第37話 初めての友達
出糸器官の仕組みを金属やガラスなどの無機物を使って再現できればよかったんだけど、細かすぎて再現できるか分からない。
かと言って、蜘蛛の出糸器官は腐るからそのまま使うことはできない。
問題なのは出糸器官の内側にある糸液を通す脈管が細すぎることだ。それを再現しようとしたら、針の先に穴を開けるほどの精度が必要になってしまう。
研究を始める前は『押出し成形を使えば糸にできるだろう』と安易に考えていたんだけど。
「まあ、そんなに簡単にいかないよね」
今度は糸液の腐敗と特性について調べる。
腐敗については、それぞれの糸液を少量だけ別の入れ物に入れてそのまま放置して、腐敗までの過程を観察する。
水分を抽出した物も同様に腐敗するか観察する。
次は糸液の特性を調べるために、それぞれの糸液を数滴シャーレに垂らしてから薄く広げて、30分ほど乾燥するのを待った。
糸液に触るとA糸液とB糸液は乾燥していて手につかなかったけど、C糸液とD糸液はまだ乾燥してなくて指にくっついた。
C糸液とD糸液は水分が減ったことで粘着性を確認できたけど、乾燥したときにどうなるかがまだ分からない。この2つの糸液については、続けて乾燥するまでの時間と乾燥したあとの状態を観察することにした。
そして肝心のA糸液とB糸液はシャーレから剥がして確かめたら、A糸液は糸状にしたときより少し強くて、B糸液は少しだけ伸びてから切れた。
これで、大体の特性は理解できた。
A糸液が普通の糸でB糸液が伸びる糸、C糸液とD糸液が粘着性のある糸液ということだ。
あとはA糸液とB糸液を糸にする方法を探すだけだ。
「まあ、そこが問題なんだけどね」
「何がです?」
「――うわっ?! ル、ルジェナ、いつからそこに?」
「今ですよ。夕食の時間なので呼びに来たです」
全く気付かなかった。
「分かった、これを片づけたら行くよ」
「手伝うです」
「ありがと」
ルジェナも糸液になってしまえば嫌がったりはしないんだな、と思いながら一緒に部屋を片づけた。
そして夕食を食べているとき、母さんに『僕が避けていたこと』について聞かれた。
「……いや、その、見られているだけ、だし、ね」
「でも、ここのところずっとなのよ?」
オークの襲撃があってから、オークを倒したヴェッセルさんや男爵家のローザンネさん、それにルジェナが鍛冶場を開けたりしたこともあって、村の中で僕たちの注目度が上がっている。
それでも無遠慮に人が来たりしないのは、ローザンネさんが村長さんの家ではなく、僕の家に泊まっていたことを皆が知っているからだ。
下手なことをして、権力者の怒りを買いたくないってことだ。
ただ、それは分別がある大人の話で、子どもは興味本位で家を覗きに来たりしている。そして、興味のある家に歳の近い子どもがいれば注目することになる。
だけど僕は午前中は訓練で午後は勉強をしているから、他の子どもと遊んだことがないし、どんな遊びをするのかも知らないんだよね。
「アルに1人もお友達がいないのは、心配だわ」
「――っ、うぐっ」
母さんに『心配』と言われるのは堪える。
周りを見渡せば皆で哀れむような視線……、いや、面白がっているドワーフがいた。
「……明日、また、いたら、話して、みる」
「何でそんなに不承不承です? 子どもは子どもらしく遊ぶですよ」
普通はそうなんだろうけど、作りたい物がいっぱいあるから、遊んでる暇はないし、子どもなのに大人みたいな僕は普通の子どもとは付き合いづらいんだよね。
しょうがない、童心に返ったつもりで遊んでみよう。いや、『返る』以前に子どもなんだけどね。
そして翌日、午前中の訓練を終わらせて昼食後に庭に出たら、いつもの子どもが生垣の間から僕を見ていた。
本人は隠れているつもりなんだろうけど、ばっちり顔が見えてる。
「ぁ、ぁー、コホン。……だ、誰か遊んでくれる人が、いないかなー」
恥ずかしくて、『穴を掘って埋まりたい』気分だ。
「ぁー、退屈だなー……」
……僕は何でこんなことをしてるんだろう。退屈どころか時間が足りないと思っているぐらいなのに。
何度か呟いていたら、得意満面な顔をして生垣から1人の子どもが飛び出して来た。……木の枝をバキバキと折りながら。
「ふはは、聞かせてもらったぞ。仕方がない、オレがおまえと遊んでやろう」
なぜか『魔王』っぽく話しかけてきたんだけど?
その子の格好は半袖短パンを着て、大きい布を首で結んでマントの代わりにしていた。
「えっと、僕はアルテュールです。アルって呼んでください」
「おっ、おう、オレはロディベルだ。ロディでいいぞ!」
腰に両手を当てて胸を張ったその姿を見ると、『ほっこり』するのはなぜだろう? いや、分かっている。だけど、同じぐらいの歳だと本当に子どもだよね。
「それで、アルは体が弱いのか?」
「えっ、弱くないよ?」
「そうなのか、おまえいつも午後は外に出てこないから『体が弱いから外に出れないんじゃないか?』って兄ちゃんが言ってたんだ」
怪我が治るまではずっと家に居たし、治ってからは午前中は訓練で午後は勉強してたから、そう見えるかもしれない。
「体は弱くないから大丈夫だよ」
「そうか! それならオレが遊んでやる!」
「それで、何をして遊ぶの?」
「ふはは、決まっている! しゅどむけんゴッコだ!」
……なるほど。
その後、ロディベルくんはいかに瞬動無剣が凄いかを、身ぶり手ぶりを交えながら語ってくれた。
瞬動無剣はたった1人で村の窮地に颯爽と現れて、人の目に映ることもなく動き、バッタバッタとオークを倒して村を救った英雄だ、と。
そんな話を聞きながら、僕の家に泊まっていたヴェッセルさんを思い出すと、ずぼらな身なりで、食事に肉が少ないとわがままを言ったり、ルジェナと酒のみ競争をしたりと随分と自由な人だったことを思い出す。
「オレもいつかあんな最強のAランク冒険者になってみせる!」
志すのは良いけど、ヴェッセルさんみたいな『ずぼらな大人』にならないように祈っておく。
「それで、アルがやってるのってしゅどむけんに教わったんだろ? オレにも教えろよ」
「いいけど、面白くないよ?」
ヴェッセルさんは準備運動って言ってたから教えても問題はないだろうけど、地道な反復練習なんて子どもがやっても面白いものじゃないと思う。
「なんだよ、独り占めする気か?」
「そんな気はないよ。じゃあ教えるけど『面白くない』とか『飽きた』とか言わないでよ?」
「おう。オレは強いからな、大丈夫だ」
強さは関係ないんだけど、突っ込んだら負けな気がする。
それからいつもしている訓練をロディベルくんに教えた。
「……つまらない」
まあ、言うと思ったよ。地味できつくて華やかさがないからね。
「こんなことより、しゅどむけんゴッコをするぞ!」
結局、訓練に飽きたロディベルくんが瞬動無剣ゴッコを始めると言い出した。
遊び方は瞬動無剣に扮したロディベルくんがオークに扮する僕を剣で倒すというものなんだけど、ロディベルくんは剣の代わりに木の枝を持っている。……無剣なのに。
それから何度も瞬動無剣ゴッコをして、それに飽きたら村の中を走り出したりして、僕はついて行くだけで精一杯で、子どもの体力に恐れを感じた。
僕も子どもだということはこの際、脇に置いておくけど。
こうして僕は、この村に来て初めて友達と遊んだ。




