第35話 戻って来た日常と戦闘訓練
戦いの片づけが終わって村も落ち着きを取り戻している。
村長さんたちは亡くなった自警団の団員の葬儀や補償をして、さらに団員の補充のために兼任の人を繰り上げて鍛えたりと忙しい毎日を送っている。
今回の騒動については状況を考慮した結果、村長さんたちの対処は妥当だったとローザンネさんが判定を下して、褒章を与える約束をした。
その後、ローザンネさんは最初の補修資材と人員が届いたのを確認してからメルエスタットに帰って行った。
巻き込まれてしまった冒険者パーティのバルリマスは、マースさんの怪我が治るまでは、村で猟師の真似事をしてのんびり過ごすつもりらしい。
そして僕はヴェッセルさんが持って来てくれた本を読んで勉強をしていた。
オークの襲撃から3週間、もう少しで怪我が完治するという時期に3つの出来事があった。
まず1つ目は、僕が9月3日の誕生日を迎えて6才になったことだ。
まあ、誕生日と言っても節目の年(5才と13才)以外は誕生日パーティーはしないけど。
2つ目は、残念なことに蜘蛛の糸の液体がダメになってしまったことだ。
僕が動けないから、ルジェナに手伝ってもらいながら観察を続けたんだけど、次第に茶色く変色し始めて腐敗臭を放つようになったから処分してもらった。
これは、もう1度採取からやり直す必要がある。
3つ目は、正式にヴェッセルさんに挨拶をしたことだ。
最初は怖かったけど、初めて会った時みたいに恐怖を感じなかった。
不思議に思っていたら、ヴェッセルさんが『身体強化で魔力を放出していたから、魔力にあてられた』と教えてくれた。
そう言われても分からなかったんだけど、あとで教えてくれると言っていた。
そして、オークの襲撃から1ヵ月、僕と母さんの怪我も完治してようやく日常生活に戻ることができた。
「うぅ、良かったです」
「ありがとう、ルジェナのおかげだよ」
ルジェナには本当にお世話になりました。
……うん、色々と。動けなかったから仕方がないんだけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「ティーネ様も治って良かったです」
「ありがとう、ファナ」
ステファナは母さんの世話をしながら家事をして畑の世話までしていたから、本当に大変だったと思う。
畑を耕すのはヴェッセルさんがしてたけどね。まさに人間耕運機だったよ。
「怪我が治って良かったな」
「ヴェルにも迷惑をかけたわね」
「気にするな」
母さんとヴェッセルさんの関係が分からない。
ローザンネさんと話していた時は毛嫌いしているような話し方だったけど、今は笑顔で話していて、そんな雰囲気はないんだよね。
「それより、鍛錬の予定を決めたいんだが、今の能力を知らないことには方向性を決められない。明日から数日は鍛錬を優先しても良いか?」
「そうね。アルもそれでいい?」
「うん、大丈夫だよ」
気持ち的には中断した研究を再開したいんだけど、ヴェッセルさんがいつまでいてくれるか分からないから、今は鍛錬を優先した方が良い。
オークの時みたいに何もできないのは、嫌だから。
「ヴェッセルさん、よろしくお願いします」
「おう、任せろ」
翌日から体力測定のように、走る速度や距離に瞬発力、体力に筋力と色々なテストをした。
次の日は剣の訓練の成果以外にも、槍や斧に槌などを使って適性を見てくれた。
その次の日は魔力をどこまで自在に扱えるかを見てくれた。
それらの結果、今後の方針が決まった。
「まず、アルが扱えそうな武器は、……無い」
「……無い?」
「いや、正確には『使わない方がマシ』だ」
……その方がもっと酷い気がする。
そこまで言われると思わなかったけど、説明を聞いて納得できてしまった。
ヴェッセルさん曰く、僕は魔法使いタイプらしい。
