第48話 カウペルス家へ
今回は3頭の馬に乗っていく、ヴェッセルさんが乗る黒毛の馬はリッツァ種と呼ばれる軍馬でヴェッセルさんの愛馬だと紹介してくれた。
ステファナとルジェナが乗る栗毛の馬はトーケス種と呼ばれる大人しい馬で移動用に1頭金貨8枚で購入した。
移動時の隊列はヴェッセルさんが先頭で、次にステファナと僕が続いて、ルジェナが最後尾を警戒する。
「良し、準備はできたな?」
「はい、問題ありません」
「こっちも良いです」
最低限の荷物だけを持って、あとは行く先々で必要なものを買いながら移動することになる。
場合によっては野営することもあるから、毛布代わりのマントも羽織っている。
「おねえさまをお願いします」
「どうなるかは分からんが、できるだけのことはしてやる」
「そんなお返事をなさるから、女性にモテないのですよ?」
「ほっとけ!」
ヴェッセルさんの返事に納得がいかないローザンネさんが嫌みを言ったけど、堪えた様子は微塵もない。
「アルくんも体に気を付けてね」
「はい」
今までは馬車での移動だったからそこまで苦にならなかったけど、馬で移動するのは初めてだから、どうなるかは分からない。
一応、お尻と内股を保護するコアシート入りの防具をズボンに取り付けてある。これは同乗する子ども用で、他の人は馬を操るのに邪魔になるから付けてない。
「んじゃあ、行くぞ」
ヴェッセルさんの合図で僕たちはメルエスタットを出立した。
メルエスタットの町中を眺めながらゆっくりと馬を進めているとガラスの販売所が見えてきた。開店前に工房からガラスを運んできてお店に納品しているところだった。
前にトビアスさんから、ガラスの販売は順調だと聞いたけど、今は生産量を上げられないから購入制限をしているらしい。
その対策として、隣にある鍛冶工房をガラス工房に変えて生産量を増やすことを検討しているらしい。
そんなことを考えながら町中を通り過ぎる。そして城門を抜けると、街道を北東方向に進んだ。
通常の移動は常歩で歩き続けて、時々速歩を混ぜて距離を稼ぐ、駈歩や襲歩は緊急時だけで、なるべく休憩を入れて馬に負担がかからないようにしている。
3時間ほど街道を進んでから最初の休憩になった。
コアシート入りの防具で衝撃は抑えられるけど、揺れは抑えられない。振り落とされないようにステファナにしがみ付いていたから、かなり疲れた。
そして疲れた体をほぐしていたときに、ヴェッセルさんが馬に草団子のようなものを食べさせているのが見えたから、興味本位で聞いてみた。
「何を食べさせているんですか?」
「ああ、こいつは馬用のポーションだ」
「ポーション?!」
詳しく聞いたら、飼料をベースにした馬用のポーションらしい。
効果は疲労回復と滋養強壮で劇的な効果はないけど、馬の負担を減らすことができるんだとか。
ただ、錬金薬だから値段が高く、軍関係にしか普及していないと教えてくれた。
「最近は走らせてばっかりだから、毎日食わせてんだよ」
毎日。その言葉には心当たりがある。
移動中の雑談でヴェッセルさんがこの2ヵ月でどれだけ移動していたのかを話してくれて、それを聞いた僕は心苦しくなった。
まず最初に、領都であり城塞都市のヴァニカティルで母さんからの手紙を受け取ったそうだ。
それから、ヴァンニ辺境伯を説得して20日かけて王都に行き、10日かかってあのメダルをもらった。そして王都から25日かかってメルエスタットに来て、今はカウスタットに向かっている。
55日の間、銀貨1枚する馬用ポーションを毎日食べさせているということは、馬用のポーションに金貨5枚以上はかかっていることになる。
他にもお金がかかっているはずだから、白金貨1枚以上は使っているかもしれない。
いずれ母さんのこととは別に何かで埋め合わせをしようと思う。
「そろそろ休憩は終わりだ、進むぞ」
「はい」
「はいです」
こうして、急いでいるけどゆったりした移動が数日続いた。
