第7話 初めての成果
何とか新しい形の錬成陣、名付けて『複合錬成陣』を作れたから、次は実験だ。
実験は、土に対して加熱と加圧を使って、その効果を確認する。
まず、中央に加熱の錬成陣を描く。その右に加圧の技法図式を描いて、プラス極とマイナス極のように導線を2本伸ばして錬成陣の領域球生成図式に接続する。
次に領域球を発生させて、その中に土を一握り分だけ入れる。
最後に加熱と加圧の技法図式に魔力を送って発動させる。
圧力を受けた土は丸く固まって、加熱を受けて水蒸気を出している。そして水蒸気が収まったら今度は赤く熱し始めた。
「よし、終了」
技法図式は止めたけどまだ熱いから物質化したトングで掴んで地面に置く。そして表面を軽く叩くと乾いた音がした。
「これなら、粘土を使えば陶器を作れるかも」
陶器が作れるかは分からないけど、今は蜜宝石を作ることに集中しよう。
もう一度樹液を集めて、始めからやり直す。
中央に抽出の錬成陣を描いて、その右に純化と左に加圧の技法図式を描く。
そして領域球に樹液を入れて中心に集まったら、純化の技法図式を発動して不純物を取り除き、次に抽出と加圧の技法図式を同時に行使する。
ゆっくりと技法図式を発動させて水分が出なくなるまで続けた。
「おぉー、…………って、これじゃあ、アメ玉だ」
均等に圧力をかけた樹液は丸い玉になっている。見た目は普通のアメ玉だ。
だけど、中に亀裂があって力を入れたら割れそうだ。
「もったいないけど、確認は必要だからね」
出来上がった蜜宝石を石の上に置いて別の石で叩いて蜜宝石を砕いた。
砕けた蜜宝石は中までしっかり乾燥している。
「でも、亀裂が入るってことは圧力が強かった?」
今回はなるべく化石化の過程に近い形で試してみたけど、圧力はそれほど要らなそうだから、次は成形を使って押し固めるように形を整えることにした。
出来上がった物も砕いて先に作った物と比べる。
「うーん。……加圧した物の方が硬いかな?」
すり鉢を物質化してゴリゴリと砕くと、加圧して作った物の方が硬く感じる。
とは言え、圧力が強いとまた亀裂が入ってしまうから、加圧に送る魔力量を減らすことにした。
蜜宝石作りの手順は、始めに樹液を純化してから内包物を入れる。次に成形と加圧で形を整えて、最後に水分を抽出することにした。
翌日から、暇を見つけては蜜宝石を作って倉庫にしまっていく。
蜜宝石の内包物は蟻や蜂の死骸が多いけど、他には鳥の羽根なども閉じ込めてみた。
小さい物は指先程度の大きさだけど、最大の物は握りこぶし2つ分ぐらいの大きさがあって、これにはカブトムシとクワガタの死骸が、向き合って今にも戦いが始まりそうな状態で入っている。
「……むふふ、これは超大作だ」
「何が超大作なのかしら?」
「ふぁっ!?」
後ろから声をかけられて変な声が出てしまった。
「――っ、母さん」
「アルは何をしてたの?」
「あ、……」
振り返ればすぐ後ろに母さんの顔があって、その目は僕が持っている物をジッと見つめている。
「えっと、これ……」
「――!?」
黙っていても仕方がないから、さっき完成した超大作と倉庫にしまってある物を母さんに見せて「錬金術で作りました」と自白した。
「アル、……あなた」
「えっと、ダメ、だった?」
母さんは蜜宝石を見ながら頬に手をあてて考え込んだ、そして考えがまとまったのか、周囲を見回してから顔を近づけて「誰かに見せた?」と聞いてきた。
「ううん、母さんだけ」
「そう、……他の人に見せてはダメよ」
「ファナにも?」
「ええ、今はダメよ」
真剣な顔で口外を禁止された。
資金稼ぎを兼ねてはいたけど、半分は遊びだったから、母さんが「金貨5枚でもおかしくない」と言ったことに驚いた。
他のは精々銀貨5枚ぐらいだって言っていたけど、そこまでの金額になると思ってなかった。しかも、暇を見つけては作っていたから、全部で24個もある。
