第24話 銅級錬金術師 ロンバウト
―[メルエスタット メルロー男爵邸 地下会議室]―
食事会を無難にやり過ごしてから数日が経過した。
今日は男爵家が購入した『錬金術師になれなかった男』と呼ばれていたロンバウトさんと初めて話し合いをする。
トビアスさんから聞いた話では、魔道具を販売する大手商会の傘下に入っていた魔道具店の三男だった。
店は嫡男である長男が継ぐことが決まっていたし、次男は魔道具師として魔道具の修理を担当していたから、ロンバウトさんは錬金術師になることにしたらしい。
貴族学院の錬金術科に入学してから2年目、順調に錬金術の勉強をしていたけど、突然家に呼び戻されて学院を退学させられた上に奴隷として売られた。
その時の父親の説明では、次男が修理した魔道具が暴走して貴族の屋敷で爆発がおきたらしく、建物の半壊と多数の負傷者を出した。
その損害を補填するためには店を手放すだけでは足りず、家族全員が奴隷になってしまったんだとか。
錬金術に関しては解毒ポーションなら作れるそうだ。だけど、解毒ポーションは毒の種類によって調合が変わるから、現状で習得できているのはカエルの麻痺毒とクモの腐食毒の解毒ポーションだけらしい。
どちらも弱毒なのでそれほど需要がなく、ロンバウトさんを錬金術師として購入する人が現れなかった。
「初めまして、ロンバウトと申します」
壁際に立っていたロンバウトさんが挨拶をした。
ほっそりした体型と長めの黒髪を後ろで1つに束ねた姿は、白衣を着せたら医者とか学者のような見た目になりそうな感じがする。
「初めまして、わたしはマルティーネ、この子はアルテュールよ」
「アルテュールです」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
僕と母さんが席について、ステファナとルジェナは背後の壁際に待機する。
この会議室には僕たちの他に、エルドルスさんとセビエンスさんがいて対面の席に座っている。そして、その奥の壁際にロンバウトさんが立っている。
「話を始める前に、そこでは遠くて話しづらいので椅子に座ってください」
「――、ですが」
「構いません、マルティーネ様が許可をくださったのです。座りなさい」
ロンバウトさんが母さんの言葉に戸惑って2人に視線を向けると、セビエンスさんが着席を促した。
そして全員が着席すると、エルドルスさんが話を始める。
「それで、ロンバウトに聞きたいことがある、と伺いましたが、彼に何か問題でもありましたか?」
「いえ、確認した経歴には問題はありません。今日はガラス事業における錬金術師の役割とロンバウトさんが習得した技術とのすり合わせをしたいのです」
僕が本の内容から独学で覚えた錬金術と、ロンバウトさんが貴族学院で習得した錬金術に違いがあったらガラス事業に不備がでるかもしれない。
今回の話し合いは不備が出ないようにすることが主な目的だ。
「なるほど、そうでしたか。そう言うことでしたら、納得できるまで話をしましょう」
エルドルスさんは納得した様子で続きを促した。
「まず始めに、ロンバウトさんはガラス事業で錬金術師が何を担当するか、理解できましたか?」
「ええ、1つはガラスの純化を行うこと。もう1つが成形を使いメガネのレンズを作ること。この2つが錬金術師の担当だと聞きました」
基本的な作業はガラス職人が行うけど、不純物を取り除く純化と精密なレンズを作る成形は錬金術師が担当することになっている。
「そのことについて、ロンバウトさんが思ったことや質問などはありますか?」
「あー、その……」
ロンバウトさんはセビエンスさんとエルドルスさんを見て言って良いのか、迷っているみたいだ。
「構いません。思ったことを思ったままお話しください」
セビエンスさんがロンバウトさんに許可を出す。
「そう、ですね。最初は、その、『錬金術師を馬鹿にした仕事』だと思いました」
「……それは、なぜですか?」
ロンバウトさんの発言に固い声で母さんが聞き返す。
「その、『純化するだけ』とか『成形するだけ』っていうのは錬金術師とは名乗れない『銅級の錬金術師』でも、できることなんです」
