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第59話 見習い3人娘

 辺境伯様と面会した翌日から母さんは働き始めた。


 最初は小型の箱馬車で通勤する予定だったけど、生憎と馬車屋には在庫が無く、今は徴税用の馬車を整備することで忙しくて製作ができないと断わられてしまったので、仕方なく徒歩で通っている。


 幸い役人の制服は軍服が元になっているので歩きやすいみたいだけど、行政館までは距離があるので、荷物持ちを兼ねてステファナが送り迎えをしている。


 ちなみに、母さんが着ている役人の制服は暗緑色の生地に文官を表す白い装飾が施されていて、女性の場合はスカートになっている。


 それはともかく、母さんの仕事が始まってから5日後、ヘラルダさんがメイド候補の女の子を3人連れてきた。


「僕はアルテュール、この屋敷の家主であるマルティーネ・フェルデの息子です。母からは使用人の雇用を含め、屋敷の管理を任されています」


 3人は面談の相手が年下だとは知らなかったらしく、僕が挨拶を終えると一斉にヘラルダさんに視線を向けた。

 そっと右後ろに立っているヘラルダさんに視線を向けると、笑顔のまま固まっていた。

 ――伝え忘れたみたいだ。


「コホン、面談を始めるから座って」


 面接はヘラルダさんが済ませているので、今日は顔合わせ目的の面談になる。

 また、過度に緊張させないように、華美な応接室ではなく玄関ホールの隣りにあるカフェのような内装の談話室で面談を行っている。


「マノンです、初めまして」


 最初に自己紹介をしたのは、赤茶色の髪で優しそうな笑顔が特徴のマノン。

 彼女は孤児にしては胸が大きいという理由で娼館から誘いが来ていて、本人も働き先が見つからなかったら、諦めて娼婦になるつもりだったらしい。

 彼女を選んだのはヘラルダさんで、孤児院で甲斐甲斐しく幼い子の面倒を見ていたので、メイドに向いていると思ったんだとか。


「オレはカチャだ、です」


 次に自己紹介をしたのは、茶色の短髪で男の子のような見た目と喋り方をするカチャ。

 彼女は女の子にしては力が強く男勝りな性格で、孤児院で男の子に混ざって荷運びの仕事をしていて、孤児院を出た後は冒険者になるつもりだったらしい。

 彼女を選んだのはドロテアさんで、屋敷の力仕事を任せるのに丁度良いと思ったんだとか。


「――っ、(エ、エファ)」


 微かに聞こえる程度の声量で名乗ったのは、常に俯いて前髪で目元を隠したままのエファ。

 彼女は喋ることが苦手な上に面接なのに視線を合わせようとしないので、メイドには向かないと判断して最初は採用を見送った。

 しかし、面接を終えて帰ろうとした時に隣りの部屋で本を読んでいるところを見つけ、読み書きができることを知り、表に出さなければ事務仕事を任せられるメイドとして使えると思ったらしい。


 ちなみに、エファは最初の名乗り以外は声を出していないけど、ヘラルダさんの話にコクコクと頷いたり手を振ったりして意思表示はしている。


 ヘラルダさんが連れてきたのはこの3人で、正直なところ、家事をしてくれるなら能力は二の次でも良かったんだけど、ここまで癖が強い子を連れて来るとは思わなかった。


「君たちはヘラルダさ――、コホン、ヘラルダが面接で選んだので雇うことは決めています」


 面談の前にヘラルダから『使用人に対しては敬称を付けないでください』と注意されていたのを忘れていた。


「ただ、君たちはメイド教育を受けていないので、見習いとして働きながら教育を受けてもらいます」


 仕事と平行して教育を受けるのは大変だと思うけど、最低限のマナーを覚えてもらわないと正式なメイド服を着せることができないので、頑張ってほしい。


「見習いの間は休日が無いけど、体調が悪い時は無理をしないで休むこと」


 休みが無いのはマナーの勉強する時間を確保するためで、ヘラルダから及第点を貰って正式なメイド服を着られるようになれば、休日を与える予定になっている。


「給金は月に銅貨5枚で少ないけど、衣食住は保証するし人頭税はフェルデ家が払うから自由に使って構わない」


 生活を保証する代わりに給金を低くする雇用方法は、未成年を雇う場合によく使われる手法で、給金を使い切って生活できなくなったり、税金を払えなくなったりすることを防いでくれる。


「僕からの説明はこれで全部だけど、何か聞きたいことはある?」


 説明を終えて3人に問いかけたら、マノンがそろりと手を上げた。


「あのー、孤児院に仕事を回してくれるという話は?」

「その件は既に許可を取ってあるから、細かいことは料理人のバルテルと相談して決めてもらいたい」


 マノンが聞いて来たのは食料品を購入する時の運搬についてだ。


 今までは購入する食料品の量が少なかったから、バルテルの買い出しにロドルフを荷物持ちとして同行させれば済んでいたけど、ここまで人数が増えれば2人では運びきれなくなることは分かっていた。


 そのため、他の屋敷と同じように食料品を扱う商会と契約を交わして代理購入と運搬を任せる予定になっていたんだけど、ドロテアさんが食料品の運搬を孤児院の子どもたちに任せることを提案してきた。


 なんでも孤児院では10歳頃になると自立資金を貯めるために働き始めるらしく、カチャのように荷車を使った荷運びの仕事をしている子もいるので、彼女たちを通して仕事を流してあげれば、彼女たちだけでなく孤児院も恩に感じるだろう、という算段なんだとか。


 それに、商会に任せると調達人や馬車の代金が加算されてしまうので、バルテルと子どもたちに任せた方が安上りという理由もある。


「ありがとう、アルくん」

「――っ、マノン!」


 マノンが僕を『アルくん』と呼んだことに対してヘラルダが即座に声を上げた。


「僕のことは好きに呼んでもらって構わないよ。母さんはともかく僕は庶民なんだから」

「……畏まりました」


 ヘラルダは不承不承といった表情で返事をしたけど、堅苦しい呼び方はステファナとルジェナだけで十分だ。

 あの2人は奴隷という立場上、主人を『様』付けで呼ばないと揉め事の種になってしてしまうので仕方がない。


「さて、他に質問は無さそうだから面談は終わりにしよう。身支度についてはヘラルダに任せてあるから、指示に従うように」


 ヘラルダには見習いたちをお風呂に入れて身綺麗にすると共に、怪我や病気の確認するように指示を出してある。


「はぁい」

「ああ」

「――!」


 なかなか個性的な返事で少し不安になる。


「じゃあ、あとは頼むね、ヘラルダ」

「はい、お任せください」


 見習い3人娘のことをヘラルダに任せて僕は自室に戻った。


 のちに受けた報告によると、マノンは娼婦になることを考慮して自分を試す意味で経験したことがあるらしく、カチャは荷運びの仕事で護衛を兼ねていたため数ヵ所に傷跡が残っていて、エファについては理由が定かではないけど左目が潰れていたらしい。


 この報告を聞いて、みんな厳しい生活をしているんだなぁと改めて思った。


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