第42話 姉弟喧嘩?
家の中に入ると母さんがお茶の用意をしていた。
母さんには『外で遊んでいなさい』と言われたけど、蚊帳の外に置かれるのは嫌だし、僕自身のことでもあるから『聞かせてほしい』とお願いした。
話を聞くだけならと許可をくれたけど、ステファナたちと一緒に離れて聞いているように言われた。
それからしばらくしてディトネルがメイドと護衛を1人ずつ連れて入って来た。
「お茶は?」
「ええ、頂きましょう」
護衛の人が眉を寄せたけど、ディトネルは気にせずに母さんが淹れたお茶を飲んだ。
「……まずいですね」
一応、村で作れるお茶の中では美味しい方なんだけど、お茶の木の葉ではなく、乾燥させた薬草から素人が手作りした薬草茶だから、苦味が強い。
いつもはシュガーローズをお茶に入れているんだけど、まだ花が咲ききってないからお茶には入れなかった。……乾燥させたのは残っているはずだけど。
「失礼な男ね。だから婚約者が決まらないのです」
「あはは、いつの話をしているのです。婚約者なら決まりましたよ」
「あら、それはお気の毒さま」
「……何を言っているのです?」
「いえ、あなたの婚約者に言ったのですよ」
母さんが始めからディトネルに対して刺々しい対応をしているのは、子爵家でふさぎ込んでいた母さんに率先して嫌がらせをしていた男だからだ。
まあ、そのおかげで色々と情報を集められた、という見方もあるけど。
「姉上は一々嫌みを言わなければ気が済まないのですか?」
ディトネルは額に血管が浮かび上がるほどに怒っている。
母さんの意図は分かるけど、心臓に悪いからあまり煽らないでほしい。
「あなたほどではありません。それよりも、あなたは何をしに来たのですか?」
「……もうお忘れですか?」
「サンデルス商会の会長、ゼルニケ・サンデルスのことですか?」
「未来の夫に随分な物言いですね。淑女らしくない。心まで地に落ちましたか?」
「あら、やだ。そうね、これではあなたと同じ場所に落ちてしまうわね」
ディトネルは両手でテーブルを叩いて立ち上がった。
そして、ステファナたちと護衛の騎士が互いに武器の柄に手をかける。
「……、ゼルニケ殿からの縁談話があった直後にいなくなりましたから、嫌っていることは分かっています。ですが、貴族家に生まれた責務を放棄するのは、いかがなものかと思いますよ?」
母さんを睨んでいたディトネルは、そう言ってから再び椅子に座った。
「貴族の義務でしたら侯爵家に行ったことで果たしました。だからこそカウペルス家は今も存続しているのでしょう?」
つまり、カウペルス子爵家の借金は領地経営が破綻するほどで、侯爵家が肩代わりしてくれたから潰れずに済み、今も領主をしていられる、ということらしい。
「足りませんよ、借金は肩代わりしてくれているだけで、無くなったわけでありません」
「なるほど、わたしをもう一度売って資金を得るつもりなのですね?」
「売るなどと人聞きの悪いことを言わないでいただきたい。これは姉上の幸せのためなんです」
どこに幸せな要素があるのか僕には分からない。
しかも、今の話を聞くと子爵家は経営状態が改善されてないように思える。
「わたしの幸せはアルテュールと生きることです」
「そんなみすぼらしい姿をして泥にまみれて、それのどこが幸せなのです?」
「そうやって外見しか見ていないから、婚約者が決まらなかったのでしょう?」
この2人は似たもの同士だから、同族嫌悪で喧嘩をしているように見える。
とは言え、口の悪さでは母さんの方が上みたいだけど。
「本当に人をイラつかせる女だ」
「あらまあ、お下品」
「――っ、……ふぅ」
「うふふ、よく堪えましたね。えらい、えらい」
怒り顔で母さんを睨みつけるディトネルと笑顔であやすように言う母さん。
こうして見ていると母さんが悪女にしか見えないんだよね。
「しかし、かわいい弟がゼルニケさんの手下になるとは思ってもいませんでした」
「――、手下ではありません! 頼まれただけです!」
「あぁ、なるほど、やはりそう言うことでしたか」
ディトネルがゼルニケの手下?
「――チッ、姉上のそういうところが嫌いなんですよ。人の感情を揺さぶって情報を引き出すその手口が」
「分かっていても引っかかるディットは好きですよ」
「――っ。いい加減にしてほしいですね」
「まあ、いいでしょう。ですが、なぜいまさら来たのです?」
確かに母さんの言う通りだ。僕たちは隠れ住んでいるわけじゃないから探せば見つけられたはずだ。それなのに3年間一度も連絡がなかったのは、探していなかった、もしくは連絡する気がなかったからだろう。
「姉上はいまさらと言いますが、ゼルニケ殿は必死に探していたそうですよ? そして半年ほど前にようやく居場所が分かったと言っていましたからね」
「半年前ですか?」
これには僕も違和感を感じた。
サンデルス商会のことは知らないけど、子爵家の令嬢との婚姻を望めるほどの力がある商会の会長なら、子爵家と同様に探せば見つけられたはずだ。
それなのに、今まで連絡がなかった、ということはゼルニケも子爵家と同じ対応をしていたということだ。
じゃあ、何でいまさらになってディトネルを送り込んでまで、母さんと婚姻しようとしているのか?
「ですが、それなら商会の方が来るのではなくて? わざわざあなたに頼む意味がありません」
「私は弟として姉上の愚行を諫めるために来たのです」
僕たちが子爵家にいたときにディトネルは母さんに対してしつこく嫌がらせをしていて、よく言っていた言葉が『自業自得』とか『落ちぶれた』だった。
つまり、自分より上にいた母さんが自分の下に落ちたことを喜んでいたんだ。
侯爵家から帰って来て、ふさぎ込んでいた母さんは、それが原因で部屋に閉じこもるようになった。
今回、ゼルニケがディトネルに頼んだのは、ディトネルなら母さんを御せると思ったからかもしれない。
「諫めるですか。……もしや『結婚したら子爵家を援助する』とでも言われましたか?」
「……まあ、似たようなものです」
「まさか、『妻の弟』とでも言われた?」
図星みたいだ、表情には出なかったけど、言葉がつまった。
「そうですか、凡そのことはわかりました。ですがわたしはゼルニケさんと婚姻する義務はありませんし、する気もありません」
「そうはいきませんよ。姉上にはカウペルス家の長女としての務めがあります」
「ありませんよ。すでに絶縁状を送っているのは知っているでしょう?」
「撤回の書状は送ってあります。いずれはカウペルス家に戻ることになります」
「絶縁の撤回は簡単にできるものではありません」
母さんとディトネルの言い合いが終わって、今度は互いに睨みつけた。
「まあ、今回は私が引きましょう。このまま連れて帰っても逃げ出しそうですからね。ですが、絶縁状が撤回されたら私に従ってもらいますよ」
「そのようなことにはなりません」
そして、最後に『撤回されるまでメルエスタットで待っています』と言って家を出て行った。
「ファナ、ルジェナ、何もないとは思うけどディットが村を出るまで夜間の警戒もお願い」
「分かりました」
「任せるです」
これで、何かが起きれば犯人が誰かなんて子どもでも分かるんだから、手は出してこないだろう。それでも、憶測を元に警戒を怠るわけにはいかない。




