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第57話 冒険者ギルド・レーヴェンスタット支部

 ヘラルダさんの面接から3日後、母さんたちは朝から叙爵式のための準備をしていた。


 朝起きたらすぐに朝食を取り、お風呂に入って体を温めてから垢スリや香油を使ったマッサージを受け、休憩を挟んでからドレスに着替え、髪型を整えてから化粧を施した。


 ちなみに、今回は既製服を組み合わせて仕立てたドレスで、薄水色の生地に白いつる草の刺繍が施されたハイネックのワンピースドレスに、レースで縁取りされた空色のオーバースカートを合わせ、肩にはシルクのショールをかけている。


「――綺麗」

「ふふ、ありがとう」


 叙爵式のために徹底的に磨き上げたとはいえ、普段は1時間もかからない身支度に6時間もかかったことには驚いた。

 だけど、こんなに綺麗になるなら、身支度に時間がかかっても文句はない。


「ティーネ様、迎えの馬車が来ました」

「ええ、すぐに行くわ」


 うちにも幌馬車はあるんだけど、あれはドレスを着て乗るような馬車じゃないし、箱馬車を準備するには時間が足りないから、今回は辺境伯様に頼んで箱馬車を出してもらった。


「行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」


 馬車に乗るのは母さんと付き添いのヘラルダさんだけで、ステファナは留守番だ。

 辺境伯様が主催する叙爵式に護衛を連れて行けば『信用していません』と言っているようなものなので、こればかりはどうしようもない。


「出発します」


 御者の合図で馬車が動き出し、行政館に向かってゆっくりと進んで行った。


「さて、母さんたちは無事に出発できたから、僕たちも出かけるね」

「本当に私はついて行かなくて良いんですか?」

「今後はルジェナと2人で行動することが多くなるから、今のうちに慣れておかないとね」


 それに屋敷内のこととはいえ仕事を任されたから、自分に能力があることを示して周囲に認めてもらう必要がある。

 まあ、いつまでも母さんの後ろに隠れている訳にはいかないからね。


「そう、ですね、分かりました。お気をつけて」

「うん、行ってきます」

「行ってくるです」


 ちょっと過保護なステファナに見送られて、僕とルジェナは歩いて屋敷から出発した。


 まずは屋敷がある富貴地区から1時間ぐらい歩いて行政館前の広場まで行き、そこから巡回馬車に乗って西大門の門前広場まで30分ぐらいで到着した。


 母さんと一緒に馬車に乗せてもらえれば手間が省けるんだけど、叙爵式のために出してもらった辺境伯家の馬車に、息子とはいえ『楽だから』なんて理由で乗ることはできない。


 そんなことはさておき、僕たちは巡回馬車を降り、広場に面している3階建ての建物の前まで歩いて来た。


「ここが、冒険者ギルド・レーヴェンスタット支部です」


 入口の両扉は開け放たれていて、その上には『冒険者ギルド』と書かれた看板が掲げられている。


「――ふぅ、ちょっと緊張する」


 難しい交渉をする訳じゃないけど、依頼の手続きをするのは今回が初めてだからちょっとだけ緊張している。


「さすがのアルテュール様でも緊張するですね」

「何が『さすが』なのか知らないけど、誰だって初めては緊張するでしょ?」

「(そうは見えないですが、まぁ、でも)腰が引けてる姿は可愛いですよ?」


 可愛いと言われるのも、頭を撫でられるのも心外だ。

 まあ、緊張をほぐしてくれたんだろうけど。


「さあさあ、行くですよ」

「おっ、押さなくても行くって」


 僕はルジェナに背中を押されながら冒険者ギルドに入った。

 中は広々としたホールになっていて、正面には受付カウンターがあり、その左右に奥に続く通路が見える。

 またホールの右側は軽食を提供する喫茶店のようになっていて、左側の壁には依頼用の掲示板がかけられている。


「おっ、ちょうど右端の受付が空いたですよ」


 ルジェナに言われて右端の受付カウンターに視線を向けると、宝石が付いた杖を持った魔法使い風の男性が受付を離れて喫茶店の方に歩いて行く姿が見えた。


「行くですよ」

「う、うん」


 昼食後の中途半端な時間で冒険者が少ないからかもしれないけど、テンプレ展開が起こることもなく、すんなりと受付に辿り着いた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付嬢が僕とルジェナの間で視線を彷徨わせたので、僕が前に出て話を始める。