僕は聖人君子じゃないし、清く正しくなんて思ってもいない。だけど、さすがに樹液でそんなに稼いでも良いのか不安になる。
それと、母さんは「他の人に見せてはダメ」と言っていたけど、ステファナにも作った物のことは教えないように言われた。
「この蜜宝石は錬金術で幾つでも作れるの?」
「うん。樹液があれば幾らでも作れるよ」
「それは、誰でも作れるの?」
「えっと……」
この質問の答えは『分からない』だ。
普通は錬成盤を使って錬金術を行使するから、他の錬金術師が僕と同じように抽出と加圧を同時に行使できるかは、分からない。
基礎の部分は本で学んだけど、それ以外は完全に独学で、錬成陣すら独自に作ったルドで描いているから、普通とはかけ離れた錬金術を行使していることは理解している。
「あなたは自分の将来のことをどう考えていますか?」
母さんが地面に両ひざをついて、僕と目線を合わせて聞いて来た。
「将来……」
正直に言って、僕はそこまで深く考えたことはない。
今のまま生涯を農家として生きて行くなら特に何かをする必要はない。
冒険者とかにも憧れはするけど、僕は身体強化魔法が使えないから、どんなに鍛えても、Bランクには上がれない。
魔法が使えないのは残念に思うけど、それでも錬金術は使えるし、物作りは楽しくて好きだ。
職業としては錬金術師を目指しているけど、僕の一番の目標は『母さんを幸せにする』ことだ。
生まれたのが僕じゃなければ、母さんは今でも侯爵家に居たかもしれない。それでも母さんは僕を恨むどころか子爵家と縁を切ってまで僕の側に居てくれる。
そんな母さんを幸せにしたいと思うのは自然なことだと思う。
僕にできることは錬金術だけだから、もっと勉強して『色々な物を作れる錬金術師』になりたい。
「母さん、僕はもっと錬金術を学びたい」
僕の言葉に母さんは険しい表情をした。
母さんは僕の属性が欠落していることを心配している。それが理由で侯爵家から子爵家に戻され、さらに子爵家も出たんだから、それは当然だとは思う。
貴族学院に庶民が入学するには貴族家の推薦状が必要だと聞いた。
生徒の大半が貴族で庶民であっても貴族家の推薦状を貰っている以上、その貴族家と関わりが深い。
貴族とその関係者しかいない学院に属性が欠落した欠陥品が入れば、どんな扱いを受けるかなんて考えるまでもない。
「本当に学院に行きたいのね?」
「そこならもっと錬金術の勉強ができるんでしょ?」
「ええ、国内には貴族学院以外に錬金術を学べる場所はありません」
錬金術師の弟子になる方法もあるんだけど、ほとんどの錬金術師は錬金薬を作っているから、属性が欠落している僕は弟子になれない。
「……僕はもっと錬金術を勉強したい」
「アルが入りたいと願うなら、入学できるように手を尽くします。……ですが、それなら、早めに行動した方がよさそうです」
「行動?」
「ええ、お母さんに任せなさい」
「う、うん」
そう言うと、母さんは何かを企んでいるみたいに笑った。ちょっと怖い。
それから畑の整備をして遠出ができるように準備をした。
行き先は領都メルエスタットで、母さんは「メルロー男爵にも会う」と言った。
ヘルベンドルプからメルエスタットまでは馬車で3日の距離だけど、村にある馬車は村長が管理していて、村の用事以外で使うことは禁止されている。
今回は余剰麦の買い取りに来る行商人を待ってから、領都への帰りに料金を払い同行させてもらった。
行商人のブロウスさんと護衛のDランク冒険者が3人、そこに僕たち3人が加わって合計7人で領都に向かった。
途中に何度か魔物に遭遇したけど、ほとんどがゴブリンで、時々ウルフが出た程度だったから、護衛の冒険者達だけで討伐できた。
そして3日後、領都メルエスタットに到着した。