第26話 ガラス事業 報告会
ガラス事業の試験運用が始まってから1週間、当初は歪みが出ていたレンズも、図解とイメージの方法を変えたことで、今では歪みのない綺麗なレンズが作れるようになった。
僕は完成したレンズの形を図解にして説明したんだけど、それだと複雑な形状のものを作る時に歪みやすかったんだ。だから、工程を追って順番に変化させる図解を書いた。
まずは、ガラスを平らな板にする。次に中心を薄くして外側を厚くする。最後にレンズ全体を湾曲させてメガネ用の形にする。
順を追って変化させていくから手間はかかるけど、レンズは綺麗に作れた。
最初から完成品をイメージするのは難しかったんだ。
そんな感じで、1週間かけてメガネのレンズが作れるようになった。
―[メルエスタット メルロー男爵邸 地下会議室]―
そして今日は責任者が集まって正式稼働前の報告会を行う。
参加者は僕たち4人以外に、男爵家からトゥーニスさんとトビアスさんに補佐のセビエンスさん、工房の運営責任者のエルドルスさん、最後に職人代表でコーバスさんも参加している。
進行役は責任者のエルドルスさんが行う。
「それでは、工房の試験運用の結果を報告します」
まず、購入する珪砂と炉の燃料などの消耗品の支出、生産できるガラスの量、販売利益の概算などの報告があった。
結果だけを言うと、300gのインゴット1つに対して販売額は銀貨6枚の予定で、経費が銀貨2枚かかる計算なので銀貨4枚が残る。
1日に最大18個を作れたらしく、金貨7枚と銀貨2枚になった。そこから人件費などを差し引いて、1日で金貨5枚程度の利益になる見込みらしい。
つまり、1ヵ月で白金貨15枚の利益が出る計算だ。
「当初に聞いていたよりも利益が多いように思うのだが?」
「閣下にご説明した際には、錬金術師を1人として月に白金貨5枚を想定していましたから、白金貨10枚までは想定通りです。残りの白金貨5枚の差は休日を考慮されていないからですね。休日を考慮すれば1ヵ月を26日として凡そ白金貨12枚です。想定以上ではありますけど誤差の範囲内だと思います」
試験運用期間は訓練でもあったから休みなく働いていた。それで試験運用期間の7日間を合計してしまったらしい。
「それに、これが全てではありませんよ」
「それはそうだが、初期投資もそなたの想定より少なく済み、利益も想定以上だった。これは喜ばしいことだ」
想定以上の結果が出てトゥーニスさんが嬉しそうに収支報告書を見ている。
当初は工房や炉の値段に素材や燃料を大雑把に計算した上に、人件費は錬金術師とガラス職人で計算したから結構な差が出てしまった。
ただ、人件費を高く見積もっていた分、利益が大きくなったのは嬉しい誤算だ。
「次は宿舎についてですが、現在は私を含めて8名おりますが、それに対して宿舎が6部屋なので人数に対して部屋の数が足りず、今はガラス職人たちが相部屋で寝泊まりしております。現状はこれでどうにかなっていますが、今後は護衛を常駐させると聞きましたので、部屋の割り当てをどうするか伺いたく思います」
宿舎の部屋は全てが1ルームで6畳程度はあったから、2人でも住める広さだ。
1人で住んでいるのは、エルドルスさんとコーバスさんと錬金術師の2人で、ここに常駐の護衛を入れるとなると、もっと詰めてもらう必要がある。
「そうか、護衛は4人を予定していたが、宿舎が厳しいか」
「父上、隣の鍛冶工房の宿舎を使ってはいかがでしょう?」
「なるほど、鍛冶工房にも同じ宿舎が付いていたな。エルドルス、護衛は鍛冶工房の宿舎に泊まらせる。それで良いか?」
「分かりました」
トビアスさんの提案で鍛冶工房の宿舎に護衛を泊まらせることになった。
ガラス工房と鍛冶工房の間には壁があるだけだから、鍛冶工房に人がいる方が安全面でも良さそうだ。
「次は、ガラス販売所で商会や工房に向けたガラスの販売説明会を行った件について報告します」
