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第71話 とにもかくにも地道に研究

 クラウシンハ侯爵の依頼を受けることを決めた3日後、リヴィオ準男爵を僕に会わせる役目を終えたローザンネさんはメルエスタットに帰るためにレーヴェンスタットを出立する。


「お世話になりました、おねえさま」

「こちらこそ、うちの子たちの訓練をしてもらって助かったわ」


 ローザンネさんには訓練だけでなくファクチュア工房の宣伝でもお世話になったので、僕も感謝している。


「アァー、ルゥー」

「はい、はい、泣かないで」


 魔力操作を教えるようになってマルニクスくんに慕われたのは嬉しいけど、そのせいで『帰りたくない』と言って泣き出してしまった。


「坊ちゃま、わがままを言ってはいけませんよ」

「あぁー、うぅー」


 泣きじゃくるマルニクスくんにしがみ付かれて困っている僕を見かねて、メイドが抱き上げて馬車に連れて行った。


「ごめんね、アルくん」

「いえ、慕ってくれるのは嬉しいですよ」


 短い間だったけど弟ができたようで楽しかった。


「またお会いしましょう、おねえさま」

「ええ、また会いましょう」


 こうして、ローザンネさんたちはメルエスタットへと帰って行った。


 ◇◇◇


 翌日から僕は依頼に取りかかった。


 まずは魔力光視症の検証基準を作るために、リヴィオ準男爵に魔力視で様々なものを見てもらい、どの様に見えているのかをまとめて行った。


 最初に見てもらったのは屋敷にいる人たちで、人によって魔力の放出量や濃さなどが違うことが分かった。


 中でも魔力操作ができるか否かが大きな違いで、魔力操作ができない人は薄い魔力が排出されていて、魔力操作ができる人は濃い魔力が排出されているらしい。


 これについてはリヴィオ準男爵が詳しく知っていたので説明してもらった。


 魔力というのは心臓の近くにある魔力生成器官で生成されて、血液に乗って体をめぐり、一部は皮膚から体外に排出され、残りの大半は呼気(こき)と一緒に排出される。


 つまり魔力は酸素と似たような流れをしているということだ。


 しかし、魔力操作を覚えて魔力を肉体に保存できるようになると魔力に変化が起きる。


 まず、押し込むようにして魔力を肉体に保存するため、魔力が圧縮されて濃度が濃くなり、それにより呼気と一緒に排出される魔力の量は少なくなる。


 それに加えて、肉体に保存できる魔力量を越えても魔力は送り続けられるので、限界量を越えた場合は押し出されて皮膚から排出される。


 それらの結果、魔力操作ができない人は顔の周辺が魔力に包まれ、魔力操作ができる人は体全体が満遍なく濃い魔力に包まれるようになる。


 そして、これこそが魔力操作を覚えると魔力量が増える仕組みだと教えてくれた。


「ごめん、ちょっと、待って、さすがに立て続けに魔力視を使ったら、目が、痛い」

「え、魔力視って使い過ぎると痛くなるんですか?」


 魔力視の検証を始めてから3日、リヴィオ準男爵には動物や植物だけでなく鉱物や宝石など、目につく限りのものを魔力視で見てもらっている。


「ええ、使い過ぎると目の奥が痛くなるのです」

「へぇー、なるほど、それも詳しく教えてもらえますか?」


 目の奥ということは、おそらく視神経が集まっている場所に負荷がかかっているんだと思う。


「何ですか、その嫌そうな表情は? 協力してくれるんでしょ?」

「確かに協力するとは言いましたが、これほど酷使させられるとは思いませんでしたよ」


 そう言って、リヴィオ準男爵は濡れたタオルで目を冷やしながら、うなだれてしまった。


 普通に考えれば庶民が貴族をこき使うなんて、あってはならないことなんだけど、今回はクラウシンハ侯爵からの依頼ということもあって、『できる限り協力する』とリヴィオ準男爵から申し出があったので、遠慮なく協力してもらっている。


「何をさも終わったような言い方をしてるんですか? 今後は宝飾品店や資材を扱う商会などを回って、それぞれの見え方も教えてもらいますからね」


 まだまだ魔力視で見てもらう物は多い、リヴィオ準男爵には頑張ってもらわないと。


「――っ?!」

「あっ、逃げられた! はぁー、仕方ない、今日はここまでにしよう」


 と、まあ、そんな感じで5日かけて、目につくもの全てをリヴィオ準男爵に魔力視で確認してもらった。


 ◇◇◇


 魔力視の検証が終わったら、今度はクラウシンハ侯爵が集めた魔力光視症の資料を読み込んで、僕なりの疑問部分や不明瞭な部分を書き出す。


 最初に調べたのは過去に行われた治療の記録だ。


 治らない、という結論が出ているのを知っているので、試した治療方法や錬金薬や調合薬の種類を中心に調べて行った。


 その中で目についたのは『痛みの緩和』という部分だ。


 どうやら魔力光視症の患者は目の痛みや頭痛に悩まされていたらしく、痛み止めの調合薬を日常的に服用していたようだ。


 そして、その痛みというのが、リヴィオ準男爵が言っていた『目の奥が痛い』と同じ表現をしていたことも分かった。


「まあ、だからといって、原因が同じとは限らないんだけどね」


 次は患者の証言から魔力の見え方を調べた。


 基本的に魔力視も魔力光視症も魔力が見えている訳だけど、魔力視では魔力が灰色に見え、魔力光視症患者には光って見えるという部分に違いがあり、魔力が濃い方が光が強く、薄いと弱いという特徴があることが分かった。


