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第70話 期待には応えたい

 ファクチュア工房が動き出し徐々に販売数を伸ばして行く中、ローザンネさんが例の『どこかの偉い人』からの手紙を持ってきた。


「……結局、来るんですね」

「アルくんが考えるほど甘くないということね」


 その手紙には『錬金薬が作れないことは承知したが、それは交渉しない理由にはならない』と書かれていた。


「それで、その代理人さんはいつ来るんですか?」

「そうねぇ、手紙の日付と到着日から考えて、早ければ再来週かしらね?」


 この手紙は王都から馬便で発送されていて、1ヵ月弱で到着している。

 代理人はこの手紙と同じ日に馬車で出立すると書かれているので、馬便での移動速度を馬車に置き換えて計算すると1ヵ月半から2ヵ月程度で到着する、という予測になるらしい。


「面倒になって引き返してくれないですかね?」

「アルくん?」

「あはは、冗談です、よ?」


 僕にとっては面倒事でしかないから、本気で引き返してほしいけど。



 ◇◇◇



 手紙を受け取ってから2週間と少し、ローザンネさんの予測どおりに代理人は到着し、辺境伯邸に逗留することになった。


 到着してから2日間の休養を挟み、今日フェルデ邸にて僕と母さんに仲介役のローザンネさんを含めた4人での話し合いが行われる。


「ようこそお越しくださいました。わたしはヴァンニ辺境伯様より吏爵位を賜っております、マルティーネ・フェルデと申します」

「僕はマルティーネ・フェルデが子、アルテュールです」


 まずは屋敷の主人として母さんが自己紹介をして、そのあとに続けて僕も自己紹介をした。


「お初にお目にかかります。私はテオドルス・リヴィオと申しまして、国王陛下より準男爵の位を賜っております」


 準男爵は貴族の位としては下から2番目の下級貴族、だけど代理人として送られるような軽い地位じゃない。

 しかも、30歳前後の見た目で既に当主になっているということは、優秀な人のはずだ。


「お久しぶりです。リヴィオ様」

「ええ、ローザンネ殿もお元気そうで何よりです」


 迎えの挨拶を終えてから応接室に移動し、ヘラルダがお茶を出し終えて退室するのを待ってから話を始める。


「依頼の話をする前に制約魔法をかけさせていただきます。制約内容は『依頼主が誰であるかを関係者以外に話してはならない』ということと『魔力光視症に関する情報を関係者以外に話してはならない』という2つになります」


 依頼主の名前と魔力光視症の情報を秘匿するだけなら、問題は無いかな?

 母さんに視線を向けると、頷いたので僕は制約魔法を受け入れることにした。


「それでは制約魔法をかけさせていただきます」


 リヴィオ準男爵はバッグから魔法紙を取り出し、2つの制約文を書き込んだ。

 そして、制約文を書いた魔法紙にリヴィオ準男爵が血を一滴垂らして魔法を発動させると、制約文が浮かび上がり一旦1つの塊りになってから2つに分かれ、僕と母さんの胸に吸い込まれて行った。


「これで制約魔法は完了しました」


 確か制約魔法には水と風と闇の3属性が必要で、風と闇を併せ持つ人が少ないから使い手も少ないと聞いている。

 希少な魔法使いの準男爵を代理人として送ってくる依頼主って……。


「依頼主の名前を知りたいかと思いますが、まずは依頼主からの要望をお伝えします――」


 少々装飾が多い言い回しだったので、かいつまんで説明すると、魔力光視症などの先天性異常に根本的な治療方法が無いことは理解しているけど、それが絶対だと言い切れないから治療方法は探している。

 また、その一方で症状を抑えたり制御できるのであれば、薬や道具といった範疇には拘らず解決策を探している。


「僕が錬金薬を作れないことは聞いてますよね?」

「もちろん、聞いていますよ。ですが、薬は錬金薬だけではありませんし、そもそも錬金術を使わなければいけない、という理由はありませんからね」


 確かにそうだ、薬と言えば一般的には調合薬のことだし、錬金術はあくまでも物質加工技術だから絶対に必要という訳ではない。


 どうやら錬金術に拘って視野が狭くなっていたのは、僕の方だったらしい。


「すみません、余計なことを言いました」

「いえ、ご理解いただけたようで何よりです」


 リヴィオ準男爵は僕の謝罪を受け入れて、笑って流してくれた。


「以前『検証できないので不明』という返事を頂きましたが、裏を返せば『検証できれば可能性はある』という意味があると捉えました」

「えっ、いえ、そういう意味ではないですよ?!」


 そもそも検証手段が無ければ何もできないからそう答えただけであって、決して可能性があるからそう答えた訳じゃない。


「まあ、そうなのでしょうね。ですが、今まで治療師や錬金術師に尋ねても『不可能』という返事しか返って来なかったのです。ですから『可能性が残されている』という意味でアルテュールくんは稀有(けう)だったということです」


