第40話 工房の立ち上げ準備
翌日から工房を立ち上げる準備が始まった。
まず、工房はこの村に作るつもりだけど、工房を作るには村長さんと領主であるトゥーニスさんの許可が必要になる。
そして、許可を得るために工房の目的を記載した書類を書いていたら、経営者にあたる工房長を誰にするのかが問題になった。
母さんが『工房長になる』と言ったんだけど、ルジェナが『工房長は男性のみ』という不文律があることを教えてくれた。
これは工房に限った話で『女性が工房長になると技術情報が奪われる』と、言われていて、他の工房は巻き込まれるのを嫌って、女性が工房長になっている工房とは取引をしないらしい。
だからルジェナも自分の鍛冶工房を立ち上げたときに、代理の工房長を立てたと教えてくれた。
「まあ、代理は名前だけです」
ルジェナはそう言ったけど、男性なら『誰でも良い』というわけじゃない。
僕は成人してないから工房長にはなれないし、代理でも工房長は責任者だから理不尽な要求をされたとしても断ることができなくなる。
逆に工房で何か問題が起きたときに、代理であっても工房長が責任を取らされるから引き受けたくない、という理由もある。
そうなると代理を頼めそうなのは男爵家の人たちなんだけど、母さんが『閣下だけを頼るのも危険』と言っていたから、今回はメルロー男爵家を頼ることはできない。
結局、頼めそうなのはヴェッセルさんぐらいだったから、母さんが頼んでみると言っていた。
そして責任者が決まらないと書類を出せないから工房を建てることもできない。
とはいえ、ヴェッセルさんが来るのを待つだけでは時間がもったいないから、先に糸紡ぎや機織りの道具を送ってもらうことになった。
行商人のブロウスさんに頼むことになるんだけど、機織り機は大きいから馬車を追加して運んで来てもらう必要がある。
その分のお金がかかるけど、いずれ必要になるから先に頼んでも損はない。
そして、最後は人材探しだ。
「麦の収穫が終わったら、またメルエスタットに行って人材を探します」
メルエスタットで探すのは、蜘蛛の腹部を解体して糸液を採取する人と糸液から真綿を作る人、あとは糸紡ぎと機織りができる人に仕立てが得意な人、できればその人たちの護衛も見つけたい。そうなると人数は5人前後になると思う。
それと、蜘蛛の腹部を回収するのは冒険者ギルドに依頼することになった。
「今、決められるのは、このくらいかしら?」
「奴隷を購入するのですよね? お金は大丈夫なのですか?」
「大丈夫とまでは言い切れないけど、その頃にはガラス事業からのお金が入っているはずよ」
ガラス事業の純利益のうち僕たちの取り分は1割、そこから商業税を引いた金額が母さんの口座に入金される予定になっている。
とは言え、今はまだ麦の種を蒔いたばかりだから、半年以上先の話になる。
「その時までに、できるだけの準備をしましょう」
「うん。じゃあ、僕は真綿器の改良を考えてみるね」
「おのたちは、……蜘蛛集めです?」
「えっ?!」
その言葉に驚いたステファナが目を丸くしてルジェナを見た。そして、ルジェナが首を横に振るのを見て、泣きそうな顔で母さんの方を向いた。
「ごめんなさい。でも、ほかに頼れる人がいないの」
「――っ、だ、大丈夫です。がんばります」
「ありがとう、ファナ」
母さんの言葉に元気に返事をするステファナなんだけど、『母さんに良いように扱われている』としか見えない。本人が嬉しそうにしているから、余計にそう見えてしまう。
「(アレ何なんです?)」
「(さぁ?)」
ルジェナに小声で聞かれたけど、それは僕も知りたい。
「アル」
「――っ、はい?!」
「どうしたの? 変な声を出して」
「ううん、何でもないよ」
僕は母さんのことが大好きだけど、怒らせたら怖いことも知ってる。触らぬ神に祟りなし、です、はい。
「真綿器の改良と言っていたけれど、どうするつもりなの?」
「今のは歯車で無理やり回しているだけだから、もう少し使いやすくなるように改良するだけだよ」
大まかな方針としては歯車とベアリングを使うことを考えている。特にベアリングは錬金術で作るには相性が良くて、簡単に作れると思っている。
「また、何かおかしなことを考えてるです?」
「――っ、失礼な! 僕はおかしなことなんて考えてないよ!」
「ですが、また顔がニヤニヤしてたですよ?」
ルジェナに言われて顔を両手で挟んで揉み解す。
「ま、まぁ、ちょっと思いついたものがあって、ね」
「――やっぱりです。また『ちょっと』とか言って、とんでもないものを作るつもりです!」
「とんでもなくは、ないはず、だよ?」
ちょっと考えただけで作り方には気が付いたんだけど、この世界にベアリングがあるのかを僕は知らない。
「でも、便利だし、目立つ部品じゃないから、見せなければ大丈夫だと思う」
「……ティーネ様、どうするです?」
「そうねぇ。公表しなければ大丈夫じゃないかしら?」
「ティーネ様……」
母さんの言葉にルジェナが呆れているけど、大丈夫、ちゃんと見えないようにするから。
「鉄で作るからルジェナにも手伝ってもらうけど、いいかな?」
「……いいです」
「じゃあ、僕は設計図を描くから部屋に戻るね」
取り合えず、逃げるが勝ちということで退散した。
部屋に戻ってすぐに机に向かった。
そして、真綿器の仕様を確認する。
基本的な構造は変えないけど、今は下に大小の歯車を2つ並べただけの単純な構造になっている。
それでも使えるけど、歯車を横に回転させるのは意外と疲れる。
だから回す歯車を縦回転にしたいんだけど、あまり複雑にすると修理ができなくなる可能性が出てくる。
それに、『僕にしか作れない』という状況にはしたくない。
それ自体は強味になって、お金儲けには都合が良いんだろうけど、故障したときに他の人が修理できなければ、僕が直すことになる。……考えただけで面倒だ。
だからチェーンのような細かいものは作らない。他に考えられるのはベルトドライブとシャフトドライブなんだけど、ゴムが無いからベルトドライブは難しい。
「シャフトドライブならいけるかな?」
金属製の小型歯車は鍛冶師ではなく彫金師が作っている。
彫金師は宝飾品を扱うことが多いけど、細かい金属加工を得意としているから、ちょっとした道具を作っていたりもする。
しかも歯車は色々なところで使われているから、修理もできると思う。
「ベアリングがバレたらそれも彫金師に任せちゃおうかな?」
そんなことを考えつつ設計図を描く。
今回作るベアリングはボールベアリングで、シャフトと中心軸の固定に使う。
「あとは、実際に作るんだけど、細かくて時間がかかりそうだ」
技術的な部分を見れば彫金師でも作れると思う。だけど、1つずつ部品を作って行くのは、かなり骨が折れる作業だ。
それから母さんは工房の立ち上げに向けて書類を作ったり、方々に手紙を出したりして忙しくしていた。
そしてステファナとルジェナは蜘蛛の腹部を回収して、僕が解体をして糸液を集めて、真綿器を改良しながら冬を過ごした。
そして、春。
とある人たちが母さんを訪ねて来て、僕たちは困ってしまった。




