第22話 研究したいこと
朝食を終えてステファナたちと合流した。
朝の事を思い返すのは躊躇うものがあるけど、しっかりと謝っておかないと、わだかまりになってしまう。
「あの、ごめんなさい」
「――っ、ど、どうしたです?」
「あの、寝巻とか、その、色々と用意してなかったから」
「あ、あはは、そんな、時も、ある、ですよ」
ルジェナは顔を真っ赤にしながらも笑って許してくれた。
「それで、これから買い物に行くことになったから」
「は、はい、です」
―[メルエスタット 服飾店]―
領都には幾つかの服を扱っているお店がある。
庶民がよく使うのは、着れなくなった服を売り買いする古着屋で、その次は自分で服を作るための布などを売っている布屋、最後が既製服を売っている服飾店になる。
その中で下着を売っているのは服飾店だけだ。
「アルテュール様はどれが良いです?」
「は?」
ルジェナが幾つかの下着を持って見せてきた。
1つ目は膝上まで丈があるトランクスタイプ、2つ目は母さんも着ているビキニタイプのショーツ、3つ目はローザンネさんが着ていたような紐パンツ。
それと、ブラジャーに関しては胸の部分だけを覆うチューブトップと、丈が同じキャミソールタイプの物だった。
さっきは顔を真っ赤にしていたのに、下着の意見を聞くのは恥ずかしくないのかな?
そう思いながら下着を見ていたら、服の構造が気になった。
生地は羊毛、麻、綿、絹など種類は揃っているのに、服も下着も『紐でサイズを調整してボタンで留める』ものが主流になっている。
「ねぇ、伸びたり縮んだりする糸とか生地は無いの?」
「伸びたり縮んだり、です?」
「そう、ここにあるのは麻と綿で作った服だけみたいだけど、他にも生地はあるでしょ?」
「……生地は糸からできてるです。糸は伸びたり縮んだりしないですよ?」
なんだか馬鹿にされたような感じがしたけど、つまり伸縮性のある生地は無いってことだ。
作れたら作りたいけど、作り方どころか素材もよく分からない。言葉としてポリウレタンとか呼ばれていたことぐらいしか覚えてない。
生地に伸縮性が無いから、形に限らずゆとりを持たせた造りになっている。
コルセットもあるけど、オーダーメイドになるから普通の庶民は着ない。
伸縮性のある生地でボディラインを綺麗に魅せる下着や服が作れたら、母さんが喜んでくれそうだ。
これも村に帰ったら研究してみよう。
「それで、アルテュール様はどれが好みです?」
「ん? ……それじゃ。これで」
僕が指したのは、お手頃価格のトランクスタイプの下着だ。
「……色気がないです」
選んだ理由は、これが一番頑丈そうに見えたからだ。それに、子ども体型のルジェナには元から色気はない。
「アル、これはどう?」
今度は母さんがスカートを持って来た。
灰色のフレアスカートと水色のプリーツスカートだった。
母さんは裾が広がったスカートに見えるパンツを好んで着ているけど、以前はスカートを穿いていたからドレスじゃなくてもスカートが好きみたいだ。
「う~ん、灰色の方が形は綺麗だけど、色は水色の方がいいと思う」
「そうねー、やっぱり明るい色の方がいいわよね」
……何とかなった。
正直、さっぱり分からなかったから、2つの特徴を合わせて返事をした。
母さんは村で暮らすようになってから、汚れが目立たない色の服を着るようになったけど、明るい色の服が好きだとは知っている。
「(……マルティーネ様と対応が違い過ぎるですよ)」
「ん? 何か言った?」
「なんでもないです」
母さんはそれから何度も『あれが良い』とか、『これが良い』とか散々ファッションショーをしてようやく買うものが決まった。
僕が言いたいことは1つだけ、『5才の子どもにセンスを求めないでほしい』と言うことだ。いや、元からセンスは無いから、年齢は関係ないんだけどね。
「ルジェナ、他に必要な物はある? お酒以外で」
「――っ、ドワーフにはお酒が必要です?」
「疑問形にした理由は分からないけど、それはルジェナの働き次第だよ」
「はいです、頑張るです」
ここまでになると『ドワーフは酒好き』ではなくて『ドワーフはアル中』と言った方が近いかもしれない。
「これで、必要な物は揃った?」
「あー、その、鍛冶道具が欲しいです」
「あぁ、そうだよね」
鍛冶道具は鍛冶場にも置いてあるけど、道具には癖が付くから自分に合った物が良いって聞いたことがある。
「分かった、何を買うのかはルジェナに任せるけど、今はガラスが優先だから道具は仕事の合間に探そう」
「はいです」
「母さんとファナはもういいの?」
母さんはスカートを2着とブラウスとシャツと下着を買っていて、ステファナは下着と部屋着を買った。
