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第4話 挨拶は笑顔でするでしょ?

 麦を干し終えてから3日後、村長さんからも『麦の刈り取りが終わった』と知らせを受けたので、話し合いを始めることになった。


 話し合いは村長さんの家の隣りにある集会場で行う。

 この集会場は緊急時の避難場所も兼ねていて、外壁が二重構造になっているから声が外に漏れない。

 話し合いを秘密にする必要はないけど、公にする必要もないから、声が漏れない集会場はありがたい。


 話し合いに参加するのは、僕たち3人に村長さんと息子のアウティヘル、立会人としてケティエスさんにも同席してもらっている。


 村長さんとアウティヘルは状況を理解していないようで、にこやかな笑顔で席に着いた。


「ケティエス様に同席していただけるとは思わず、嬉しい限りですなぁ」


 村長さんはケティエスさんに嬉しそうに言った。


 この話し合いは『母さんの結婚について』とだけ伝えているから、村長さんたちは勘違いをしていると思う。

 村長さんにも『結婚はしない』と言ったにも関わらず、信じてない可能性があったから本題を伝えずに来てもらった。


「私は話し合いの立会人として呼ばれただけなので、何かをする気はありません」

「話し合い、ですか? 結婚の立会人ではないのですか?」


 この世界における庶民の結婚はかなり適当で、18才の成人を迎えていて『結婚しました』と宣言するだけだったりする。

 一般的には教会があれば教会で宣言するけど、教会が無い村では村長が立ち会うことになる。


 つまり、婚姻届けも結婚式もない。


 ちなみに、貴族の場合は紋章院と呼ばれる部署に家族の構成を提出する必要があるから、結婚、離婚、出産、死亡その全てを報告する必要がある。

 貴族は爵位の相続があるから、正確な記録を残しているんだとか。

 その中でも結婚は家同士の繋がりを示すものだから、結婚式を挙げて『両家が繋がりました』と宣伝するのが普通だ。


 まあ、それはそれとして、今回は『結婚しない』話だ。

 そもそも、アウティヘルは何をもって、母さんに『結婚を申し込んだ』とか『了承を得た』と言っているのか、原因を知っておく必要がある。


「今回の件は私が話し合いを仕切らせていただきます」

「おい、奴隷が口を出すことではなかろう?」


 村長さんはこの村では最上位の権力者だから、奴隷に取り仕切られるのは納得がいかないらしい。

 目を細めて『でしゃばるな』とでも言うように睨みつけた。


「奴隷ではありますが、私の主はトゥーニス・メルロー男爵閣下であり、閣下よりマルティーネ様に問題が起きた場合にはその対処を命じられています」


 ステファナが自分の主を告げると、村長さんは驚いて立ち上がった。


「――っ?! 男爵様の奴隷だったのか!?」

「おや、知らなかったのですか?」


 ステファナが男爵の奴隷であることを公表したことはないから、母さんの奴隷だと思うのは当然だろう。まあ、母さんの奴隷と言ったことは一度もないけど。


「ケティエス様、その件はあえて公表していないのです。わたしが男爵閣下と懇意であると知られると、利用しようと近づいてくる方が出るかもしれませんので。ですから、皆様も内密に願います」

「いえ、それは聞いていたのですが、村長殿なら知っている、と思っていたのですよ」


 母さんの説明にケティエスさんはそう返してきたけど、それじゃあ、意味がない。何と言っても、一番利用してきそうなのが()()と言う立場の人なんだから。


「それでは、話し合いを始めます。では、マルティーネ様」

「ええ、ありがとう」


 ステファナが話し合いの開始を宣言すると、母さんに手を向けて最初の発言を促した。


「まず、始めに宣言します。わたしがアウティヘルさんと結婚することはありません」


 母さんは状況とは関わりなく『結婚することはない』と宣言した。


「ティーネ、結婚に不安を感じているのは分かっている。結婚を延期したいなら来年まで待ってもいい。ただ、跡継ぎを生んでもらう都合もあるから、なるべく早く心を決めてほしい」

「そうだな、その子どもを跡継ぎにはできんし、早い方が良かろう」


 アウティヘルは『やれやれ、またか』とでも言う様に首を振りながら、自分の考えを述べる。そして村長さんもそれに同意している。


 やっぱり、この2人は母さんの言葉の意味を理解していない。


 しかも、今度は跡継ぎを生むことにまでなっている。『跡継ぎにできない』とか言われても、なる気もないから、それはどうでも良いんだけど、なぜ勝手に話が進んでいるのか理解できない。


「もう一度言います、わたしがアウティヘルさんと結婚することはありません。そもそも、結婚の申し込みをされていませんし、結婚を了承した事実もありません」


「――ティーネ?! 何を言い出すんだ?!」

「どう言うことだ、まさか、()()らを騙していたのか?!」


 アウティヘルと村長さんが両手でテーブルを叩いて立ち上がり、母さんを問い詰める。


「落ち着きなさい!」


 ケティエスさんが大きな声で2人に落ち着くように言うと、我に返った2人はケティエスさんを見てから、ゆっくりと席に戻った。


「そもそもですが、わたしの知らない内に『求婚した』とか『了承した』と言われましても、言いがかりでしかないのです」

「何を言っているんだ、私は確かに求婚したし、ティーネも了承しただろう!」


 アウティヘルは再び立ち上がって母さんに反論している。


 やっぱりアウティヘルの中ではそうなっているみたいだ。

 問題なのは、それが事実だった場合に母さんはアウティヘルと結婚させられたり、慰謝料を払うように求められる可能性がある、ということだ。


「では、すみませんが、その経緯を説明していただけますか? わたしは()()()()で、()()()に求婚されたのか分からないのです」

「――っ、分からない、だと」

「ええ、分かりません。ですから、教えていただけますか?」


 母さんは1つ1つ強調しながら説明を続けるけど、アウティヘルは目を大きく開いて愕然とした表情をした。


 その表情を見た母さんは『もしかして、本当に求婚されていた?』と思ったのか、ちょっと動きが固くなった。

 僕はそっと母さんの手を握って笑顔を向ける。僕にできるのはそれだけだ。だけど、『母さんは間違ってない』と僕は信じている。


「コホン、それで、経緯を教えていただけますか?」


 気を取り直した母さんがもう一度アウティヘルに問いただす。


「……結婚を申し込んだのは、防壁の補修が終わった翌日だ。役目を完遂したことを父さんに報告したら『そろそろ結婚して跡継ぎを作れ』と言われた。だから以前から私に好意を向けてくれているティーネに結婚を申し込んだ」


 母さんも村長さんから同じことを聞いていた。だけど『好意を向けている』なんて、そんな事実はない。


「……あの、結婚の申し込みもそうですが、なぜ、わたしが『好意を向けている』と思われたのです?」

「はぁ?! ティーネは私が好きだから会いに来ていたんだろう?!」

「アウティヘルさんに会いに行ったことは一度もありませんが?」

「何を言っている?! 先週も会いに来たじゃないか!」


 先週? 確か母さんは村長さんに麦の刈り取り時期を相談しに行ったのは覚えている。


「村長さんに麦の収穫について相談には行きましたが、アウティヘルさんにではありませんよ?」

「そんなのは口実だろ?」

「……あの日、村長さんに相談しに行った時にアウティヘルさんも同席なさっていたのは覚えていますが、挨拶を交わしただけですよね?」

「私の顔を見て微笑んだじゃないか!」


 いやいや、挨拶は笑顔でするのが普通だよ? 不愛想に挨拶はしないでしょ?


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