ガラスのインゴットを販売する目途がたったから、販売所で商会や工房の人を招いてガラスの説明会を行った。
トビアスさんが、『透明なガラスを300gのインゴットにして銀貨6枚で販売する』と説明したらしいんけど、現在の製造数だと商品の数が足りない。
まず、ガラス工房が製造方法を開示して自分たちにも作らせるべきだと言った。
これに対して、製造方法を開示するには相応の対価を支払うべきだと言うと、今度は商会が買い取りを希望してきた。
しかし、その金額を聞いて話にならなかったから一蹴したそうだ。
「いくらを提示してきたのですか?」
「ああ、聞いてびっくり、白金貨300枚と言っていたよ」
母さんの質問に笑いながらトビアスさんが答えた。
将来的に得られる金額からすれば『銅貨で家を買う』ようなものだと、トビアスさんが言ったら『銀貨6枚のガラスなら妥当な値段だ』と反論してきたそうだ。
まあ、安く情報を手に入れるために言ったんだろうけど、本気でそう思っていたなら見る目がない。
結局、『そう思うなら買う必要はない』と切り捨てたらしい。
「それは、まさか……」
「いや、別の商会だよ。どこだかの領地を中心に商いをしていると言っていたよ」
違ったらしい、素材を扱う商会が白金貨300枚とは言わないだろう。
「すみませんが、話を戻させていただきます」
「――っん、ああ、すまない」
エルドルスさんは周囲を見渡してから話を続けた。
「現在は作れるガラスの量に限りがあるので、販売は週に1度で平等に販売することになりました」
「工房以外、だね。ガラス工房には商会を経由して購入してもらうことにした。これは情報を開示するように言われた意趣返しとかではなく、他のガラス工房と同じ条件にしなければ不平等だからだ」
「最後に、メガネはまだ準備不足なので販売は未定と伝えました」
メガネ用のレンズは作れたけど、視力の検査用に度が違うレンズをたくさん作る必要があって、一通りのレンズを作るにはまだ時間がかかる。
フレームは訓練で作ったレンズを元に、形だけのメガネを彫金師に作ってもらっているらしい。
「それと、メガネ以外のレンズ商品は作ってもいいのかい?」
「作れる物は作って構いませんよ」
トビアスさんにはレンズを使った商品、単純な凸レンズの拡大鏡と凸レンズと凹レンズを使った単眼鏡の図解と解説を書いた物を渡してある。
プリズムを使った望遠鏡なんかは原理が何となく分かるだけで詳しくはないし、そこまで複雑なものを作るのは大変だから教えてない。
「じゃあ、拡大鏡から作らせてみるよ」
「そうですね、それと単眼鏡は軍事利用もできますから、販売する時はお気をつけください」
「ああ、分かった」
単眼鏡は味方が使う分には良いけど、盗賊や敵国に使われると厄介だから盗まれないように管理を徹底する必要がある。
「報告は以上です。何か質問はありますか?」
最後に気になっていたことを聞いておきたい。
「トビアスさん、錬金術師に教育する孤児院の子どもはどうなりましたか?」
「ん? 気になるのかい?」
「少し気になっています。僕も錬金術師になりたいから」
それは嘘ではないけど、本当は罪悪感を紛らわせたいだけなのかもしれない。
「ああ、そうだったね。孤児院にいた子どもの中で、素質があって錬金術師になりたいと希望したのは3人、その子たちには錬金術師になれなくとも将来は男爵家で働くことを条件に魔力訓練と勉強を教えることになったよ」
「そうですか、良かったです」
本当にそれが良かったのかは本人にしか分からないけど、その選択が後悔のないものになれば良い。
「他には何かありますか?」
エルドルスさんが周囲を見て発言者がいないか見渡すと、母さんが手を上げて立ち上がりトゥーニスさんに向かって発言した。
「わたしたちの役目は終わりましたから、そろそろ村に帰ります」




