだ」
「分かったです」
C糸液とD糸液については、何かに使えるかもしれないのでサンプル程度の量を残してあり、鮮度を保つために週に1回、中身を入れ替えるようにマンフレットくんに頼んである。
今回はそのうちのD糸液を使って、とある物を作るつもりだ。
「持って来たですよ」
「ありがと」
ガラス瓶に入ったD糸液は他の糸液よりも色が薄く、空気に触れていると乾燥して硬化する特性があるので、糸液の表面に蓋のような膜が張っている。
「それをどうするです?」
「まあ、見ててよ」
まずは成形の錬成陣を描き、そこに合成と抽出の技法図式を接続する。
領域球を展開したら紫透膜の粉末とD糸液を入れて合成を発動し、薄くて四角いフィルム状に成形したら抽出を発動して水分を抜き乾燥させる。
「うん、綺麗に作れた」
完成したのは青紫色をした5cm四方のフィルムで、柔らかいアクリルフィルムのような触り心地だった。
「それは何です?」
「紫透膜の粉末とD糸液で作った遮光フィルムってとこかな?」
僕は右目の前に遮光フィルムと調光液が入ったガラス瓶を翳してルジェナを見た。
「……消えてる、とは言えないか?」
遮光フィルムで魔力の波長を遮断できるか確認したんだけど、粉末の密度が薄かったようで僅かだけど魔力の揺らめきが見えている。
「もうちょっと濃くしないとダメだったか」
とは言え、紫透膜の粉末は全部使ってしまったので残った2体のアイ・バットも解体する。
すでに必要なパーツは分かっているので解体作業は順調に進み、1体目と同じ作業時間で2体の解体ができた。
そして解体が終わったら前回と同じ大きさで密度が濃い遮光フィルムを作り、もう一度魔力の光を遮断できるかを確認した。
「うん、今度はちゃんと見えなくなってる」
視界は青みがかっているけど、魔力の揺らめきが見えなくなっているから、これなら依頼の条件を満たせるだろう。
「で、あとはレンズとフレームを――」
遮光フィルムの確認ができたので、今度はレンズを作る。
まずは楕円形のレンズを左右2枚ずつ合計4枚作り、次にD糸液を塗った2枚のレンズで遮光フィルムを挟んで接着、はみ出した遮光フィルムを切り落とし、最後にフレームに取り付ける。
「これで完成だ。名称は……遮光グラスで良いかな」
「なるほど、遮光グラスですか」
見た目は単なる青紫色のカラーレンズが入ったメガネだけど、魔力の波長を遮断する機能があるからメガネではなくグラスとした。
「なんとか今日中に完成したけど、さすがに疲れたから今日は終わりにしよう」
「片付けはおのがするですから、先に戻って休むですよ」
「あぁー、そうだね、お願いするよ」
解体や錬金術を何度も行ったので、もうクタクタだ。
今日はゆっくり休んで、明日リヴィオ準男爵に確認してもらう。
◇◇◇
翌日、再び辺境伯邸の迎賓館を訪問して、リヴィオ準男爵に遮光グラスの検証を頼んだ。
「遮光グラス、ですか。前回のサングラスとはずいぶんと雰囲気が違うのですね。どちらかと言えばメガネの方が近い気がしますね」
「本質的には特定の波長を遮断するのでサングラスに近いんですけどね」
リヴィオ準男爵は遮光グラスを興味深そうに細部まで細かく観察し、遮光グラスをかけてから魔力視を発動した。
「――ん? え? は?」
リヴィオ準男爵は検証を始めた途端に何度も遮光グラスをかけたり外したりして、魔力が見えるか確認している。
「コホン、失礼しました。まさかこれほど綺麗に魔力が見えなくなるとは思いませんでした」
とりあえずリヴィオ準男爵に認められたので、あとは患者に使ってもらい問題が解決すれば、正式に依頼が完了する。
「それで、なのですが、遮光グラスの製造方法を売ってもらうことはできるでしょうか?」
「あぁ、それは――」
今回の依頼には製造方法の譲渡は含まれてないので、遮光グラスを渡して解決策を提示するまでが僕の仕事だ。
それに遮光グラスの製造方法には、糸液やガラスの情報も含まれているから迂闊に教えることはできない。
「すみませんが、それはできません」
「そうでしょうね。不躾なお願いをして申し訳ありません」
リヴィオ準男爵は落胆した表情をしながらも、それ以上の交渉はしなかった。
「それでは予備も含めて、あと幾つか作っていただきたいのですが、それは可能ですか? むろん依頼料とは別に製作費を払いますので」
元々クラウシンハ侯爵からの依頼で作ったから、追加で作ることに問題は無い。
「それは問題ないですけど、レンズのサイズとフレームはどうしますか?」
「レンズはメガネの規格で一番小さいサイズでお願いします。フレームは侯爵家お抱えの彫金師に作らせますので、無くて問題ありません」
ガラス工房でしかレンズの製造を行っていないので、職人たちの負担にならないように市販品は5種類のサイズに固定して製造してる。
その中で一番小さいサイズは、子ども用だ。
「分かりました。数は幾つ必要ですか?」
「そうですねぇ、破損する危険もありますから最低でも3セットは欲しいですね」
3セットということはレンズ6枚分、フレームを作らなくて良いなら、それ程時間はかからないだろう。
「そのくらいの数なら今週中に作れると思うので、出来上がったら持ってきます」
「ええ、よろしくお願いしますね」
リヴィオ準男爵との面会を終え、冒険者ギルドに寄ってアイ・バットの回収依頼を出してから屋敷に戻った。
◇◇◇
後日、冒険者ギルドから受け取ったアイ・バットを解体し、遮光グラス用のレンズを3セット作り、傷が付かないようにコア材を敷き詰めた木箱に入れてリヴィオ準男爵に渡した。
また、レンズの代金として金貨3枚の支払いに加え、前金から研究に使った費用も補填してくれた。
その後リヴィオ準男爵の仕事も終わり王都に戻る日になったので、見送りのために辺境伯邸の門前に集まった。
「侯爵様から依頼完了の認定が得られましたら使いの者に報酬を届けさせますので、しばらくの間お待ちください」
「はい、分かりました」
さすがに報酬を渡すためだけに王宮魔法師団の団員を動かすことはできないので、クラウシンハ侯爵家の使用人が報酬を持って来てくれるらしい。
「それでは、また会えるのを楽しみにしていますよ、アルテュールくん」
「はい、王都に行った時には挨拶に伺いますね」
こうして僕はクラウシンハ侯爵からの依頼を無事に終えることができた。




