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第41話 ディトネル

 冬の間にブロウスさんが糸紡ぎ機と機織り機を運んでくれたから、春になる前に道具の手入れを終わらせることができた。


 真綿器は傘のような形をしたベベルギアを使ったシャフトドライブと軸受けのベアリングを使って、糸紡ぎ機とわたあめ機を足して2で割ったような形状になった。

 ちなみに、ベアリングのボールを作るのは簡単で、同じ重さの鉄を領域球で溶かせば領域球(スフィア)の『中心に集まる特性』が作用して何もしなくても球体にできる。


 それと、残念ながらというべきなのか、冬眠しているかのごとく蜘蛛が見つからなくて、ステファナとルジェナは()()そうに()()していた。

 見つからないのは仕方がないけど、蜘蛛がいなくなる時期を知っておくために週に一度だけ森に入ってもらった。

 その結果、11月の終わり頃から3月の終わりまでが、蜘蛛がいない時期だと分かった。



 そして、春。



 僕も知っている人が村にやって来た。

 華美ではないけど、実用的でもない緑色の軍服を着た男性で、僕たちと同じ青みがかった銀色の髪、会うのは3年ぶりでも母さんに似たその顔を僕が忘れるわけがない。


 そう、この村に来たのは母さんの()弟で僕の()叔父にあたる、カウペルス子爵家の次男、ディトネル・カウペルスだった。


 彼の他には護衛の騎士が3人と冒険者が5人、メイドと従者を2人ずつ連れて、2台の馬車で家の前まで来ている。

 辺境の田舎村に領主家以外の貴族が来ることは珍しく、村の人たちは何事かと遠目に見ている。


「……姉上、なんて格好をしているのです。そのようなボロを着なければならない程に落ちぶれているとは思いませんでしたよ」


 ディトネルは顔をしかめながら母さんを見た。

 普段の母さんは身綺麗にしているけど、今は農作業をしていたから汚れても良い服を着ている。


「さあ、帰りますよ。姉上には予定通りゼルニケ殿と婚姻してもらいますからね」


 予定通り、ゼルニケ、婚姻?


「まったく、何が気に入らないのか知りませんが、いまだに欠陥品を連れて泥遊びに興じるなど、あの気高かった姉上はどこに行ってしまったのでしょうね?」


 欠陥品、泥遊び。


「まあ、構いません、私はゼルニケ殿に姉上を届ければいいだけですからね。おまえたち姉上を馬車に乗せろ」


 ディトネルはメイドに指示を出した。


「この、――っ?」


 ディトネルの言葉を聞いて突撃しようとしたところでルジェナに止められた。

 何のつもりだと睨みつけると、ルジェナは僕を見てから母さんを指さした。


 そして理解した。母さんが激怒している。

 メイドたちは母さんに睨まれて動けないみたいだ。


「初めまして、どこぞの貴族様。わたしはマルティーネと申します。どなたと勘違いされているのか存じませんが、白昼堂々と誘拐を指示をするのは、いかがなものかと思いますよ?」


