第67話 フィット・アンダー・シリーズ
どこかの偉い人、の代理人と会うことが決まったとは言え、僕の日常は変わらない。
いや、朝の訓練にローザンネさんが加わるようになったことで、ステファナとルジェナがボコボコにされるのが日常になったかな?
それと、時々ローザンネさんが連れてきたメイドが槍を振り回して訓練に参加していたり、なぜかカチャも参加したりしている。
なお、マルニクスくんの訓練はまだ遊びに近いので、ローザンネさんが連れて来たもう1人のメイドと木の棒を打ち合っているだけだ。
僕? もちろん訓練は続けてるんだけど、全然成長しないんだよね、あはは。
コホン、まあ、それはともかく、そんな日々を過ごしながらも工房とのやり取りを続け、ようやく販売できるレベルの品物が出来たと報告が上がったので工房にやって来た。
――んだけど。
「……なんで付いて来たんですか?」
「良いじゃないですか、新しい商品に惹かれるのは女性の性なのですよ?」
今日は自分の仕事の成果を見せてあげようと思ってカチャも連れて来たんだけど、ローザンネさんに後を付けられていた。
「そうですね。では、ローザンネさんには貴族の視点で評価してもらえると助かります」
「任せて、アルくん」
まあ、別に秘密にしていた訳じゃないし、色々な立場の人が評価してくれるのは助かる。
それに、あとでお願いがしやすくなるから、とりあえず好きにさせておこう。
「それじゃ、まずは品物を見せてくれる?」
「はい、ではこちらへ」
ホーデリーフェに案内されたのは仕立て作業用の建物で、完成品を置く箱棚と試着室も設置してある。
「試作品と違って華やかだね」
試作品は染色してないので真っ白で飾り気も無かったけど、商品として出来上がった品物は染色された生地にレースなどの装飾を加えられて華やかに仕上がっていた。
「全員が全ての種類を試着して、感想をホーデリーフェに伝えてね」
「アルくんはどうするの?」
「僕は会議室でダミアンさんと打ち合わせをしています」
さすがに女性の領域に僕とダミアンさんが居る訳にはいかないので、女性たちが試着をしている間に資料を基に価格設定や販売方法の打ち合わせをする。
「ダミアンさん、説明をお願いします」
「それじゃあ、まずは材料費と各工程の人件費を――」
材料費と職人たちの人件費に外注している染色費、あとは販売の経費と利益分を加える。
「――ちょっと高いね」
「そうかい? 魔物素材を使っているし、既存の下着よりも細かいパーツが多くて手間もかかっているから、妥当な値段だと思うよ?」
材料費や手間のかかり具合で値段はまちまちだけど、大体銀貨1枚から銀貨6枚になった。
既存の下着が銅貨2枚から銀貨2枚なのを考えれば、かなり高額だ。
「そう、なんですけどね……」
販売価格が高くなるのは、生産効率が悪いからだと僕は考えている。
生産業の機械化、この世界で言えば魔道具化に当たるんだけど、これがほとんど進んでない。
魔道具は全てが手作りで高価であることと、大がかりな魔道具は整備や修理に魔道具師が必要なため、導入と運用のコストを考慮すると大量生産しなければ割に合わない。
しかし、大量生産したとしても城郭都市は人口限度が数万人なので買い手には限りがある。
なので他の町に輸出することになるんだけど、輸送距離が伸びれば伸びるほど輸送費が嵩み、販売価格も高くなり売れなくなってしまう。
と、まあ、結局のところ城郭都市がまばらにある程度の状況だと、大量生産の必要性が薄く魔道具化も進まない、という訳だ。
「私はこの値段でも十分安いと思うよ?」
現状の生産体制だと、この値段でも仕方がない、か?
