第32話 緊急事態発生
目が覚めた時、僕はベッドに1人でいた。
まだぼんやりしている頭で何をしていたのかを思い出すと、慌てて部屋を出てルジェナを探しに1階に降りた。
そして1階の居間にはルジェナの姿はなく、母さんが1人で居た。
「おはよう、アル」
「母さん、ルジェナは? 剣は? ファナは?」
「落ち着きなさい」
そう言って母さんは僕を抱き上げると椅子に座らせた。
「頑張りましたね。剣は間違いなくファナに渡しましたよ」
「本当? 途中で寝ちゃって、そのあとどうなったか分からないんだ」
「ルジェナはまだ寝ているから、わたしが聞いたことを伝えるわ」
母さんはルジェナから聞いたことを僕に話してくれた。
僕はルジェナが剣を作り終えた時には限界だったらしくて、それに気付いたルジェナが僕を寝かしつけたらしい。
それからルジェナは刃を砥いで柄をつけて鞘を作った。
僕が眠ってしまったのは、日付が変わったあとぐらいで、ルジェナはそれから朝までずっと作業していたらしい。
そして、剣を完成させたルジェナは僕を抱き上げて家まで連れて帰って来た、と教えてくれた。
「剣は完成したんだね」
「ええ、ルジェナがファナに渡していたわ」
「良かった」
「アルにも感謝していたわよ。それに『大事にします』とも言ってたわ」
剣を作ったのはルジェナなんだけど、感謝されるのは嬉しい。剣を作った理由が今回のようなことじゃなければ、もっと喜べたんだけど。
「……結局、ヘイノさんは帰って来なかったの?」
「えぇ、帰って来なかったらしいわ。一晩帰って来なかったとなると、何かがあったのは確実でしょうね」
村の外に出る仕事をしている人たちは、『万が一の場合』をすぐに判断できるように、いつも同じ時間に仕事をしている。
それが、遅れるどころか帰って来ないとなると、その何かとは重傷とか死亡の可能性が高い。
ただ、問題なのはそれが事故か襲われたかで、対応が大きく違うことなんだ。
事故で動けない、もしくは死亡したなら回収して終わりだけど、襲われた場合はその相手が人、動物、魔物の場合があって、それぞれ対応が変わってくる。
そして村長さんと自警団が気にしているのはフルネンドルプの出来事だ。
離れていても隣の村だし、森は繋がっているから、フルネンドルプの方から魔物が流れて来ている可能性がある。
けれど、今の時点では領都に報告する情報が不足している。
「……ねぇ、バルリマスの人たちに依頼した方が良くないかな?」
「今日中に見つからなければ村長さんが依頼するはずよ」
そうなると、待つことしかできない。
それでも『他に何かできないか』と考えていたら、おなかが『キュルー』と鳴った。
「すぐに食事の用意をするわ」
「……はい」
料理は作ってあったようで、温め直して出してくれた。
そして僕が食事をしていたら、匂いに釣られてルジェナが起きてきた。
「おはようさまです」
まだ寝ぼけているみたいで言葉がおかしい。
「ルジェナも食事にする?」
「はいです。お願いするです。おなかが空いたです」
ルジェナはまだ疲れが取れてない様子で、ゆらゆらと歩いて椅子に座った。
その様子を見た母さんが労うように、『これでも飲んで待ってなさい』と言ってお酒を出した。
「――っ、ティーネ様、大好きです!」
一杯のお酒で『大好き』って、随分と安い『大好き』だよね。それなら。
「ルジェナ、ご褒美はどうする? 持ってこようか?」
「――っ、アルテュール様も大好きです!」
本当に安い『大好き』だった。……まぁ、言われると嬉しいんだけどね。
「むぅ、……すぐに飲みたいですけど、せっかくですからステファナさんが帰って来たら一緒に飲むです」
「ファナはお酒を飲めないわよ?」
「――えっ、そうなんです?」
ステファナがお酒を飲めないから、母さんはルジェナとしか晩酌してなかったのに、今まで気が付かなかったらしい。