 先天性異常は治癒魔法や万能薬と呼ばれる錬金薬でも治らないというのは、既に常識になっているほどなんだから、そう返ってくるのが当然かもしれない。


「しかし、いくら可能性があるとは言え、患者を連れてくることはできないのです」

「ん? でしたら」


 魔力光視症の患者がいなければ検証できないことは変わらない。


「ですから私が来ることになったのです」

「どういうことですか?」


 僕の問いにリヴィオ準男爵は大きく息を吐いてから、笑顔を消して真剣な表情になった。


「ここからは秘匿情報となるのですが、私にはデモン族の血が流れています」

「――っ、デモン族!」

「母さん?」


 神妙な面持ちで打ち明けたリヴィオ準男爵とその発言に驚いて目を丸くする母さん。

 その一方でローザンネさんは知っていたようで、顔を伏せた。

 うーん、なんとも、よく分からない状況だ。


「デモン族、元々は魔人族と呼ばれていたのですが、アルテュールくんは知らないのですか?」

「あぁ、魔人族という名称なら聞いたことがあります。詳しくはないですけど……」


 僕たち人族の他に、小人族と魔人族と森人族がいるという話は聞いたことがある。

 ただ、ドワーフと呼ばれる小人族以外は自分たちの住処から出てこないため、詳細は分からないとも聞いている。


「森人族については私も知らないのですが、実はデモン族は住処から出ないという訳ではないのです」


 魔人族改めデモン族は強力な魔法を使うことができるけど、魔素が濃い地域でなければ本来の力を発揮できないので、基本的に魔素が薄い人族の領域には出てこないらしい。


 しかし、いくら魔素が濃い地域と言っても魔素が無限にある訳じゃないから、人口が増えると1人当たりの魔素量が減ってしまう。

 そのため、一定以上の人口密度にならないように定期的に一部の住人を送り出すんだとか。


 そして、その過程で人族と子を成すことがあり、その子孫の1人がリヴィオ準男爵ということらしい。


「どういう経緯だったのかは分からないのですが、移住の過程で人族の集団と争いになり、デモン族は人族の町を焼け野原にした、という歴史がありましてね」

「ええ、その時から魔人族ではなく、悪魔を意味するデモン族と呼ばれることになった、と」


 リヴィオ準男爵の言葉を引き継いで、母さんがデモン族という呼び名の意味を語った。

 なるほど、それで母さんはさっきから警戒しているのか、でも……。


「それって、何が問題なの?」

「えっ?」

「なっ?」

「は?」


 母さんとローザンネさんだけじゃなく、リヴィオ準男爵まで呆気に取られた表情をしている。


「だって、人族同士だって戦争をするし、村や町を焼くこともあるよね?」


 戦争が良いことだとは思わないけど、僕が習った歴史ではここ百年だけでも2回の戦争が起きている。

 その時にいくつかの村が無くなり、城塞都市も大きな被害を受けたとも教わった。


「相手が魔人族だったからって、悪魔呼ばわりされる謂われはないんじゃない?」

「そ、それは……」

「確かに……」

「……ぷっ、くっ、くっく、あ、はは、あはは――」


 母さんとローザンネさんが困惑して顔を見合わせているのをよそに、リヴィオ準男爵は涙を流しながら大笑いしている。


「あー、はぁー、久しぶりに大笑いさせてもらいました。確かにアルテュールくんの言う通りですね。いつも戦争をしているのは人族ですよね」


 溜まっていた鬱憤でも晴れたのか、さっきまでの感情を隠すような笑顔ではなく、無邪気な子どものように笑っている。


「それで、その魔人族? デモン族? どちらでも構わないですけど、それが今回の件と何の関係があるんですか?」

「あぁ、呼称はデモン族で構わないですよ。いまさらですからね。それで私が来た理由ですけど、私には魔力視という異能がありましてね。魔力を視認することができるのですよ」