これは魔法が使えるかどうかではなく、例えば『剣を振るう』という行為をしようとした時『この角度にこの速度で振るう』と考えてから行動するから動きが遅れる。そして、思考と動作がズレると動きが歪になってしまう。
しかも武器を持つと武器の動かし方にも意識を向ける必要があるから、余計に動きが悪くなるということらしい。
「それを克服するヤツもいるが、それは並大抵の努力じゃ足りない。それこそ死ぬ気で努力する必要がある」
そこまで言われると何とかしたくなるけど、僕の目的とは違う。
「少しは矯正できるだろうが、お前は逃げることに集中しろ」
「逃げる、ですか? でも、それじゃあ自衛はできないんじゃ……」
「それだって立派な自衛だ。だが、単純に『走って逃げればいい』ということじゃない。『防ぐ、躱す、騙す、そして逃げる』だ」
言いたいことは何となく分かるんだけど、その姿を想像すると『チキン野郎』という言葉しか出てこない。
「まあ、殴る蹴る程度の喧嘩ができるぐらいまでは教えてやる」
「……はい、お願いします」
次は魔力についてだった。
魔力量と魔力操作は魔法使いに近いほどの能力があったけど、属性が無いから魔法が使えず、身体強化魔法も使えない。
魔力の物質化とルドに関しては『凄い』とは言われたけど、魔力の消費量に対して効果が薄いから使わない方が良いと言われてしまった。
実際に母さんを守る時に壁を物質化したけど、あの壁を1枚作るだけで魔力のほとんどを使ってしまったから、効率は確かに悪い。
「物質化を使うなら手甲や脚甲とかの小さい防具だけにした方がいい」
なるほど、小さい物なら魔力を使い果たすことはない。
あまり魔力濃度が薄いと強度も弱くなるけど、急場の時ならそれでも良い。
「ルドを目くらましに使うのは良いが、2度目は効かないと思った方がいい」
僕は知らなかったんだけど、ルドは『見えるだけの魔力』だから、同じように魔力を使えば弾くことができると教えてくれた。
そして、最後に魔力の感受性の話をしてくれた。
僕が初めてヴェッセルさんを見た時に恐怖を感じたのは、ヴェッセルさんが使っていた身体強化魔法の魔力を感じて圧倒されていたからだ、と説明してくれた。
実際に使って見せてもらったら、あの時と同じように恐怖を感じた。
「身体強化魔法にも種類があって、俺が使っているのは4属性を使った強力な身体強化魔法だ。ローズが使うのは3属性だから、俺の方が上ってことだ」
そこを自慢されても僕には分からないけど、ヴェッセルさんが4属性以上持っていることは分かった。
……『ずるい』とは言わない。けど、まぁ、世の中は理不尽だよね。
「それでも自衛ができる程度までは引き上げてやる」
「――はい、お願いします」
ここまで自分にセンスがないとは思ってなかったけど、それは仕方がない。
それに、僕が目指すのは錬金術師であって、戦闘訓練は自分の身を守るためのものだから、最強とかは目指してない。
と、まあ、こんな感じで戦闘訓練を始めたんだけど、訓練の内容は地味もいいところだった。
ヴェッセルさんが言うには、子どもの頃は筋力を付けるよりも体の動かし方を学んだ方が良いらしい。
1つ目の訓練は片足で立ってもう片方の足を水平に前に出して、前から横を通して後ろへ移動させる、今度は後ろから前に移動させる。これを左右交互に行う。
これは体幹を鍛える訓練らしく、ゆっくりと動くことと倒れないことに気を付けるように言われた。
2つ目の訓練はダンスのようにステップを踏んだり、前転や後転などをした。
これは瞬発力を鍛える訓練と動きを体に馴染ませる訓練らしい。
3つ目の訓練は歩きながら石を的に向かって投げたり、お手玉をしたりと遊び半分な訓練だった。
これは、複数の動作を同時に行うことで動作を思考から切り離す訓練らしい。
想像していた戦闘訓練とは違ったから『これで本当に強くなれる?』と疑問ではあったけど、最後にヴェッセルさんが『準備運動ぐらいならできるだろ』と呟いたのを聞いて少し後悔した。