「今日は新規の依頼を出しに来ました。これは紹介状です」

「拝見させていただきます」


 受付嬢は封蝋を確認してから封を切り紹介状を取り出した。

 この紹介状は母さんが書いたもので、依頼の概要と依頼金の支払いを母さんが保証すると書かれている。


「――はい、確認いたしました。新規のご依頼とのことですから、詳細は会議室で伺わせていただきます。そちらの通路にある第三会議室でお待ちください」


 僕たちは受付の右手側にある通路を進み、第三会議室と書かれた扉を開けて中に入った。

 室内には8人掛けのテーブルセットがあったので、僕は右側の席に座り、その背後にルジェナが待機した。


「お待たせしました」


 しばらくし待っていると、受付嬢は本や書類などを抱えて会議室に入って来た。


「改めまして、本日はようこそおいでくださいました。私は冒険者ギルド・レーヴェンスタット支部にて受付を担当しております、エルシェと申します」


 受付嬢のエルシェさんは、テーブルの反対側に立ったまま自己紹介をした。


「僕はマルティーネ・フェルデの息子でアルテュールと言います。それと彼女は僕の護衛をしているルジェナです」


 僕も自己紹介をして、エルシェさんに座るように手で促した。


「ありがとうございます。それではご依頼の内容をお聞かせください」

「その前に、この町の周辺に生息している蜘蛛の魔物を教えてもらうことはできますか? 採取圏内に生息していないと依頼する意味がなくなってしまうので」

「採取対象はどの種類になるのでしょうか?」

「えっと、種類については詳しく知らないんですけど、『腹部が大きくて討伐ランクが低い種』で分かりますか?」


 蜘蛛の魔物はどこにでもいるけど、種によって大きさや特性が違うので、ヘルベンドルプで狩っていた蜘蛛を参考に説明した。


「そうですね、少々お待ちください」


 エルシェさんは持参した本をパラパラとめくって情報を探している。


「条件に合いそうなのは、討伐推奨Eランクのアンブッシュ・スパイダーと討伐推奨Dランクのケイプ・スパイダーですね」


 アンブッシュ・スパイダーは体長が1m程度で、レーヴ湖の東に広がる森に生息していることが確認されていて、ケイプ・スパイダーは体長が40cm程度でレーヴェンスタットの北東にあるレヴィエント山脈の山中にある洞窟に生息していることが確認されているらしい。


 ケイプ・スパイダーの方が小さいのにランクが高いのは、群れで襲ってくるため危険度が高いからなんだとか。


「あとは、少し遠いですが西の未開地にヴァイト・スパイダーが生息してることが確認されています」


 ヴァイト・スパイダーはヘルベンドルプで狩っていた蜘蛛で、体長が80cmで討伐推奨はEランクだ。


「それぞれの採取品と経費を比較してから指定量採取依頼にしたいので、まずは試験採取をお願いできますか?」


 指定量採取依頼というのは、一定期間内に指定した数量を繰り返し採取してもらう依頼方法で、資源の枯渇や過剰供給を防止する依頼方法になっている。


 また、試験採取というのは、今回のように繰り返し行う依頼の金額を設定するために、採取にかかる労力と経費などを冒険者ギルドの職員が同行して評価する制度のことだ。


「アンブッシュ・スパイダーとケイプ・スパイダーの2種でよろしいですか?」

「いえ、念のためヴァイト・スパイダーもお願いします」


 ヴァイト・スパイダーが生息している西の未開地までは馬車で1週間程度かかるので、経費がかかり過ぎるのは目に見えているけど、アンブッシュ・スパイダーとケイプ・スパイダーの糸液が使えなかった場合に備えて、試験採取だけはしておきたい。


「畏まりました。それではアンブッシュ・スパイダーとケイプ・スパイダーにヴァイト・スパイダーの3種に対して試験採取を行います」

「はい、それでお願いします」

「それでは、契約書を作成しますので、少々お待ちください」


 エルシェさんは採取方法や注意事項などをまとめて依頼書を作成し、それを元に料金を算定した。


 今回は試験採取なので依頼1件につき基本料金として銀貨2枚と同行するギルド職員の手当として銀貨1枚、さらに採取品は1つ銅貨1枚で買い取ることになった。

 なお、ヴァイト・スパイダーは採取場所まで距離があるので銅貨5枚を追加した。


「試験採取の結果が出るのは2週間から3週間後になると思います。採取が完成しましたらご連絡を入れますので、それまでお待ちください」

「はい、分かりました」


 無事に依頼を出すことができたので、依頼金の銀貨9枚と銅貨5枚を支払い、採取品の買い取り用に銀貨を2枚預けて僕たちは冒険者ギルドを後にした。


「――はあぁぁ、疲れた」


 巡回馬車の停留所に着いてから、僕は大きく息を吐き出した。


「ちゃんと出来てた?」


 今回は初めての取引だから、軽く見られないように身なりを整え、話し方にも気を配った。


 母さんが吏爵の立場で紹介状を書いてくれたから、そこまで気にする必要はないのかもしれないけど、『信用は見た目から』とも言うので、できる限りのことをした。


「堂々としていて、(さま)になってたですよ」

「そっか、それなら良かった」


 工房を経営していたルジェナがそう言うなら大丈夫だろう。

 あとは冒険者ギルドからの結果を待てば良い。


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