 魔力視がデモン族の血から来る能力なのかは分からないらしいけど、依頼主とリヴィオ準男爵は魔力光視症は魔力視が正常に働いていないことが原因ではないかと考えているんだとか。


「ということは、魔力光視症の患者にもデモン族の血が?」

「そういうことです。もちろん魔力光視症に魔力視が関係しているのか、それともデモン族の血が関係しているのか、はたまた全く関係がないのか、本当のことは分からないのですけどね」


 それらしい理由ではあるけど原因の特定は不可能、魔力光視症が魔力視と近いのかも分からない。

 魔力が見えるという点で、魔力視が一応の指標になりそうではあるけど、同一視しても良いかも分からない。


「結局、分からないことばかりですね」

「アルテュールくんを患者に会わせることができれば、何か分かることがあるかもしれないですね」


 交渉の条件に『出向いてもらえるなら』と付け加えてあるから、僕にこの町から離れるつもりがないことを理解しているはずだ。


「それなら僕が貴族学院に行く時で良いんじゃないですか?」

「早い方が良い。という気持ちは分かるのではないですか?」

「あぁ、まあ、そうですよね」


 僕が王都に行くのは6年以上先の話で、ただの可能性のためにそこまで待たせるのは、僕としても心苦しい。


「……分かりました、可能性があるかは分からないですけど、できる限りの努力はします」

「感謝しますよ」


 分からないことばかりで目指す先は見えないけど、期待されると応えたくなる。


「最後になってしまいましたが、報酬の説明をさせていただきます――」


 依頼料は前金として白金貨1枚、これは研究費の前貸しでもあるから、研究で使用した費用を申請すればあとで補填してもらえるらしい。

 それに加えて、成功報酬として白金貨を1枚と依頼主の御用印が貰える。


 御用印とは貴族が商人や職人に渡す印章で、当主と直接取引をしたり陳情をすることが許される許可証にもなっている。


「その御用印を発行してくれるのが、今回の依頼人である王宮魔法師団の団長にしてクラウシンハ侯爵家の現当主、コルネリウス・クラウシンハ侯爵閣下なのです」


 準男爵を代理人にしたり白金貨の報酬を用意できるのだから、依頼人は上級貴族だろうと予想していた。

 だけど、魔法使いの最高峰と言われる王宮魔法師団の団長というのは予想外だった。


「なるほど、そういうことだったのですね」

「母さん?」

「クラウシンハ侯爵家は魔法使いの大家と呼ばれ、王宮魔法師団の団長はクラウシンハ侯爵家の血縁から選ばれることが多いと聞いたことがあります。ですが、デモン族の血が入っているのなら、それも理解できます」


 デモン族は人族よりも魔力保有量が多く、出力と精度も高い。

 その血を引くクラウシンハ侯爵家の人たちは、純粋な人族よりも魔法に長けている、ということらしい。


「へぇー、あれ? ということは……」

「私は傍系ですが、魔力視の能力を買われて侯爵家で育ったのですよ」


 準男爵にしては妙に堂々としていると思ったら、侯爵家で教育を受けていたらしい。


「私からの説明は以上になりますが、何か質問はありますか?」

「依頼期限はどうなってますか?」

「ひとまずの期限は2ヵ月後です。これは私がこの町に滞在できる期限で、それ以降は検証ができなくなるので契約は終了となります」


 リヴィオ準男爵は『ヴァンニ辺境伯領の領軍に魔法の教育を施す』という名目で来ているようで、情報提供や検証は空いた時間に協力してくれるらしい。


「他に質問が無いようなので、依頼書にサインをお願いします」


 そう言ってリヴィオ準男爵はカバンから3枚の依頼書を取り出した。

 まずは3枚の内容が全て同じであることを全員で確認し、リヴィオ準男爵のサインと母さんのサインに僕のサインを入れて、仲介人としてローザンネさんもサインをした。


 そして最後に割印を押して、リヴィオ準男爵と僕とローザンネさんのそれぞれが依頼書を保管することになった。


「では、これから2ヵ月間、よろしくお願いしますね。アルテュールくん」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうしてクラウシンハ侯爵からの依頼を受けることが決まった。


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