「うぅ、それでも、帰って来てから飲むです。美味しいお酒は皆で飲んだ方が美味しいです」
「分かった。それじゃあ、夕食の時に飲むといいよ」
今夜は盛大な酒盛りになりそうだ。
母さんたちを見ながらそんなことを考えていたら、食事をしていたルジェナが突然立ち上がって玄関に向かった。
「どうしたの?」
僕が聞いても、ルジェナは人差し指を唇に当てて、声を出さないように注意してから玄関の扉に耳をあてた。
それから、外の音を聞いていたルジェナは玄関を開けて外に出た。
「そんなに慌てて、どうしたです?」
「すみません、ティーネ様たちは?」
「中にいるです」
「では、中で話します」
2人は言葉を交わすとすぐに中に入って来た。
中に入って来たステファナの姿は血と泥に塗れていて、激しい戦闘があったことを物語っている。
「ファナ! 怪我は?」
「ティーネ様、私は大丈夫です、怪我はしていません。こんな姿で申し訳ありませんが、時間がないので話を聞いてください」
そして、ステファナは今日のことを話し始めた。
捜索は自警団から3人と兼任から3人に猟師の2人とステファナで全部で9人で行くことになった。
猟師の2人にヘイノさんが仕掛けてある罠の場所を聞きながら捜索を行ったら、川の近くに仕掛けられていた罠の近くに、戦闘の痕跡と血痕があるのを見つけた。
そこにはオークの足跡と思われるものがあって、ヘイノさんの仕事道具が入った道具袋が落ちていた。
これを発見した捜索隊はヘイノさんは死亡したものとして捜索を終了することに決めた。
だけど、このままオークを放置することは危険と判断して、オークの足跡を追って捜索隊で殲滅するか、村に戻って領都に助力要請を出すかで意見が分かれた。
結局はオークの規模と動向が分からないと助力要請を出せない、という意見にまとまって、オークの足跡を追うことになった。
この判断をしたのには、オークの足跡が川下に続いていて、その方向にはヘルベンドルプがあることも理由の1つだった。
そして、川沿いに探索を続けてオークの集団を発見した。
まだ集落の形にはなってはいなかったけど、木を切って住居らしきものを建てている最中だった。
これを確認した捜索隊は殲滅を諦めて、助力要請を出してもらうことに決めた。
しかし、村に戻る途中でオークの集団に遭遇して戦闘になってしまった。
討伐はできたけど、戦闘が起こった以上、迅速に行動する必要がある。
「ファナ、オークは何体いたの?」
「集落を作っていたのが凡そ30体です。私たちが遭遇したオークが3体、他の集団もいるでしょうから、50体近くはいると思います」
「……オークが50体」
母さんとステファナの話を聞きながら、フルネンドルプが壊滅した事件のことを思い出していた。
フルネンドルプが壊滅した時はゴブリンとオーガの混成だったとは聞いたけど、その数までは聞いてない。
僕にはオーク50体とどちらが脅威なのか分からない。
「じゃあ、避難する準備をした方がいいかしら?」
「はい。でも荷物は最低限に……」
話の途中でステファナとルジェナが何かに気が付いて家の外に出た。
「どうしたの?」
「遅かったようです」
「オークの雄たけびが聞こえたです」
すでに声が聞こえるほど近くに来ているということは、もう村から避難する時間はない、ということだ。
「アル、最低限の荷物だけまとめて集会場に避難しますよ」
「うん、分かった」
「ファナは一度汚れを落として来なさい。ルジェナも食事を終わらせたら戦闘の用意をお願いね」
「分かりました」
「はいです」
僕は母さんに言われた通りに、最低限の荷物をまとめて小さいバッグに詰めて避難の準備をした。
「まずは、ファナとルジェナも集会場に行きますよ。状況と指示を仰がなければ、動きようがありませんから」
僕たちは母さんの指示に従って集会所に向かった。




