第72話 まだまだ研究
僕とルジェナは試作品のサングラスを持ってリヴィオ準男爵が逗留している辺境伯邸へ行き、リヴィオ準男爵から渡された入城許可証を門番に見せて迎賓館まで案内してもらった。
その後、迎賓館の使用人に案内された応接室でお茶を飲んで待っていると、軍服を着たリヴィオ準男爵がやって来た。
「お待たせしたようですね」
「いいえ、落ち着いてお茶が飲める良い時間でしたよ」
リヴィオ準男爵は僕のちょっとした嫌みに苦笑いしながらも、メイドたちに退室を促してからソファーに座った。
「それで、今日はどうしたのでしょうか?」
「試作品ができたので検証をお願いしに来ました」
僕は箱からサングラスを取り出してリヴィオ準男爵に渡す。
「形状はメガネと同じですが、レンズが黒いのですね」
「メガネは視力を矯正するものですけど、サングラスは明るさを調整するものなんです」
リヴィオ準男爵はサングラスをかけて周囲を見渡した。
「明るさが抑えられているので見やすいですね」
「魔力の方はどう見えますか?」
「暗くなった分、色が濃く見えますね」
「なるほど、そうですか……、分かりました。ありがとうございます」
魔力が見える原理が分からないから、ひとまず光を遮るという目的でサングラスを作ってみたんだけど、リヴィオ準男爵の感想を聞く限り、一応の効果はあるみたいだ。
「これで魔力光視症を抑えることができるのでしょうか?」
「多少は楽になると思いますけど、対策としては不十分だと思います」
そう言って、リヴィオ準男爵にサングラスをかけた状態で照明器具を見てもらった。
「なるほど、眩しいと言うほどではありませんが、確かにこの光を見続けるのは疲れますね」
患者の日記には『目を開けられない程の光ではない』と書いてあったから、少なくとも照明器具と同じぐらいの明るさに見えているんだと思う。
色を濃くすればもう少し光を抑えられると思うけど、そうすると他が見づらくなる。
結局のところ、サングラスで明るさを調整するのは限界があるということだ。
「サングラスのおかげで分かったこともあるので、また別の手段を考えてみます」
「そうですか、協力は惜しみませんのでいつでもお越しください」
サングラスの検証が終わったので、忙しそうなリヴィオ準男爵を解放するために早々に迎賓館を後にした。
屋敷に戻り、今回の検証を踏まえてもう一度考え直す。
効果はいまいちだったけど、サングラスに効果があることは確認できた。
とは言え、次の手をどうするか……。
「それで、何が分かったです?」
自室で検証結果をまとめていたら、ルジェナが飲み物を持って来てくれた。
「ん? ああ、それは、魔力視は視覚で魔力を見ている、ということだよ」
「……は? 何を当たり前のことを言ってるです?」
「あはは、まあ、そう思うのも仕方がないけど――」
人には視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感がある。
だけど、この世界には魔力があり、人には魔力を感じたり活用する器官が備わっていることから、魔力に関係する『感覚』があるんじゃないかと考えていた。
仮にこれを『魔覚』と呼ぶことにする。
「その魔覚をルドで刺激することでマルニクスくんに魔力の感覚を教えていたんだ」
「なるほど、あれにはそういう理由があったですか」
マルニクスくんに教えていた時はそこまで考えていた訳じゃないけど、今回の件で魔力についてまとめた結果、魔覚という考え方に至った。
しかし、その考えに至った代わりに、魔力視が『視覚で魔力を見ている』ということに確信が持てなくなってしまった。
なぜなら、コウモリやイルカなどが使うエコーロケーションという、音や超音波を介して周囲の状況を知る能力があり、それの魔力版が魔力感知だと知っていたため、魔力視が『魔力感知で得た情報を視覚に投影しているのではないか?』という疑問が持ち上がってしまったからだ。