 母さんは笑顔で言っているけど、その目は笑ってない。


「――な、何が誘拐ですか! 私は姉上を連れ戻しに来たのです」


 ディトネルは周囲を流し見てから、母さんに反論した。

 まあ、誘拐かと言われたら違うと思うけど、無理やり連れて行こうとしていることは誰にでも分かる。


「申し訳ありませんが、わたしに弟はおりません。貴族様の姉であるなど恐れ多く、そのような妄言を吐くことなど、とてもできません」


 母さんはあくまで『家族ではない』として対応してる。


 書類上は他人になっているはずだけど血縁は切れない。母さんの言っていることは半分はあっているけど、残りはただの屁理屈だ。


「いい加減にしてください。私は姉上の遊びに付き合うために、こんな辺境まで来たのではありません」

「遊びですか、それでしたら早々に戻られた方がよろしいと思います。昨年も村が魔物に襲われ、壊滅寸前でしたから」


 実際に死にかけたから説得力がある。

 メイドや従者が周囲を見たら、村の人たちが頷いているのを見て息をのんだ。


「そう言うのでしたら早くしてください。私だってこんな辺境まで来たくはなかったのです」

「でしたら、来なければ良かったのではありませんか?」


 母さんは呆れた表情でクスクスと笑いながら、やたらと煽っている。


「――、いい加減にしろ! バカな姉の所為でこの私がわざわざこんな辺境まで来る羽目になったんだ。もういい、捕まえろ!」


 ディトネルの言葉に騎士たちが母さんに近づいて来た。

 それを見て、ステファナとルジェナが母さんの前に出て騎士たちを牽制する。


「奴隷ごときの出る幕ではない。怪我をしたくなければ大人しくしていろ」


 騎士の1人がステファナとルジェナにそう言うけど、2人は引かない。

 まさに一触即発の状態だ。


「良いのですか?」

「……何がだ?」

「お忘れのようですが、ここはメルロー男爵家の領地です。他家の領地で武力を行使すれば、それは侵略行為です」


 確か、王国法では『他領で武力を行使できるのは、護身と犯罪の現場に遭遇した場合のみ』と決まっていて、例外は『領主の許可を得て、随伴者を付けた状態であれば武力行使ができる』となっていたはずだ。

 つまり、随伴者がいないディトネルは男爵家の許可を得てないはずなんだ。


「だからどうした、子爵家の人間を男爵家が裁くことはできない」

「それは、貴族様は王国法を守らない、ということですか?」

「――っ、そんなことは言ってない。階級が下の者は上の者に従うべきだという話だ」


 典型的な階級主義者の考え方だ。

 母さんに話を聞いたことがあるけど、こういう思考をしている人は階級が下の人に対して特にきつく当たるんだとか。

 その話を聞いたとき、『上からの不満を下にぶつけて憂さ晴らしている、中間管理職の人みたいだ』と感じたのを覚えてる。


「それは、『王国法を守らない』と言っているのと同じことだと思うのですが、違いますか?」

「……相変わらずの減らず口だ。だが、家族間の問題に他家が口をはさむことはできない」


 これも王国法で決まっていることで、貴族家に対する内政干渉に当たる。


「わたしは貴族様のご家族ではありません」

「そのくだりは聞き飽きた。……それなら、姉上が大人しくゼルニケ殿に嫁げば、そこの欠陥品にもカウペルスを名乗ることを許しましょう」

「えっ、要らないよ?」


 僕の言葉に全員の視線がこちらを向いた。

 あまりにくだらないことを言うものだから、つい、言葉が漏れてしまった。


「――っ、欠陥品ごときが口を挟むな。貴様が欠陥品だった所為でこんな面倒なことになったのだぞ!」


 それを言われると僕には返す言葉がない。

 だけど、母さんはそうじゃなかった。

 普段は見せない機敏な動きで、躊躇なくディトネルに平手打ちをした


「気が済みましたか?」


 ディトネルは頬を叩かれた程度は何ともないと言わんばかりに、ニヤリと笑って見せた。


「いつまで経っても、あなたの悪態は直りませんね。ディット」

「姉上の減らず口の方がよっぽどですよ」


 2人はそのまましばらく睨み合っていたけど、母さんは息を吐いてから『入りなさい』と言って、1人で家の中に入って行った。


 僕たちもディトネルたちを横目に母さんを追って家の中に入った。


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― 新着の感想 ―
気が強いのはよろしいが、上手いかというと上手くない……気がする。(ママの行い)
[一言] 「それは、貴族様は王国法を守らない、ということですか?」「――っ、そんなことは言ってない。階級が下の者は上の者に従うべきだという話だ」 法を守らないと公言していたと、元実家に抗議すべきでし…
[気になる点] 「ワタシヘイミンデス」主張を通すならそこで手が出ちゃダメでしょうよ……「自衛のためです」って言い張られたらしょっ引かれても文句言えんぞ。
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