 また、放出された魔力は空気に溶けるように消えて行くことも分かった。


 最後に調べたのは過去の患者の日記だ。


 どの日記にも書かれていたことは、『目を開けられない程の光ではないけど、光の魔法に囲まれているようで落ち着かない』ということだ。


 おそらく懐中電灯を向けられた状態で生活しているような感じなんだろう。


 しかも、魔力光視症は先天性異常だから、生まれてからずっとその環境で生活しているということだ。


「それは、また……、鬱陶しい」


 そのため患者たちは極力人や動物を近づけない生活をしていたようで、部屋に籠もって人と会わない生活をしたり、目隠しをした状態で生活をしたりして、なるべく魔力の光が目に入らないように生活を送っていたらしい。


 中でも極端な例は、制約魔法を利用し『魔力を見る』という行為に対して『一時的に目が見えなくなる』という罰則を与えることで疑似的に盲目にしていた患者もいるらしい。


「制約魔法まで使うなんて……」


 患者たちの証言や日記には日々の苦労と苛立ちや嘆きの思いが書かれていて、それを読んだことで自分の認識がいかに甘かったのかを痛感することになった。


 ◇◇◇


 ひとまず事前に集められる情報を集めて検討した結果、魔力光視症は視神経の異常に起因しているだろうことを推察できた。


 そうは言っても単なる推察だし現状では治療方法も無いので、この件についてできるのは、個人の見解として1冊の本にまとめ、後々の資料になるように残しておくことぐらいだろう。


 それはさておき、僕が考えるべきなのは、どうやって魔力光視症患者が日常生活を送れるようにするか、なんだけど‥…。


「まあ、サングラスしかないよね」


 サングラスの『光を遮る効果』が、魔力の光に当てはまるのかどうかは分からないけど、確かめてみないことには分からない。


「そういえば……、サングラスのレンズってどうやって出来てるんだっけ?」


 素材はプラスチックだったと思うけど、まさか表面に塗装している訳はないだろう。

 そうなると、レンズ自体に色が付いているはずだ、けど。


「――ああ、そうだ、色ガラスだ!」


 ガラスに特定の金属を混ぜることで色ガラスは作られている。


 それを知っていたからこそ、透明なガラスを作るために錬金術で純化を行いガラスに混ざっている不純物を取り除いたんだ。


 であれば、取り除かれた不純物を調べてその中に含まれる金属を特定し、ガラスに合成すれば色ガラスを作れるはずだ。



 作り方の目途が立ったので、素材を扱う商会から様々な色の珪砂を購入し、錬金術で溶かして純化によって取り除かれた不純物を集めた。


 とはいえ、取り除かれた不純物は単一(たんいつ)の物質ではないので、さらに純化をかけて不純物の中で最も質量が多い物質とそれ以外に分けた。


「これは?」

「それは銅です」

「じゃあ、こっちは?」

「そっちは赤鉄です」


 金属物質をルジェナに見てもらい、ガラスに含まれていた金属の一覧を作った。


 そして、その一覧に載っている金属を購入し、先の実験で不純物を取り除いたガラスに金属を合成して色ガラスを作る。


「おお、今度は赤です」

「勿体ないと思ったけど、綺麗な赤だね」


 合成する金属によって色が変わるので、かなり楽しい実験になっている。

 まあ、さすがに金を混ぜるのは躊躇ったけど。


「青いガラスも綺麗です。これ、売れないです?」

「ここまで綺麗に色が出れば売れるだろうけど、それはまた今度考えるよ」


 メルロー男爵家はこれからガラス事業の規模を拡大するはずだから、それが落ち着いた頃に技術提供ということで契約を交わすのも良いかもしれない。


「それはともかく、まずはこっちを作らないとね」


 まずはガラスを赤青緑に染めた金属を同等量ずつガラスに合成し、出来上がったガラスの色合いを確認する。


「んー、ちょっと赤が強く出てる」


 一応、同等量で合成したんだけど、なぜか赤茶色になってしまった。


 どうやら金属の種類によって色の出方が違うらしく、赤は少ない量でも強く色が出てしまうようなので、金属の比率を調整し、さらに色の濃さを調節するために全体の分量も調整する。


「良し、サングラスの試作品が完成だ」


 何度も失敗と調整を繰り返して完成したのは、濃い灰色のガラスレンズで、試作品としては上等な出来だと思う。


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[一言] ますます面白くなってますね。
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