第38話 蜘蛛糸の完成
初めてロディベルくんと遊んでから数日後、他の子どもたちとも遊んだけど、今の流行は完全に瞬動無剣ゴッコだった。
ヒーローに憧れるのは良いんだけど、何度も同じことをするから飽きてきた。
ということで、ここは1つ別の遊びを教えてみよう。
こうした時の定番はリバーシなんだろうけど、動きたがる村の子どもにはコレを作ってみた。
「なあ、アル。……何だこれは?」
「ふっふっふ、これは『ダルマ落とし』って言ってね」
僕はロディベルくんに全長1mぐらいある、大きなダルマ落としを見せて遊び方を教えた。
これは1本の木を5段に輪切りにしたもので、1段の積木が10kgもあるという非常識なダルマ落としになっている。
「この木槌で横から叩けばいいんだな?」
「そうだよ、抜けなかったり抜けても倒れたら失敗だからね」
はっきり言って、このダルマ落としは子どもに攻略は不可能、積木10kgに対して木槌が2kgしかないから、力で無理やり落とすしか手段がない。だけど、無理やり落とすと崩れてしまうという鬼畜仕様になっている。
早速、ロディベルくんが木槌を振って積木を叩いたけど、少しズレただけで落ちる様子は全くない。
「……動かねぇぞ?」
「もっと力を入れないと動かないよ」
それから数人が挑戦したけど、ほとんどの人が少し動くだけで倒れもしない。
子どもたちが諦めそうになったところでちょっとだけ煽ってみる。
「やっぱり、瞬動無剣じゃないとできないかなぁー」
その言葉に子どもたちが一斉にこっちを見た。
「そのくらい難しいって言ってたよ」
ダメ押しの一言。
そして思惑通り子どもたちはダルマ落としに必死になった。
まあ、そんなことを言ったところで、簡単にできるはずがないんだけどね。そこはちょっとした『お茶目』ってことで。
決して、僕が木槌を使えないから嫌がらせをしているわけじゃないよ?
ちなみに、ダルマ落としやリバーシは、簡単に模倣できるから瞬く間に広がってしまい、あちこちで同じものが作られるから、商品としては成立しない。
「あ! 忘れてた!」
突然ロディベルくんが声を上げて家に戻って行った。
そしてしばらくしたら、ロディベルくんが円形の木板を持って戻ってきた。
「どうしたの?」
「これ、直しとけって言われてたの忘れてたんだ」
ロディベルくんが見せてくれたのは、特徴的な溝が彫られた籾取り用の木臼だった。
夕方までに溝の彫り直しを頼まれていたのを忘れていたらしい。
「これ、頼む」
そう言ってロディベルくんはもう1枚を渡してきた。
わざわざ、ここに持って来たのは僕に手伝わせるためだったらしい、意外とちゃっかりしている。
「うん」
手伝う義理があるとは言えないけど、ダルマ落としを持って来て煽った責任もあるから、今回は大人しく手伝うことにする。
ロディベルくんに借りた小刀で溝をなぞって溝を深くしていく。
錬金術を使えばすぐに終わるんだけど、他の人に見せることはできないから仕方がない。
一般的な籾取りはこうした手動のもの以外にも、魔法を使うことが前提のものや魔道具化してあるものもある。
僕の家で使っているのは魔法で籾取りをするもので、内壁に縦向きの溝が彫ってある。
使い方は壺に麦を入れて風魔法で麦を回転させることで、壺の内壁で擦って籾を取る仕組みになっている。
「――あっ! そうだ」
「何だ、どうした」
「ぁ、……いや、何でもないよ」
すっかり忘れていた。最近は錬金術が便利で何でも錬金術に頼るようになっていたけど、本来の物作りはそうじゃない。
手間暇をかけて、失敗を繰り返して作るものだった。
ロディベルくんの手伝いを終わらせてからすぐに家に帰ると、そのまま部屋に籠もって仕様をまとめていく。
基本的な構造はわたあめ機と同じだけど、溶かす必要はないから中心を回転させるだけで良いはずだ。
魔道具で回転するようにしたいんだけど、魔道具の作り方は知らないから、これは後回しだ。
今回は試作機だから、手動で動かせるように仕組みを考えていく。
「見事なほどに不細工な作りだ」
そして翌日からルジェナに協力してもらって鍛冶場で道具作りを始めた。
土台にするのは大きな板で、そこに大小2つの歯車を付ける。
大きい方には回転させるためのハンドルを付けて、小さい方の中心軸は少し高めにして、その上に糸液を入れるケースを取り付ける。
最後に中心軸の周りに囲いを付けて飛び出した糸を受け止める。
構造は簡単だけど、作るのは難しかった。
木製の歯車を使ったら歯が欠けたり、回転速度を上げたら中心軸が遠心力に耐えられなくてへし折れたり、穴が大きくて糸液が一気に出てしまったりと何度も失敗して何度も改良した。
そして5日かけて作り上げた。
この機械、いや手動だから器械かな? これは糸になる前の真綿を作るから、名前を真綿器とした。
「完成です?」
「ここまではね」
「何かダメです?」
「いや、真綿器で作ったのは糸じゃなくて、その前の真綿の状態だから、これを糸にしないとちゃんとした結果が出ないって話」
今は真綿の状態になっているから、これを紡いで糸にする。
「でも、何でちゃんとした真綿になったです?」
「えっと、推測でしかないんだけど、圧力が理由だと思う」
以前に錬金術で糸状にした時は形を整えただけだったから、持っただけで切れてしまった。
それに対して今回は、遠心力を使って極小の穴から少しずつ出したから、出口で糸液に圧力がかかったことで強度が出たんじゃないかと思っている。
「へぇー、圧力です」
「多分、だよ? 本当にそうなのかは分からないんだ」
出口の穴が小さくなれば、それだけ出口で糸液にかかる圧力が強くなる。
つまり、糸液を糸にするには、細さと圧力が必要だったわけだ。
「あとは、糸にすればいいんだけど、お願いしていい?」
「分かったです。でも道具は家にあるですから、帰ってからにするです」
「そうだね、じゃあ真綿だけ持って家に帰ろう」
「はいです」
家に帰ってからルジェナは糸紡ぎに使う道具を見せてくれた。
形状は独楽と同じで長い軸を使って綿を紡いで糸にするらしい。
「職人じゃないですから、あまり綺麗にはできないですけど、これで糸にはできるです」
ルジェナは器用に独楽を回しながら綿を紡いで糸状にしていった。
「できたです」
そう言ってルジェナは紡いだ糸を見せてくれた。
A糸液から作った糸はシルクほど滑らかではないけど、艶があって見た目は悪くない。糸を引っ張ってもかなりの強度があって簡単には切れなかった。
B糸液から作った糸はゴムほどには伸びなかったけど、これで布を織れば伸縮性のある服が作れそうだ。
「最後の問題は後回しにして今のうちに作れるだけ糸を作ろう」
「……え、それは」
「お願いします」
「――っ、い、いやぁあああー」
なるべく子どもらしくお願いしてみたけど、ルジェナは発狂してしまった。
仕方がない。これから蜘蛛をいっぱい倒すことになるからね。




