書籍発売記念短編 カウペルス家での生活
欠落錬金術師の異世界生活 ~転生したら魔力しか取り柄がなかったので錬金術を始めました~ 書籍発売記念短編。
マルティーネがアルテュールを連れてカウペルス家に戻った半年後のお話です。
「――何をしているの!」
わたしはベビーベッドに手を伸ばしているメイドに向かって声を張り上げ、その行動を制止しました。
「――?! お、お嬢様」
「ここには入らないように言ったはずよ! 出て行きなさい!」
以前、メイドの1人がアルテュールに怪我をさせたから、この部屋には入らないように厳命してあります。
それにも関わらず、わたしが部屋を空けている間にメイドがアルテュールに触ろうしていました。
「しっ、失礼しました」
部屋を出て行くメイドと入れ替わるようにして、わたしはアルテュールのいるベビーベッドに近寄りました。
アルテュールに怪我をしている様子はなく、いつものようにぬいぐるみで遊んでいました。
「だぁっ、ふ」
「ふふ、抱っこね」
わたしに向かって両手を差し出すアルテュールを抱き上げ、成長の証である重さを感じる。
「うふふ、アルちゃんは今日も元気ね」
今でこそ元気なアルテュールも、予定より1ヵ月も早く産まれてしまったせいで、出産直後に生死を彷徨ったのです。
なんでも、早産の場合は出産直後に息ができず亡くなることが多いらしく、アルテュールも出産直後は呼吸をしていませんでした。
そのため、自力で呼吸できるようになるまで助産師が風魔法を使って強制的に呼吸をさせたのです。
幸いなことに10分程度で呼吸を始めましたが、本来は赤子に魔法をかけるのは危険な行為なのです。
生まれたばかりの赤子は他人の魔力に対する抵抗が低すぎて、魔法を受けると魔力器官が破損してしまい、障害が残ったり亡くなってしまうことがあるらしいのです。
ですが、――放置すれば絶対に助からない。
だから助産師は『助けるには、魔法を使うしかない』と言って、風魔法を使いました。
その助産師のおかげでアルテュールを助けることはできたのですが、結果として魔力器官の一部が破損し、属性が使えない体になってしまったのです。
「わたしのせいで……」
「ちゅい、ちゅい」
アルテュールはわたしが落ち込んでいると小さな手で『よしよし』と撫でてくれる。
「きゅぁー、ふぁっ」
こうしてアルテュールを抱きしめると、ギュッと抱き返してくれる。
「ふぁっ、ら」
アルテュールを抱いたままソファーに座ると、アルテュールはテーブルの上に置いてある数冊の本に向かって手を伸ばしました。
「あらあら、また本を読んでほしいのね。今日はどの本を読んでほしいの?」
「たぁた! たぁた!」
アルテュールが指差したのは『ダンメルス王国英雄譚』という本で、建国王や偉業を成し遂げた武人の話などを物語り風にまとめた歴史書です。
最初は絵本を読んでいたけれど、最近は物語りがお気に入りのようです。
「ふぁあ?」
首を傾げて『ダメ?』と聞いているようなこの仕草、――可愛くて愛おしい。
「姉上! どこです、姉上!」
……またですか、元々この家は物置小屋でしたから、部屋数が少なく壁も薄いので大声を出す必要は無いのに。
「こんなところにいたのですか。まったく、返事ぐらいしてほしいものです。まあ、それはともかく、姉上も愚かなことをしたものです。淑女にあるまじき行為だと思わないのですか?」
乱暴に扉を開けたと思えば、ディトネルは声を荒げて意味が分からない糾弾を始めました。
「何を――」
「こう何度もメイドに暴力を振るわれては、カウペルス家の恥なのですよ。ただでさえ欠陥品を産んだ出戻りなんですから、せめて大人しくしてくれませんかね?」
「わたしは――」
「ああ、言い訳は結構です。泣いて戻って来たメイドを私が保護しましたから、言い逃れはできません」
「ですから――」
「メイドの方は私が対処しておきますが、このことは父上にも報告しておきますから、処罰を受けることは覚悟しておいてください。では、私は姉上の後始末をしなければいけませんから、失礼させていただきます。――ああそうだ、姉上は処罰が決まるまではこの小屋から出ないように、良いですね?」
ディトネルはわたしの言葉を遮り、言いたいことを一方的に喋って出て行きました。
「いったい、何をしに?」
暴力を振るったと言われても、わたしには身に覚えがありませんし、メイドは追い出しましたが、それが理由で泣いたとしても、それは言いつけを守らないメイドに非があります。
「……あの時のように、何か理由があるのかしら?」
あれはディトネルとローザンネさんが貴族学院に入学して2ヵ月程度経った頃の出来事です。
いつの間にかローザンネさんが人を殺したと噂が流れていました。
その噂の元になったのは、当時12才だったローザンネさんがカウスタットに来る道中で馬車を襲いに来た盗賊を返り討ちにした事件でした。
それをディトネルは『ローザンネは12歳の時に多数の人を殺した』と、相手が盗賊であったことを伏せることで、あたかもローザンネさんが殺人鬼であるかのような印象を周囲に植え付けたのです。
わたしがその噂を聞いた時にはすでに学院中に広がっていて、ローザンネさんは孤立していました。
盗賊の討伐はよくあることなので、その事件は喧伝されることもなく、ごく一部の者が知るだけで終わりました。
わたしはすぐに噂の出処がディトネルだと気付き問い詰めたのですが、『嘘は言っていませんし、話を聞いた人がどう思うかは、その人次第です』という無責任な返事をしたのです。
そして、ディトネルの話を聞いた人たちは婚約者が言うのだから真実なのだろうと、安易に噂を広めたのです。
噂を流した理由が剣術試験の成績でローザンネさんに負けたことだと知った時には、呆れてしまいましたが、ディトネルは婚約者であるローザンネさんの下に見られるのが我慢できなかったのでしょう。
「……今回は何が目的、か」
ディトネルは感情に流される面もあるから、ただ単にわたしを押さえつけて喜んでいるだけかもしれませんし、お兄様の上に立つためにわたしを利用するつもりかもしれません。
……いえ、さすがにそれは、考えすぎかしら?
「なぁ、な?」
「何でもないわ。さぁ、本の続きを読みましょうね」
何が起きても対処できるように、今のうちに準備をしておいた方が良いかもしれないわね。




