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第2話 流れ流れて田舎村

 今更だけど、『おまえは何者だ?』とか聞かれる前に、僕のこれまでの経緯を説明しておこう。


 まず、僕の家族と言えるのは、マルティーネ母さんだけだ。

 父親はヴァーヘナル侯爵家の当主らしいんだけど、会ったことがなければ名前を聞いたこともない。


 実は、この2人の間には愛も無ければ、政略結婚ですらない。


 きっかけは僕が生まれる3年前に王太子が結婚したことだった。


 王太子が結婚したとなれば、次は王太子の子どもが生まれる。

 そうなると、貴族たちは王太子の子どもと年齢の近い子どもを作って、婚約者や側近の立場を手に入れようとする。

 前後2才差までなら貴族学院で交流を持つことができるけど、何と言っても一番有利なのは同年齢(・・・)の子どもだ。

 同年齢なら、10才の社交界デビューも同じパーティに出られるし、学院の入学から卒業までを一緒に過ごせる。


 とは言え、必ず同年齢の子どもを作れるとは限らない。


 しかも、当時の侯爵は家督を継いだばかりで正室しかいなかったらしい。

 幸いにも嫡男は生まれていたから、あとは側室を入れて弟妹を増やせば良い状態だった。


 そんな時期に、王太子が結婚した。


 これに対して、侯爵は『側室を入れて子どもを作る』のではなく、『多数の愛妾を囲って、価値が高い子どもを生んだ愛妾を側室にする』と決めた。

 だけど、生まれた子どもには()()()()が必要になる。つまり、母親は貴族の血筋で能力の高い女性でなければいけない。

 そのため、侯爵は借金や難問を抱えている貴族家を探して、その中でも何かしらの能力が高い令嬢がいれば、金銭や助力の対価として令嬢をもらい受けることにした。


 その条件に合った貴族のうちの1つがカウペルス子爵家だった。


 当時、借金の返済に苦慮していた子爵に『娘を愛妾として侯爵家に渡せば、借金を肩代わりした上で無利子とし、返済期限を30年とする』と条件を提示した。

 その条件なら無理なく借金の返済ができると、子爵家の当主ボスマン・カウペルスが受け入れた。


 と、まあ、そうした経緯で僕が生まれたらしい。


 これは子爵家の人たちの話を()()()()してまとめた話だから、どこまでが本当なのか分からないんだけど。


 これだけだったら、母さんが側室にならなくても、愛妾と婚外子としていずれは侯爵家の子飼い程度の地位をもらえたかもしれない。

 だけど、生まれた直後に行われた検査で、僕の魔力から属性の反応がなかったらしくて、その報告を受けた侯爵は『欠陥品は侯爵家には不要』と言って、絶縁状を渡した上で、母さんと僕を子爵家に戻した。


 子爵家も、子どもを生んだ娘を子どもと一緒に送り返すとは思わなかったみたいで、困惑していたのを覚えている。

 ただ、侯爵家は『提示した条件を反故にはしない』と書面にて確約が付けられていたので、子爵家は母さんと僕を受け入れた。


 それから僕は子爵家で言葉と文字を覚えて、様々な本を読んで勉強した。

 ちなみに、自分が欠陥品だと知ったのもこの頃だった。


 子爵家に来た当初は『子爵家のためにその身と人生を犠牲にした』と同情的だったけど、いつからか『欠陥品の母』とか『侯爵に愛されなかった女』などの陰口がささやかれるようになった。

