第31話 ステファナの剣
僕はルジェナと一緒に鍛冶場に向かっている。
今回は別名ドワーフ銀とも呼ばれる黒硬銀を使って剣を作るんだけど、この黒硬銀はドワーフが使う専用の炉でなければ溶かせない。
つまり、この村にある炉では黒硬銀は溶かせない、ということだ。
では、どうやって剣を作るのか?
僕が炉の代わりに錬金術で黒硬銀を溶かすしかない。
加熱の技法図式を並べれば推定で温度9000℃まで上げられるんだから、溶かせるはずだ。
「久しぶりの鍛冶だけど、大丈夫?」
「問題ないです。鍛冶を忘れたドワーフなんて死ねば良いです」
荷車を引きながらルジェナがとんでもないことを言った。
「冗談です、酒が飲めれば生きてても良いです」
どっちにしろ笑えない。
でもまあ、何を言いたいのかは何となく分かった。
「分かったよ。剣が朝までに完成したらとっておきを出してあげる」
「――っ、アレです?!」
「そう、ルジェナのご褒美用に買っておいたアレだよ」
母さんとルジェナはリンゴから作られたワインを飲んでいるんだけど、ルジェナには酒精が弱くて物足りないそうだ。
母さんが『わたしはこれが好きなの』と言って小樽を2つも買っていた。
しかも、既に行商人のブロウスさんに毎月同じだけ届けるように注文してあるらしい。
母さんは『ルジェナのお酒は必要でしょ?』と言っていたけど、そこにルジェナの意見は入ってなかった。
「気合が入るです。急ぐです」
ルジェナが荷車を引く速度を上げて鍛冶場に向かった。
僕は小走りでルジェナを追いかけながら『ご褒美の話をするのが早かった』と、少し後悔した。
20分ぐらい小走りを続けて鍛冶場に到着したら、ルジェナがそわそわしながら外で待っていた。
まあ、僕が鍵を持っているから、中に入れないもんね。
「遅いです。時間がないと言ったのはアルテュール様ですよ!」
「いや、そんな、無茶、言わないで」
剣の訓練は毎朝しているけど、体力は大してない。
息を切らしながら『もう少し運動した方が良いかな?』と反省した。
「……ごめん、少しだけ休ませて」
鍛冶場の鍵を開けてルジェナを中に入れてから、僕は壁際にあった椅子に座って息を整える。
さすがにルジェナはCランク冒険者をしていただけあって、息一つ乱れてない。
「構わないです。鍛冶場の準備はおのがするです」
「うん、お願い」
ルジェナが、これは何、あれは何と1つずつ説明しながら準備を進める。
鍛冶場の中には炉が3つあって、一番大きいのが鉄を溶かす高炉で他の2つが鍛造する時に使う炉で火床と呼ぶらしい。
今回は僕が炉の代わりをするから、ここにある炉は使わないけど、そもそも、何年も放置されている炉をいきなり使うことはできない。
ルジェナの様子を観察しながら、僕は黒硬銀のことをおさらいする。
黒硬銀は読んで字のごとく『黒く硬い銀』なんだけど、厄介なのは融点の高さにある。
銀の融点は1000℃ぐらいなのに、黒硬銀は鉄を溶かす高炉でも溶かせない。
唯一、ドワーフ族だけが、黒硬銀を溶かせる炉を作れたことで、黒硬銀はドワーフ銀とも呼ばれるようになった。
鉄ではなく銀と付いたのは、光沢が銀に近かったのが由来らしい。
そして、今回は既に精錬されている黒硬銀を使う。
「アルテュール様、準備できたです」
「僕はどうすれば良い?」
「ここに座るです。それでおのの左手側に領域球を出してほしいです」
僕が座るのはルジェナの左側、領域球を出すとルジェナが左手を伸ばすと届く距離だ。
「本来は溶かして型に入れるですが、ステファナさんの剣は刺突と切断が優先ということなので折り返し鍛錬で剣を作るです」
「折り返し鍛錬?」
「そうです、普通は鋳型で成形して叩いて調整するですが、ステファナさんの剣のように細くて切断力がある剣は、金属を折り返して鍛錬すると強くて切断力がある剣になるです」
なるほど、日本刀のような作り方だ。
「僕は加熱するだけで良いの?」
「それで良いです。ガラスみたいに純化されたら黒硬銀がダメになってしまうです」
「ダメに? もしかして黒硬銀って合金?」
「そうです。でも何を混ぜているかはドワーフの秘密です」
合金だから今でも黒硬銀をドワーフが専売できているのか。
黒硬銀を溶かせる炉を作れても、合金の配合が分からないと再現ができない。
ここまでくると、諦めて品物だけ買った方が利口だ。
「よし、じゃあ、始めようか」
「はいです」
僕は加熱の錬成陣に追加で2つの技法図式を描いた複合錬成陣を展開する。
黒硬銀が鉄の高炉で溶けないなら、融点は2000℃以上の可能性が高い。それなら加熱を3枚用意すれば良い。
