第63話 工房の名は
ダミアンさんに再会してから1週間後、最初の試作品が出来たので、工房の会議室に集まって試作品の検討をする。
僕も確認する必要があるので、試作品はステファナに合わせてブラジャーを4タイプとショーツを2タイプ作ってもらっている。
さすがに工房の職人たちにモデルをさせる訳にはいかないのでステファナに頼んだ。
ということで、ステファナが最初に着けたのは胸全体を覆うフルカップブラで、ベースは綿でベルト部分だけエシルとビシルの混成布を使っている。
それともう1つ、固定方法を紐からホック式に変更して着け外しを簡単にした。
「体を動かしても、擦れる感じがありませんし、肌に食い込まないのが良いですね」
ステファナは下着姿で格闘や剣舞の動作を行った。
この世界の一般的な下着は紐で縛って固定するので、きつく縛ると肌に食い込むし、緩いとズレるため加減が難しいらしい。
ショーツの方はビシルで作られたビキニショーツを穿いていて、紐で固定していた時のように肌に食い込んでいる様子はない。
「うん、良くできてる。じゃあ、次をお願い」
「はい」
その後、胸を強調する形状のハーフカップブラやスポーツブラにチューブトップブラを試着し、レングスショーツも穿き、それぞれの感想も聞いた。
「私としてはスポーツブラとレングスが良かったですね」
「どんなところが?」
「胸がしっかり固定されて上下に動かないので戦闘の邪魔にならないのが良いです。レングスは食い込まないのが良いですね」
どこにとは聞かないけど、戦闘を重視したステファナらしい意見だ。
それからは、ステファナの意見を元にデザインや機能の話になり、さらには服とのコーディネートを話し合ったり、しまいには夜の話まで持ち出す人もいた。
途中で顔を真っ赤にしたステファナが僕の耳を塞いだけど『時すでに遅し』でした。
「コホン」
とりあえず、これ以上収拾がつかなくなる前に話を進める。
「ひとまず評価が良さそうで安心しました」
「ビシルを使うだけでここまで変わると思いませんでした」
ホーデリーフェは仕立て職人の視点から、どこにどの布を使うとか、下から上、外から内に伸縮させるかなど制作に苦労した箇所を説明した。
「た、大変なことをお願いしてごめんね」
「とんでもありません。今までは注文通りに仕立てるだけだったので、とても楽しかったです」
孤児院出身のホーデリーフェは針仕事が得意でよく服の補修をしていたらしい。
幸運にも卒院後に仕立屋で雇ってもらえたけど、孤児院出身ということで重要な仕事は任せてもらえず、型どおりに服を仕立てる仕事しか与えられなかったんだとか。
「は、はは、喜んでもらえて、何よりです」
ホーデリーフェの熱意が強くて火傷しそうだ。
「作り方は大丈夫そうだから、次は自分たちのサイズに合わせた試作品を作ってもらいます」
「え、私たちの、ですか?」
僕の言葉に反応した女性たちが驚いた様子で一斉に僕を見た。
ステファナのように僕の前で下着姿になることを想像したんだろうけど、そんな趣味はありません。
「自分で使って商品の良し悪しを検討しないと、人には勧められないでしょ?」
実際に着て、使い心地だけでなく布の耐久性なども検証する必要がある。
つまり、物作りは試作、検証、改良の繰り返しで『パッと作ってサッと売る』なんてことができるほど簡単じゃないってことだ。
「進捗状況と詳細の報告はルジェナから聞くから、気になることや良い案があったら伝えておいてね」
「はい、分かりました」
こうして1回目の検討会が終わった。
検討会後ステファナと一緒に屋敷に戻ると、『お客様がお待ちです』とヘラルダに言われたので、僕は応接室に向かった。
「お待たせしました、ダミアンさん」
「こんにちは、アルテュールくん」
応接室に居たのはダミアンさんだった。
挨拶を済ませてソファーに座り、ヘラルダがお茶を入れるのを待ってから話を始める。
「この前は美味しいお酒をありがとうございました。母とルジェナがとても喜んでいました」
「喜んでもらえたのなら何よりだよ」
ダミアンさんに貰った紅酒は母さんとルジェナの酒盛りで無くなってしまった。
まあ、ルジェナのご褒美だから好きに飲んで良いんだけどね。
「それで、この前の話の結論を伝える前に確認したいことがあるんだけど、良いかい?」
「ええ、なんですか?」
「工房の代表者は誰だい? 未成年のアルテュールくんは代表にはなれないし、フェルデ吏爵様は女性だから工房長ではないだろう?」
家族のことを教えてないのに、ダミアンさんは『フェルデ吏爵は女性』と言った。
つまり、僕たちのことをちゃんと調べて来たということだ。
「ダミアンさんに働いてほしいので正直に話します。工房の代表は僕です。でもダミアンさんが言うように未成年は代表になれないので、代理人を立てることになっています」
「代理人、か」
想定の範囲内だったかどうかは分からないけど、ダミアンさんは表情を崩さず、そう呟くだけだった。
「代理人は、……ヴェッセルさんです」
「――やっぱりか」
ダミアンさんは目を大きく開いてから、大きく息を吐き出した。
「知っていたんですか?」
「いや、『可能性はある』といった程度だよ」
盗賊に襲われた時にヴェッセルさんと僕たちが同行していたことに加え、母さんがヴァンニ辺境伯から吏爵位を授かったことを知り、辺境伯家の関係者かもしれないと考えていたらしい。
とは言え、代理人がヴェッセルさんだとは思っていなかったみたいだけど。
「初めからヴェッセル様の名前を出してくれたら、こんなに悩まなくて済んだのだけどね」
ダミアンさんにとってヴェッセルさんは命の恩人だ。
同行していただけの僕たちに対しても丁寧な対応をするダミアンさんなら、ヴェッセルさんの名前を出せば、好むと好まざるとに関わらず手を貸してくれただろう。
だけど、それだとヴェッセルさんへの恩を利用した強要になってしまう。
「僕はダミアンさんに働いてもらいたいと思っていますけど、強制はしたくないんです」
どんなに能力が高くても『働かされている』と感じれば、やる気も向上心も持てないし、反感を持たれて裏切られる可能性も出てくる。
そんな危ない雇い方をしたくない。
「自主性が重要だと考えているんだね」
「はい」
ダミアンさんは目を瞑ってしばし考え込んだ。
「うん、それで納得ができた。それじゃ結論を伝えるよ」
そう言うとダミアンさんは姿勢を正した。
「私をアルテュールくんの工房で働かせてほしい」
「はい、僕はダミアンさんを歓迎します」
商業について詳しい人がいなかったから、ダミアンさんを雇えるのは本気で嬉しい。
「事業の詳しい説明を受けたいんだけど、その前に工房の名前は何て言うんだい?」
一般的には工房の名前は代表者の氏名から付けるのが習わしだけど、代理人のヴェッセルさんから名前を付けることはできないし、現段階で代表ではない僕の名前から付けるのも躊躇われる。
そこで、視点を変えて僕の目標から工房の名前を決めた。
「工房の名はファクチュアです」
ファクチュアとは工場製手工業のマニュファクチュアから取っている。
なぜこの名前にしたのかと言うと、以前からこの世界では錬金術は錬金術師で魔道具は魔道具師と各分野での分業が進んでいて、異分野同士での交流が乏しく技術向上の妨げになっていると感じていた。
それぞれの分野で技術の向上を目指すのも良いけど、様々な分野の技術を合わせて物作りをする場所になれたら良いかと思って名付けた。
できるかどうかは分からないけど、目指さないよりは目指した方が良いかと、ね。