「まあ、それについては考え過ぎだったけど、もしも魔力視が魔覚による能力だったら、僕には何もできなかったと思う」
「なぜです?」
魔力は体のどこでも感じることができるので、魔覚の感覚器官も全身にあると推察さられる。
それを前提とした場合、魔力を見えないようにするには全身の感覚器官を遮断するか、魔覚の情報を視覚に合成する器官を遮断する必要が出てしまう。
つまり、もしもそうだった場合は肉体に対して何かしらの処置をする必要があるので、僕にできることは無いという訳だ。
「なるほどです」
「まあ、サングラスを検証したおかげで、魔力視が目で魔力を見ているということがはっきりしたから、方向性はこのままで別の手段を考えることにするよ」
「は? ちょっと待つです。どうしてその結論になるです?」
「どうしてもなにも、リヴィオ準男爵が『魔力の色が濃く見えた』って言ったからだよ? レンズを通して魔力を見ているんだから、視覚を使っていることは確実でしょ?」
もしも、脳内で魔覚の情報と視覚の情報を合成しているなら、視覚の情報が暗くなっても魔覚の情報は変化が起きないはずだ。
「あぁ、確かに。ですが、別の手段なんてあるです?」
「考えてることはあるんだけど、ちょっと方法が思い付かないんだよね」
サングラスの検証を踏まえて再考した結果、魔力視は特殊な波長を捉える能力ではないかと考えている。
光には目に見える可視光線と紫外線や赤外線などの目に見えない不可視光線が存在しているという前提の下、『魔力が見える人と見えない人がいる』ということを考えれば、魔力は何かしらの不可視光線を発していて『普通の人には見えないけど、特殊な能力がある人には見える』という状況になっているのではないだろうか?
ただ、問題はその不可視光線の波長をどうやって特定し、どうやって遮断するのか……。
「その不可視光線とか波長というのは分からないですが、魔力を遮断するなら黒鋼を使ったらどうです?」
「確かに黒鋼には魔力を遮断する能力があるけど、魔力と波長は別物だから」
例えるなら、魔力はランプで波長は光だ。
ランプが光を放つからと言って、ランプは光じゃない。
「むぅ、ダメですか」
「まあ、せめて魔力が見える仕組みが分かれば良いんだけど……」
「……そう言えば、魔力が見える魔物ならいるですよ?」
「え?」
ルジェナの説明によると、その魔物は洞窟などの暗い場所に生息するアイ・バットという名前の単眼のコウモリで、翼を広げた全長が約80cmで体長は約30cmもあり、コウモリの魔物としては大きい方らしい。
そして、この魔物が『魔力を見ている』と言われる理由は、魔法を発動するために魔力を集めると、その時点で魔力が籠もった奇声をぶつけて魔法の発動を邪魔するからなんだとか。
「それって魔力感知じゃないの?」
「いえ、視覚外だと気付かないですから、魔力感知ではないです」
「へぇー、それが本当なら魔力視と同じかもしれないね」
魔力視と同じなのかは分からないけど、調べてみる価値はあるかもしれない。
ということで、アイ・バットの回収を冒険者ギルドに依頼した。
◇◇◇
そして3日後、冒険者ギルドからアイ・バットが3体届いた。
何となくゲームに出てくる単眼の魔物を想像していたけど、思った以上にコウモリだった。
「ずいぶんと綺麗に討伐してあるね」
「アイ・バットの討伐は簡単です。魔石の粉末を投げかければ前後不覚になって落ちて来るですから、あとは動けないうちに止めを刺せばいいです」
討伐料が安いと思ったら、そんなに簡単な討伐方法があるとは。
「まあ、いいや。じゃあ僕が解体するからルジェナはスケッチをお願い」
「はいです」
僕はいつもマンフレットくんが蜘蛛の解体に使っている倉庫の一画でアイ・バットの解体を始めた。
まずは瞼に切れ込みを入れて、眼球を剥き出しにする。
次に眼球の周囲に細長いヘラを入れて周りの組織からは剥がす。