「入れるです」
ルジェナがやっとこで黒硬銀を掴んで領域球に入れた。
それからしばらく加熱を続けて黒硬銀は赤くなったんだけど、ルジェナはまだ足りないと首を振った。
「ルジェナ、これ以上温度が上がらない。もう一枚加熱を追加するよ」
「分かったです。あと少し、黒い点が無くなるまでです」
まさか3000℃でも耐えるとは思わなかった。
僕はもう1枚加熱の技法図式を追加して、さらに温度を上げる。
「いいです……、……、あと少し、……、いま!」
ルジェナは黒硬銀の状態をジッと観察して、頃合いがくると領域球から取り出して金床に置いて叩く。
叩いて温度が下がったら、領域球に入れて加熱する。これを何度も繰り返して徐々に伸ばしていく。
次に、伸ばした黒硬銀に切れ目を入れて折り返したらまた加熱する。
温度が上がったら、叩いて黒硬銀を伸ばしていく。
「これ、何回折り返すの?」
「早ければ8回で終わるですが、遅いと14回はするです」
最初の折り返しに30分ぐらいかかったから、これをあと最低でも7回、折り返し鍛錬だけでも、あと3時間半も複合錬成陣を維持する必要がある。
ルジェナのメガネを作った時も長い時間作業していたけど、今日はもっと時間がかかる。
それから、2回目、3回目、4回目と縦横に交互に折り返しを続ける。
そして10回目の折り返しが終わって、ルジェナが手を止めて黒硬銀をジッと見つめている。
「できたです、これで折り返しは終わりです」
「次は?」
「その前に休憩するです」
ルジェナは黒硬銀を灰の中に埋めてから、休憩にすると言って立ち上がった。
僕も複合錬成陣を消して、体をほぐしながら立ち上がる。
何時間も座って複合錬成陣に集中するのは、かなり大変だった。
「あ、アルテュール様、これ」
外の空気を吸いに出口に向かっていたら、ルジェナが何かを見つけた。
「何?」
「ステファナさんからです」
荷車にバスケットが置いてあって手紙も添えられていた。
そして、その手紙には『無理はしないでください』とだけ書いてあった。
「いつの間にか来てたですね」
「気付かなかった」
バスケットの中身はサンドイッチで、食べやすいように小さめに作ってある。
サンドイッチを見たら、思い出したかのように2人のおなかが『キュルー』と鳴った。
「食べようか」
「はいです、食べるです」
食事をしながらルジェナの作業を振り返る。
素材と燃料を準備して、時間と労力をかけて1本の剣を作る。
言葉にすれば簡単だけど、物を作ることがどれだけ大変なのかよく分かる。
そして、そう考えれば錬金術の現状が不自然なことも分かる。
でも、今は調べる手段がない。……可能性があるのは貴族学院。
「アルテュール様、続けるです」
「うん、分かった」
「今度は途中で温度を調節してもらう必要があるですが、できるです?」
「温度の指示はしてくれるの?」
「当然です」
温度の調節。
お湯を作る時は技法図式を小さくするだけで良かったけど、技法図式の大きさは途中で変えられないから、温度を上げ下げするなら送る魔力量を調節して温度を変えた方が早い。
「始めるです」
僕は椅子に座ってルジェナの指示で複合錬成陣を展開した。
ルジェナが灰の中に入れた黒硬銀を取り出して領域球に入れると、その瞬間に黒硬銀にまとわり付いていた灰が炎になって消えた。
それからルジェナは加熱と鍛錬を繰り返して徐々に剣の形にしていく。
「少し下げるです」
「――っ、分かった」
これまで何度もルジェナの指示で温度を下げている。
始めは高温で形が完成に近づくに連れて温度を下げている。
作業を始めてからどれだけの時間がたったのか分からないけど、僕は錬金術を維持し続けるしかない。
「最後です、一気に温度を上げるです」
「――っ」
これまで少しずつ温度を下げてきたのに今度は温度を上げる。
温度調整用に使っていた技法図式に一気に魔力を送る。
「いいよ」
「いくです」
ルジェナは領域球で剣を加熱して、頃合いを見計らって用意してあった水桶に剣を入れて一気に冷却する。
僕はその様子を見て複合錬成陣を消した。
しばらく待ってから冷やした剣を水桶から取り出して、刃元から刃先まで丹念に観察する。
「ふふふ、いい出来です」
「完成したの?」
「完成ではないです。まだこれから……」
「これから?」
ルジェナは剣をテーブルに置いて僕の方に来た。
「アルテュール様、あとはおのが頑張るです。ゆっくり休むです」
そう言ってルジェナは僕を抱きしめる。
その途端、体から力が抜けて意識を保っていられずに眠ってしまった。




