第39話 創作と製作
さてさて、蜘蛛糸は完成したけど、『蜘蛛糸』では印象が良くないから、名前を考えることにした。
最初は『スパイダー・シルクA』と『スパイダー・シルクB』とかで良いかと思ってたんだけど、意味が同じだしダサいと却下されてしまった。
「アルテュール様の名前をつけたらどうです? アル・シルク、とか」
「やだ」
「わがままです」
「じゃあ、ルジェナ・シルクは?」
「ぉぉう、いやですね」
ルジェナと名前の付けあいをしても意味はない。
「もう、面倒だからエシルとビシルにしよう」
「エシルとビシルです? どんな意味があるです?」
「……意味はない」
単純にA糸液からできたシルクということでエシルとB糸液からできたシルクということでビシルと言っただけ。
「……適当です」
「そんなものじゃない?」
製作工程の番号とか記号が名前に入ることなんて、よくあることだ。
名付けのセンスがない僕にかっこいい名前なんて期待されても出てこない。
「そういえば、アルテュール様が言った『最後の問題』って何です?」
「それは、この糸をどうやって布にして服を作るか、だよ」
「あぁ、機織りと仕立てですか」
糸は作れたけど、ちゃんとした糸紡ぎ職人が紡いだ物とは品質が違う。そして、それを布にするのも機織り職人にしてもらう必要があって、最後に仕立屋に服を仕立ててもらうか、自分で仕立てる必要がある。
「村で機織りができる人はいないかな?」
「そもそも、村に機織り機が無いです。布は行商人から買うですから」
村で機織りができないなら、メルエスタットに持って行って布にしてもらう必要がある。 だけど、必要になったからと言って、毎回メルエスタットに行くのは大変だ。かと言って、他の人に頼めば揉め事になる可能性もある。
いっそのこと、ガラス事業みたいに誰かに売って、代わりに作ってもらった方が手間がかからなくていいかもしれない。
それに、ステファナとルジェナに蜘蛛の腹部の採取をお願いしなくて済む。2人の泣きそうな顔を見るとちょっと罪悪感を感じるんだよね。
「これも事業にして誰かに作ってもらう? その方が楽だし」
「はい? もしかして、また売るです?」
「うん。だって、面倒でしょ?」
オプシディオ商会のときみたいに面倒なことになるぐらいなら、最初から誰かに売ってしまった方が楽で良い。
「阿呆です。ふざけているです。舐めてるです!」
「――なっ?!」
ルジェナは椅子に座っていた僕の胸倉を掴んで持ち上げると、怒りの表情でまくしたてる。
「のれには作ったものに対する愛着はないです? 苦労して作ったものを何で捨てるようなことをするです! おのだってのれを手伝ったです。蜘蛛は嫌ですが、のれと一緒にものを作るのは楽しかったです。それを、そんな、捨てる、よう、な……」
そうだ、僕が1人で作っていたわけじゃない。ルジェナとステファナが協力してくれたから作れたのに、自分勝手に売っていいものじゃなかった。
「ごめ、――っ、だ、だめ、ル、ルジェナ、許す」
「――っ、かはっ、げほ、はぁ、はぁ、はぁ」
ルジェナが僕に対して反抗したことで奴隷紋が反応して首を絞めていた。
今まで見たことはなかったけど、ちゃんと対処法を聞いておいて良かった。
お互いに息ができなかった僕たちは、床に座り込んで乱れた息を整えた。
「ごめん」
「……どっちがです?」
「両方」
「――っ、はぁー。本当に愛着がないです?」
呆れたような寂しそうな表情をするルジェナを見ると心が痛む。だけど、はっきり言ってしまえば、それほどの愛着はない。
前世の記憶の所為にするのはどうかと思うけど、『存在したものを再現している』という感覚が強くて、どうしても『自分のもの』という感覚が薄い。
メガネやゴーグルに単眼鏡と拡大鏡、蜘蛛糸は物語だったけど、話としては聞いたことがあった。僕はそれを再現しているだけ。
特にダルマ落としやリバーシは知っていれば再現することは難しくないから、愛着どころかどうでも良いものでしかない。
これは、創作と製作の違いなんだと思う。
他の人からは僕が創作しているように見えるんだろうけど、僕は製作をしているだけだから、ルジェナとの感覚に違いが出てしまう。
「愛着がない、とまでは言わないけど、ものが手に入れば満足、かな」
「アルテュール様は何のために物作りをしてるです?」
何のため。
元々、錬金術を始めたのは魔力の訓練を無駄にしたくなかったからで、物質化を覚えたのは錬金術を発動するためだった。
物作りをしようと思ったのは、僕を見捨てずに育ててくれた母さんに恩返しをしたかったからだ。
蜜宝石を作ったのは錬金術の訓練とお金儲けのためで、メガネを作ったのはルジェナのためで、蜘蛛糸を作ったのは母さんにもっと良い下着を着せたかったからだ。
ダルマ落としは、……あれは遊びだからどうでもいい。
「あぁ、そうか、僕は僕自身が欲しいものを作ってないんだ」
今まで作ったものは『誰かのため』であって、僕が欲しかったわけじゃない。だから、愛着も執着も持てないんだ。
「それで、アルテュール様の欲しいものって何です?」
「……今はない、かな」
欲しいというのとは違うけど、錬金術のことをもっと知りたいし、魔道具も面白そうだ、とは思っている。
前世の記憶から再現したいものはあるけど、欲しいものとは違う気がする。
「アルテュール様は難儀な人です」
「そうかなー?」
愛着はともかく、物作りは好きだし、喜んでくれる人がいるから楽しい。
だけど、それが原因で揉め事になるぐらいなら、手放してしまった方が簡単で良いとも思っている。
「これからも物作りはするです?」
「僕にはそれしかできないからね」
魔法も武器も使えないから戦闘職は無理だし、商人は面倒そうで性に合わない。農業は嫌いじゃないけど、錬金術を活用できない。
「それなら、なおさら成果を売ってはダメです。そんなことを続けたらアルテュール様の成果を狙って有象無象が集まって来るです」
そうだった。この世界には特許が存在しないから技術情報は奪い合いが当たり前になっている。
そこに技術情報を惜しげもなく売る人がいれば、買いたい人や奪いたい人たちが集まってくる。だから、ガラス事業は貴族であるメルロー男爵に売ったんだ。
「それじゃあ、僕はどうすればいい?」
「工房を立ち上げたらいいです」
確かに、工房を立ち上げてそこで生産をすればいいんだけど、そうなると従業員たちの生活を守るために技術情報が洩れないようにする必要があるし、工房と従業員を護衛する必要も出てくる。
「まずは、ティーネ様に相談するです」
「そうするしか、ないか」
僕たちだけでは決められないから、夕食の時に母さんに相談することにした。
ガラス事業の時は理由があったけど、『面倒だから』といった理由では母さんもステファナも理解できないと言った。
これはルジェナと同じ反応で、『自分の作り上げたものを大事にしなさい』ということだった。
結局、ガラス事業と同じように工房を作って、奴隷と制約魔法で技術情報を守るしかない。
ただ、今回はガラス事業のときみたいに注目を集めていないから、準備に時間をかけることができる。
「今度はヴェルに動いてもらいましょう」
「えっ、ヴェッセルさん? 男爵様じゃないの?」
「そうよ。今後を考えれば閣下だけを頼るのも危険ですからね」
「どういうこと?」
「そのうちに分かるわ」
そう言って母さんは教えてくれなかったけど、最後に『念の為よ』と言っていたから、それ以上は聞かなかった。