最後に眼球の裏にある視神経を切断して、眼球を取り出す。
「……綺麗に取れたけど、結構デカいね」
大きさは野球のボールより少し小さく、ちょっと硬い水風船のような感触がする。
「さて、ここからが本番だ」
ここからはアイ・バットの眼球をパーツごとに分けていく。
今回の解体は標本にするつもりで1つずつ切り取り、液体も含めて全てを保管しておく。
「……何とか終わった」
眼球の解体にかかった時間は3時間、1つ1つのパーツが小さくて柔らかい上に、眼球内にゼリー状の液体が入っていてかなり手間がかかった。
「これはまたずいぶんと細かく切り刻んだです」
「切り刻んだとは人聞きの悪い。そんなことより検証するよ」
とは言え、それほど詳しく知っている訳じゃないから、それぞれのパーツをルジェナのスケッチと合わせて1つ1つ確認していく。
まず、眼球の正面にあるのが光を取り込む角膜で、次に取り込む光を調節する瞳孔があって、ピント調節を調節する水晶体がある。
最後に網膜に光が集まることで物を見ることができる。
「現状で分かるのはここまでかな」
「むしろ、なぜそんなことを知ってるです?」
「それはナイショ」
このやり取りを何度したか覚えてないけど、僕の答えは毎回同じだ。
「そんなことより、まずは魔力が見える原因を探そう」
魔力が見える原因で考えられるのは、光の通り道にある『何か』だ。
まずは五百円玉ぐらいの大きさがある角膜をレンズのように目の前に翳してルジェナの方を見る。
「んー、なんの変化もない、か」
同じように水晶体も確認してみたけど、こちらも変化は見られなかった。
残ったのは眼球の中に入っていたゼリー状の液体と網膜だけ……。
「――っ、これだ!」
ガラス瓶の中に保存しておいたゼリー状の液体を通してルジェナを見たら、薄っすらと魔力らしき光の揺らぎが見えた。
「おおう、見えるです!」
ルジェナも僕と同じようにガラス瓶を翳して驚いている。
どうやら魔力の波長はこの液体を通ることで視認できる波長に変化するようだった。
なお、名称が分からないので、とりあえず調光液とした。
「魔力が見える理由は分かったけど、どうすればこの光を見えないようにできるのか、が問題なんだよね」
おそらく通常の光と同じく瞳孔で取り込む魔力の波長も調整しているんだと思うけど、それだと全てを遮断してしまうから使えない。
どうにか魔力の波長だけを遮断する方法は無いものか……。
「……そう言えば」
眼球の構造はカメラと同じで、光を取り込む穴と暗い箱とフィルムだったはず。
「暗い箱? ということは外部からの光を遮断している?」
僕は解体した眼球を覆っていた膜を見た。
よく見れば、1枚の膜ではなく何枚かの薄い膜が重なっていることが分かる。
ということで、小さなピンセットを使ってその膜を1枚ずつ剥がして行った。
「4枚も重なってるなんて思わなかった」
これも名称が分からないから、ひとまず外側から第一膜、第二膜、第三膜、第四膜とした。
まず、第一膜はおそらく眼球を守る役目だと考えられるので除外、第四膜は光を認識する網膜だと思われるのでこれも除外、そして残る第二膜と第三膜を検証した結果、第三膜が可視光線を遮断する膜で、第二膜が魔力の波長を遮断する膜だと判明した。
「――やった」
僕は小さく呟き、この感動を噛みしめる。
「どうしたです?」
「見つけた、見つけたよ。これで魔力の波長だけを遮断することができる!」
第二膜は青紫色をしていて、瞳孔と同じ色をしていた。
どうやらアイ・バットの瞳孔は第二膜と第三膜が合わさって構成されているようで、この瞳孔で通常の光と魔力の波長を調節していたらしい。
「おお、凄いです!」
「あとはこれをどう活用するか、だね」
「……(まったくこの子は本当にとんでもないことをするですよ)」
これで、魔力が見える仕組みと魔力の波長を遮断する仕組みが分かった。
次はこの第二膜をどう使えば良いのかを考えよう。