「分かりました、販売価格はこれでお願いします。それと、販売方法はどうしますか?」
基本的に工房で販売するんだけど、それだけじゃ商品を周知することができないということで、販売方法も検討してもらっていた。
「しばらくは訪問販売にしようと考えているんだ」
商品を販売するにはこの工房は立地が良くないし、別に店を構えるなら中央区でなければ、購買層に当たる裕福な人たちの目に触れない。
服飾店に卸すと言う手もあるけど、服飾店側の利益を上乗せするから販売価格が高くなってしまうし、工房名を周知し辛くなる。
そうした状況を考慮すると、個別に屋敷を訪問して販売する方法が最も確実なんだとか。
「それでだね、商品の特性上、訪問販売は女性に任せたいんだ」
「あぁ、それもそうですね」
僕だったら見知らぬ男性が『女性用下着を売りに来た』と言ったら、問答無用で追い返す確信がある。
とは言え、工房の女性たちは職人だから販売に行かせることはできない、相手が貴族の場合もあるから、礼儀作法を知っている女性じゃないと任せることができない。
「実は心当たりがあるんだ……」
ダミアンさんは歯切れが悪く、何やら言いにくそうにしている。
「何か問題がある人なんですか?」
「あー、その、……私の妻なんだ。いや、別に妻だから推薦している訳じゃない。ただ、礼儀作法を身に付けていて貴族と商談ができる女性となると、そう簡単には見つからなくてね」
ダミアンさんの奥さんは行政館で働いているらしく、貴族が相手でも臆することなく商談ができるんだとか。
「でも、それなら行政館で働き続けた方が良いんじゃないですか?」
「妻は納税期間限定の臨時職員だから、納税期間が過ぎれば仕事は終わりなんだ」
臨時職員というのは初めて聞いたけど、期間限定なら勧誘するのもありかな?
「そうですか。では働く気があるようでしたら面接しますので、その時は教えてください」
「ええ、聞いておきます」
これで、生産から販売までの道筋は立った。
あとは販売状況と利益を見ながら職人を増やしていけば工房も安定するはずだ。
「あの、アルテュール様、よろしいですか?」
「ん? ああ良いよ」
会議室に入って来たのはホーデリーフェだ。
「皆さんの意見をまとめましたので、見ていただけますか?」
「ありがとう、見せてもらうよ」
僕はホーデリーフェからメモの束を貰い、ダミアンさんと一緒に内容を確認した。
全体的に評価は良いけど、ローザンネさんはハーフカップブラでカチャはスポーツブラが気に入ったようだ。
ここに職人の女性たちの評価を含めると、フルカップブラが一番人気で、次点はスポーツブラだった。
ショーツはレングスの方が人気だったのはちょっと意外だった。
「うーん、複雑な気分」
「まあ、高ければ良いという訳じゃないからね」
現状、それぞれの布の使用量によって値段が決まるような状況なので、ビシル布の使用量が多いスポーツブラが最も高額でハーフカップブラが最も安かったりする。
「ホーデリーフェ、ローザンネさんに好みを聞いて下着をいくつか作ってあげて」
「よろしいのですか?」
「うん、その代わりにちょっとだけ働いてもらうから」
折角だから『立っている者は貴族でも使え』と言わんばかりに、僕たちの役に立ってもらうつもりだ。
「あと、うちの屋敷にいる女性たちにもこの工房で作った下着を着てもらうから、製作の準備しておいてね」
試験営業という程でもないけど、屋敷の女性たちを工房に来させて発注から販売までを経験させ、それと同時に着用した女性たちに使用感などを周囲に広めてもらう作戦だ。
「そしてこの下着の総称をフィット・アンダー・シリーズとし、個別名称はフル・フィット、ハーフ・フィット、スポーツ・フィット、チューブ・フィットにしました」
わざわざ名称を付けたのはブランド化が目的だ。
貴族の令嬢は『どこそこの工房の誰それと言う名前の職人の作品』という表現をするんだけど、それだと職人にしか注目が集まらないので、商品に意識が向くように総称と個別名称を付けた。
ちなみに、商品名を聞いただけでイメージできるように合う下着にしました。