貴族学院では錬金術科の生徒に与えられる階級が存在するらしい。
学年ごとの教科課程を修めると、銅級、銀級、金級の徽章を授かる。
卒業までに3つの徽章を授かると、錬金術科を卒業する証として大きい徽章を渡される。そして、その大きい徽章に3つの徽章をはめ込むことで錬金術師認定徽章になって、正式に錬金術師と名乗れるようになる。
「まぁ、私は銅級しか授かってないので、間違いではないんですが」
銅級しか授かってない自分はともかく、正式な錬金術師にこの仕事をさせるのは『錬金術師を馬鹿にしている』としか思えなかったらしい。
「では、錬金術師にこの仕事を頼んだ場合には……」
「間違いなく断られると思います」
そうなると、錬金術師を探しても意味がない。トビアスさんに伝えて探す対象を変えた方が良い。
「ちなみに錬金術科では錬金薬を作れなかったり、徽章を授かれないと退学になりますか?」
「退学ですか? ……多分ですけど、それはないと思いますよ?」
金銭的な理由や徽章を授かれずに自主退学する人はいるけど、成績が理由で学院側の意向で退学になることはない。
その理由は『貴族の子女が退学させられては汚点になる』と、本人もそうだけど、貴族は家名に傷がつくことを避けるために、学院に圧力をかけて退学制度を廃止してしまった。
「だから、退学になることはないとは思いますよ、まあ、徽章は授かれないですけどね」
そうは言っても、入学してしまえば成績に関わらず卒業ができる学院。それはそれで教育機関としてどうなんだろう?
「分かりました。他には何かありますか?」
「そうでした。疑問だったんですが、錬成釜を使わない理由は何ですか? 錬成釜に加熱と純化と成形の錬成陣を彫れば効率が良いと思ったんですが、説明では純化と成形の錬成盤を使うと言われて疑問だったんです」
ロンバウトさんに錬成釜のことを詳しく聞いたら、錬成釜には複数の技法図式を彫れるけど、錬成盤のように領域球は生成しないらしい。
スフィア内なら、溶けたガラスは中心に集まって何かに触れることはないけど、領域球を発生させない錬成釜に溶けたガラスを入れると、錬成釜自体に溶けたガラスが接触してしまう。
「錬成釜って溶けたガラスを入れても大丈夫なの?」
「えっ、ダメなのかい?」
言った本人が知らないのはどうかと思うけど、知らないものは仕方がない。
僕なんて錬成盤も錬成釜も見たことすらないから、どこまで耐えられるかなんてまったく知らない。
「ルジェナは何か知ってる?」
僕は振り返って、壁際に立っているルジェナに聞いてみた。
「黒鋼も魔銀も鉄と同じぐらいの温度で溶けるです。ガラスも同じぐらいの温度ですから、触れてもすぐに溶けたりはしないと思うですが、錬成釜に影響は出ると思うです」
錬成釜に影響が出るなら使うことはできない。
でも、それがなければ錬成釜を使った方が便利ではある。
「錬成釜で領域球は発生させられないんですか?」
「いや、それじゃあ、本末転倒だろ? 複数の錬成陣を使うために領域球を使わない錬成釜を作ったのに、領域球を発生させたら錬成盤と変わらないだろ?」
複数の技法図式を使う為に領域球生成図式を削って錬成釜を作った。
つまり、複合錬成陣のように領域球生成図式に複数の技法図式を接続することはしていないってことだ。
少しは錬金術の実情が見えてきたけど、誰も錬成陣や錬成盤の研究をしてないんだろうか? 僕でも思いつくことを誰も考えないのは不自然な感じがする。
これも、調べた方が良さそうなんだけど。……まあ、今は。
「それなら、錬成盤でいいんじゃないですか?」
「領域球を発生させるから錬成盤の方が魔力を使うんだけど、仕方がないか」
なるほど、魔力の使用量が違うのか、言われてみれば納得の内容だ。
「ロンバウトさんだったら、1日に何回錬成できますか?」
「ガラスの量によって変わるから確実とは言えないけど、15回から20回ぐらいだと思っているよ」
1日に20回でどの程度の量を錬成できるか分からない。
やっぱり、銅級か銀級の錬金術師が数人は必要になりそうだ。




