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第56話 ヘラルダ

「アルテュール様、来たですよ」


 昼食後に自室で読書をしていたら、ルジェナが呼びに来た。

 今までは面接には参加しなかったんだけど、今回は顔合わせの意味合いが強いから面接に参加するように言われている。


「応接室に行けば良い?」

「まずは食堂に行くです、ティーネ様とステファナさんが待ってるです」

「うん、分かった」


 僕は読書を中断して食堂に行き、母さんたちと合流してから応接室に向かった。

 ルジェナがノックをしてから扉を開け、母さんと一緒に僕が入り、続いてステファナとルジェナが応接室に入った。

 応接室にはソファーの横に立ち、こちらに向かって浅くお辞儀をしている女性がいた。


「初めまして、わたしがマルティーネ・フェルデよ」

「僕はアルテュールです」

「お初にお目にかかります、ヴェッセル様よりご紹介いただきましたヘラルダと申します」


 ヘラルダさんはお辞儀の状態からカーテシーに切り替えて自己紹介をした。

 軽やかで優雅な所作ときっちり纏められた髪にタレ目でおっとりした表情は、どこかのご令嬢と勘違いしそうだ。

 ――まあ、福々(ふくぶく)しい体型でなければ。


「それと、お茶を入れているのはステファナで、入口に立っているドワーフがルジェナよ」


 母さんの紹介に合わせて、ステファナとルジェナは無言で会釈をした。


「2人はわたしとアルテュールの護衛だから、使用人とは立場が違うことを覚えておいて」

「はい、畏まりました」


 ステファナとルジェナのことは家族のように思っているけど、母さんの立場上それを表立って言う訳にはいかない。

 明言はせず、行動と態度で理解してもらう。


「どうぞ座って」


 母さんは手でソファーを差して座るように促した。

 そしてソファーに座るとステファナが3人分のお茶を入れてくれた。


「フェルデ様、こちらがヴェッセル様より頂いた紹介状になります」


 ヘラルダさんはバッグから封蝋で閉じられた手紙を取り出し、母さんに差し出した。


「拝見します」


 母さんは封筒の封蝋を確認してから封を切り、取り出した紹介状に目を通した。


「……アル、あなたも目を通しておきなさい」

「はい」


 紹介状にはヘラルダさんの外見の情報に加え、怪我や病気などの身体的な瑕疵がないことや、技術と人柄の評価に辺境伯邸での研修の結果が書かれていて、さらには両親と兄弟の名前と年齢にそれぞれの職業まで、びっくりするほど個人情報が書かれている。


「もしかして、ヘラルダさんは侍女になりたいのかしら?」


 母さんがわざわざ聞いたのは、紹介状に書かれている研修の種類が理由だと思う。


 ヘラルダさんは家事を担当する家政メイドに必要な掃除や洗濯などの研修だけでなく、家人の世話をする侍従メイドに必要な着付けや化粧などの研修に、公の場で主人を補佐する侍女に必要な礼儀作法やダンスなどの研修まで、メイドの職分を越えた研修まで受けていた。


「いえ、様々な技術があった方が働き口が広がるかと思ったのです。……その、私は、食べることが好きなので」


 ヘラルダさんは恥ずかしそうに顔を赤くして言葉尻を濁した。

 つまり、食べる量を減らすより技術を増やすことを選んだ訳だ。

 そこまで自覚しているのに自制できないのはどうかと思うけど、その代わりに様々な技術があると思えば許容できる欠点だと思う。


「そういうことですか、わたしとしては度を越していなければ個人的な嗜好について咎めることはしません」

「――はい、ありがとうございます」


 母さんの『咎めない』という言葉を聞いて、ヘラルダさんは安堵したように軽く息を吐いた。

 おそらく体型の問題で貴族家では雇ってもらえなかったんだろう、貴族は見栄えを気にするから。


「ヘラルダさんには孤児をメイドとして教育してもらうつもりですが、それは可能ですか?」

「はい、辺境伯邸でも後輩の教育を行っていましたので問題はありません」


 ヘラルダさんは10歳から6年の間メイド教育を受けていて、ここ数年は後輩の教育も手伝っていたそうだ。


「それなら安心です。……うん、良いでしょう、ヘラルダさんを雇用することにします。役職はメイド長で筆頭使用人として監督権も与えます」

「――メイド長ですか?!」


 驚くのも無理はない、見た目に貫禄はあってもヘラルダさんはまだ16歳の新人メイドなんだから。


「他に教育を受けたメイドがいないのだから当然そうなります、監督権も同様ね。それとも荷が重いかしら?」

「いえ、大丈夫です、誠心誠意務めさせていただきます」


 ヘラルダさんはソファーに座ったまま深々と頭を下げた。


「よろしく、ヘラルダ」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします、フェルデ様」

「それと、屋敷内で硬い呼び方をされると気が休まらないから、普段はティーネと呼んでもらえると助かるわ」

「畏まりました、ティーネ様」


 雇用することが決まって面接が一区切りついたので、お互いに緊張がほぐれた。

 お茶を飲んで間をおいてから話を続ける。


「それで、ヘラルダはいつから働けるのかしら?」

「辺境伯邸に置いてある私物は少ないので、今日中に荷物をまとめて明日の午前中にはこちらに移れます」

「分かったわ。それで、今後の予定だけど――」


 母さんは3日後に辺境伯様との面会と叙爵式があって、その後は仕事が始まる予定になっていることを説明し、今は叙爵式の準備を優先すると伝えた。


 孤児の面接はその後に行うつもりだけど、母さんはその頃には仕事の準備で忙しくなっているだろうし、爵位持ちが直接孤児院に出向くと相手に気を使わせてしまうので、面接はヘラルダさんに任せることになった。


「それでは、メイド候補を3人雇用すれば良いのですね?」

「ええ、ドロテアさんに協力してもらえるということだから、面接に同行してもらうと良いわ」


 さすがに面接を行ったことはないらしく最初は緊張していたけど、ヘラルダさんの母親であるドロテアさんの同行を認めたことで安心したようだ。


「それと、アル」

「え、なに?」

「使用人の管理はあなたに任せます」

「はえっ?!」


 突然、話を振られて何事かと思えば、7歳の子どもに任せることじゃないと思うんですけど?


「工房のこともあるのだから書類仕事を覚えなさい。ルジェナが工房を経営していた経験があるから、教えてもらうと良いわ」


 工房長はヴェッセルさんに頼んでいるけど、実際には僕が運営するんだから、母さんが言うように書類仕事を覚える必要はある。


「……はい、頑張ります」


 ちらりとルジェナに視線を向けたら、楽しそうに笑顔で手を振られた。


「ファナはヘラルダに屋敷の案内をお願い。それとバルテルとロドルフも紹介してあげて」

「はい、任せてください」

「ヘラルダは宿舎の部屋を決めてから帰ってね」

「畏まりました」


 使用人用の共同宿舎には、仕事用の洗濯室と軽作業室に水浴び場やお手洗いなどの共同設備があり、個室は1階に2部屋と2階に5部屋の合計7部屋ある。


 ちなみに、既婚者のバルテルさんは北区の自宅から通っているので、共同宿舎に住んでいるのは馬丁のロドルフさんだけだ。


「それでは失礼します」


 ヘラルダさんは挨拶をしてからステファナと一緒に応接室を出て行った。


 メイドの雇用はまだだけど、屋敷のことは一区切りついた。

 書類仕事を覚える必要はあるけど、工房の方もそろそろ動き出そう。


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