メルエスタットを出立してから5日目、カウペルス領に入る手前の山道を通っていたときに、ヴェッセルさんが馬を止めてステファナに話しかけた。
「この先で戦闘が起きている。剣戟の音がするからおそらく山賊だろう」
「どうするんですか?」
「おまえたちはここで待ってろ、俺が1人で行った方が早い」
「分かりました。私たちはここで待っています」
「ああ、それとコイツのことも頼む」
「はい。お気を付けて」
「おう」
ヴェッセルさんはステファナに愛馬を預けて街道を走って行った。
ステファナとルジェナでも盗賊の対処はできるけど、戦闘にかかる時間は圧倒的にヴェッセルさんが短い。
案の定、20分ぐらいでヴェッセルさんが戻って来たんだけど、浮かない表情をしている。
「どうしたんですか?」
「ちょっと面倒なことになった」
襲われたのは商人の馬車が3台で、先頭の馬車が馬を射殺された上で馬車を破壊されて街道に荷物と破片が散乱して通れなくなった。そして、最後尾を抑えられて進めず戻れずの状態で応戦していたらしい。
ヴェッセルさんが介入して盗賊を瞬く間に倒したんだけど、護衛の冒険者は半減していて馬車も1台ダメになってしまった。
それで、次の町まで護衛を頼まれたそうだ。
「次の町までは馬車で1日かかるから、早くても到着は明日の午後になる」
ヴェッセルさんの話では、馬車が2台と商人が5人に護衛の冒険者が4人残っているそうだ。
馬車で1日の距離と言っても次に何かが起きれば、残った4人の護衛で守り切れる保証がない。かと言って護衛を受ければ、到着が1日遅れる。
早く行きたい。母さんに会いたい。でも護衛を断れば彼らは家族の元に帰れないかもしれない。
ここで、断れば見捨てるのと同じことになるから、ヴェッセルさんも浮かない表情をしている。
「仕方がありません。1日は猶予があるはずですから」
結局、『受けない』という選択肢は取れなかった。
僕たちが商人のところに着いた時には、亡くなった人たちを盗賊と冒険者に分け終わったところだったらしく、むせかえる血の匂いがして僕は気持ちが悪くなって吐いてしまった。
「もう大丈夫ですよ」
僕はステファナに連れられて血の匂いがしない場所まで離れた。
蜘蛛を解体したときもグロテスクだったけど、血の匂いはもっときつかった。
結局、僕は何もできなくて片付けが終わるまで離れて待っていた。
3時間後に片付けが終わって再出発したものの、馬車は限界まで荷物を積んでいるから速度が出なくて、その日は山道を抜ける前に野営することになった。
その翌日も馬車はゆっくりと進んで、予定の7割程度しか進めず町に到着できなかった。
そして次の日の午前中に町に到着すると、僕たちは商人たちと別れて必要なものだけを購入してすぐに町を出た。
商人たちはお礼の食事や宿でゆっくりしてほしいと言ってくれたけど、当初の予定より1日半の遅れが出てしまったから、丁重にお断りした。
その後、村を2つ経由してカウペルス領の領都カウスタットに着いたけど、遅れを取り戻すことはできず、母さんが到着する予定日の翌日になってしまった。
「それで、このまま乗り込むのか?」
「あっ、……そう言えば考えてなかった」
まだ午前中だからこのまま行きたいけど、僕は母さんの息子だけどカウペルス家の家族じゃない。突然行ったところで門前払いになる可能性が高い。
……あれ、高いかな? ディトネルは僕たちを連れて行くつもりだったみたいだから、むしろ『手間が省けた』と喜んでくれるかもしれない。
「まずは身支度を整えましょう」
到着したばかりで汚れと疲れでボロボロだから先に身支度をする。
体の汚れを落として、2時間ぐらい仮眠を取って疲れを癒やす。そして昼食を食べてからカウペルス家に向かう。
先触れを出すことも考えたけど、そうすると返事が返ってくるまで待つことになる。すぐに返事が来れば良いけど、1週間とか待たされたら手遅れになっている可能性がある。
今回はちょっと図々しい手段を使って乗り込むことにする。
「それじゃあ、行きましょう。カウペルス家へ」