 さらに母さんが近くに居ない時は、僕に向かって『ゴミは捨てないのかしら?』とか『あんな母親では可哀そうね』とか言うメイドもいた。


 彼女たちの発言には腹も立つけど、そう言われる原因が自分だと思うと、怒れば良いのか謝れば良いのかも分からなくて、母さんには申し訳なく思っている。


 その後、3才までは子爵家で育てられたけど、ある日、祖父のボスマン・カウペルスが、母さんに縁談を持って来た。

 相手はどこかの商会の会長と言っていたけど、その時に母さんの隣りに座っている僕を見て『ソレ(・・)は孤児院に入れる』と言った。

 それを聞いた母さんは笑顔で『そうですか』と返事だけした。


 僕は『仕方がない』と思いながらも、やっぱり寂しかった。


 だけど、その3日後に母さんは子爵家と縁を切って庶民となり、僕を連れて子爵家を出た。


 自分が欠陥品だと知ってからは『いずれは捨てられる』と思っていたから、母さんが貴族の暮らしを捨ててまで僕の側にいてくれることを嬉しく思っている。


 だから僕は『母さんを幸せにしたい』と思った。


 だけど、母さんは母さんでわりと強かな(したたかな)性格をしていて、子爵家を出る前に、ヴァーヘナル侯爵家にまで絶縁状の控えを送って子爵家から手出しされないように抑止に使ったりしていたらしい。


 馬車の中で母さんが黒い顔で笑っていたのが怖……印象的だった。


 まあ、そんなことはさておき、話を続ける。


 ここはメルロー男爵領のヘルベンドルプと言う名前の辺境の村で、すぐ近くには未開地の森と山が広がっている。


 僕たちが住んでいる家は、築20年で2階建ての農家の家で、部屋は2階に2部屋と1階に2部屋あって、他にはダイニングキッチンと20畳ぐらいありそうな大きな土間の倉庫があって、その一部に地下冷暗所もある。

 1部屋が4畳から6畳ぐらいなのに倉庫が20畳もあるのは、農家ならではの家の作りだろう。

 あとは、湯船はないけど、家の外に板で囲われた水浴び場と水瓶が置いてあって、農作業の汚れを落とすことができる。


 そして、この家には僕と母さんの他に奴隷のステファナが住んでいる。


 ステファナはこの地を治めているメルロー男爵の奴隷で、形式的には母さんの護衛なんだけど監視の意味合いもある。

 これは、男爵との間に隔意(かくい)があるからとかじゃなく、僕たち親子が男爵領内で騒動を起こさないか監視する必要があるからだ。


 つまり、男爵にとって僕たちは、『元貴族で扱いが面倒な親子』ってところだ。


 監視兼護衛のステファナは、ウェーブのかかった炎の様な赤く長い髪で、凛々しい顔立ちだけど、顔の左側に額から顎にかけて傷跡があって、()()()は歴戦の猛者だ。

 だけど、彼女は元Dランクの冒険者で、強さで言えば『一般兵よりは強い?』と言った程度でしかないと言っていた。

 そんな彼女が護衛に選ばれたのは女性であることと、見た目が怖かったからだ。


 では、なぜ男爵が僕たちに護衛を付けるような事態になったのかと言うと、嫡男のトビアスさんが男爵の許可を得ずに、村に住む許可を出してしまったからだ。


 きっかけは、移住地を探す前にメルロー男爵邸を訪れたことだった。


 訪問した目的は、学院生時代の友人であるローザンネさんの出産を祝うためだった。


 その時のお茶会で母さんが『静かに暮らせる場所を探している』と2人に説明すると、トビアスさんが『それなら良い場所がある』と住む場所を格安で提供してくれた。


 だけど、普通は移住目的で他家の貴族が来たら、一定の期間は監視下に置いて様子を見るらしく、目の届かない離れた場所に住まわせることはないんだとか。


 ここら辺は男爵とトビアスさんの認識の違いがあって、トビアスさんは母さんがローザンネさんの友人であることと、既に庶民になっているので『庶民の移住』として制限を付けなかった。

 それに対して、男爵は()ではあっても『貴族の移住』と判断したってことだ。


 ここら辺は人によって判断が別れるらしいから、どっちが正解なのか、誰にも分からないけどね。


 そして、この村では『元貴族の令嬢』とか『男爵家と既知の間柄』とかは公表せずに、『良家の寡婦と護衛の奴隷』で通すことになった。


 そんな感じで、2年前からこの田舎村のヘルベンドルプに住んでいる。


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