僕? 僕は何も買ってないよ。服は十分にあるから。
今回は僕の不注意もあったから、ルジェナだけじゃなくて母さんとステファナの代金も僕のお金から一緒に払ってもらった。
「アル、今後は自分のお金は自分で管理をしなさい」
そう言って母さんが渡してきたのは、金属製のカードで表には僕の名前と母さんの名前が書いてあって、名前の横に小さい魔石が付いている。
このカードは商業ギルドのカードで、お金を預けたり引き出したりできるカードだと教えてくれた。
僕と母さんの名前が書いてあるのは、カードの所有者とその保護者の双方が使えるようにするためなんだとか。
このカードは僕が生まれたばかりの頃に作ったらしいんだけど、その頃は言葉が分からなかったから、こんな物を作っていたなんて知らなかった。
このカードにはヴァーヘナル侯爵から僕に渡されたお金も入っているらしい。
正直、複雑な気はするけどお金に罪はないし、侯爵も最低限の配慮はしてくれたと考えれば、悪い気はしない。
「それで、いくら入ってるの?」
「白金貨1枚よ」
「――っ、は、白金貨?!」
金貨1枚が約60万円で白金貨は金貨が10枚、つまり600万円だ。子どもに渡すには多いと思う。
「……あの、母さん」
「そのお金はアルが自由にしていいお金です。養育費はわたしが持っていますから安心しなさい」
そう言う意味じゃなかったんだけど、でも、そう聞くと今まで思っていた侯爵の人物像に違和感を覚える。
お金と権力で女性を集めて子どもを生ませる。生まれた子どもが使えなければ放逐する。だけど、生活が困らないようにお金を渡す。
非道な人だとまでは思ってなかったけど、容赦のない人だとは思っていた。でも今の話を聞くと情の厚い人にも見えるし、機械的で無感動な人のようにも見える。
……まあ、会ったこともない人のことを考えても仕方がない。
白金貨1枚あれば苦労してルドを作ったりしなくても錬成盤を2枚か3枚は買えたかもしれない。だけど、そうなるとルドも物質化も覚えようとはしなかったかもしれないし、複合錬成陣なんて作らなかっただろう。
そう考えると、『お金に頼るだけではいけない』と自分を戒めることができる。
「それじゃ、帰ろう」
「アル、工房に行って作業状況を確認しますよ」
「……はい」
買い物で疲れたから帰りたかったんだけど、無理だった。
―[メルエスタット ガラス工房 リーン]―
ガラス工房で陣頭指揮を取っているエルドルスさんに会って進捗状況を確認する。
「こんにちは、エルドルスさん」
「マルティーネ様、ようこそお越しくださいました」
まだ資材が揃ってないから工事は始まってないけど、工房内に幾つかの資材は届いている。
改装工事を依頼したのはこの町で一番大きい建築工房で、資材が揃えば2週間ぐらいで工事が終わると言っていた。
「実験の結果はいかがでしたか?」
「普通に会話をすると外からでは声は聞こえませんでした。大声を出せば『何かを喋っている』といった程度には聞こえましたね」
建築工房の一室を使ってコアシートで防音ができるか実験をしてもらった。
「エルドルスさん、そのコアシートはどのぐらいの厚みの物を使ったんですか?」
僕は結果を聞くまで失念していたことを聞いた。
防音にコアシートを使うことを提案したけど、コアシートは用途に合わせて厚みが違う物が売っている。
コアシートは5mm間隔で厚みが違って、最も厚いコアシートだと5cmの物もある。
ちなみに、5cmのコアシートはお尻が痛くならないように馬車の座席に使われている。
「えっ、あぁ、5mmのコアシートだ。始めは1cmの物を使うつもりだったんだが、壁や天井に貼ると面積が広くてコアシートの自重で裂けると言われて、一番薄いコアシートを使ったんだ」
重量のことは考えてなかった。
コアシートは衝撃には強いけど切断には弱い。しかも、水分を含んでいるから重量がある。敷いて使うならともかく壁や天井に使うと自重で切れてしまうらしい。
これは、『改良の余地あり』だけど、それよりゴムを探した方が早いのかな?
いずれにしてもゴムは欲しいし、コア材も優秀な素材だからどっちも村に帰ってから研究してみよう。
伸縮性のある生地にゴムとコアシート、それに金属加工も研究したいし、錬金術や物質化のことも勉強したい。研究したいことがいっぱいで楽しみだ。
「そうね、一番薄い物でそれだけの効果があれば十分でしょう。ねえ、アル?」
「――?! うん。そうだね」
考えに没頭して返事をしてなかった。
それから、資材の調達状況や建築工房との予定をすり合わせてから僕たちは男爵家に帰った。
―[メルエスタット メルロー男爵邸 玄関]―
「おかえりなさいませ。おねえさま」
……この人のことをすっかり忘れてた。




