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第19話 ガラス工房 リーン

「それで、どうします?」


 当初の予定ではオプシディオ商会の次はガラス工房に行くことになっていたんだけど、商会を出てからも尾行が続いたから、町中をフラフラと歩いて動向を確認していた。

 しばらく様子を見ていたけど離れる様子がないから、このまま工房に行くか、それとも男爵邸に戻るか決めてほしいと言ってきた。


「メガネを見れば素材がガラスであることは分かりますから、ガラス工房を隠すことに意味はありません」

「それじゃあ、ガラス工房でいいんですな?」

「はい、案内をお願いします」

「ええ、お任せください」



 ―[メルエスタット ガラス工房 リーン]―



 閉鎖されているガラス工房は、外壁の近くに他の工房と一緒に建てられている。

 このガラス工房は町の拡張時に臨時の工房として稼働していただけなので、拡張が終わったあとに閉鎖して領主である男爵家に買い上げられている。


「……ガラス工房、リーンですか」


 工房の左隣の建物は共同倉庫で、この周辺にある工房の人たちが素材を一時的に保管するために共同で借りているらしい。

 右隣には鍛冶工房があって、こちらは現在も閉鎖されている。


「あまり人が居ないのですね」

「そりゃあ、ここらは工房を集めた場所だからなぁ」

「住人はいない、と?」

「いねぇ訳じゃねぇが、工房の周辺はあんまり人が住まねぇからなぁ」


 鍛冶工房やガラス工房などの炉を使う工房の近くには人が住まない。

 どこでもそうだけど、火事が怖いし、鍛冶工房は音もうるさいから近くに住もうとする人は少ないらしい。


「それじゃ、アレは?」


 目についたのは鍛冶工房の物陰からこちらを覗いている2人の子どもだった。

 僕たちを珍しそうに見ているけど、近づいては来ない。


「……アル」

「あぁ、ありゃあ……孤児院の子どもだな」


 工房の周辺は土地も建物も安いから、孤児院を建てるのには都合が良いらしい。

 こちらを見ている子どもは痩せていて、つぎはぎだらけの服を着ている。


「……男爵様も援助はしてんですが、孤児院は無税なんで援助の金額を上げると他からの反発がでけぇんですよ」


 庶民の税金は人頭税が基本で5才以上は税金を納める義務がある。

 だけど、孤児に『税を納めろ』言ったところで、そんなお金を持っているはずがない。だから、孤児院にいる子どもは無税になっている。

 10才頃になると簡単な仕事をしてお金を貯める。そして13才になると孤児院を出て自活する。


「孤児の将来なんて、冒険者か娼婦かゴロツキか、ってところだからなぁ」


 もしも母さんが縁談を受けていれば、僕は孤児院に入れられていたはずだ。あそこにいるのは、『母さんに捨てられた僕』でもある。

 少しでも違えば僕はそこにいた。そう考えると罪悪感があふれて来る。そこに行かなかった『自分だけが助かった』という罪悪感だ。


 分かってる。自分が悪いわけじゃないし、母さんが悪いわけでもない。

 でも、……この気持ちは覚えておこうと思う。




「ディーデリックさんはここに人を近づけないように警備をお願いします」

「お任せください」


 母さんは尾行している人たちが工房に近づかないように、ディーデリックさんに外で警備を頼んだ。


 この工房は正面が店舗で奥に倉庫と工房があって、最奥に従業員の宿舎がある。


「ルジェナは炉の点検をお願いね」

「はいです」

「ファナ、アル、何か気になることがあったら教えてね」

「うん」

「分かりました」


 僕たちは店舗、倉庫、工房、宿舎の順に建物を確認していく。


 店舗はカウンターとガラス製品を並べる商品棚があって、カウンターの脇に倉庫に行くための両開きの扉がある。

 倉庫は図書館のように棚が並んでいて、通路は広めになっている。

 工房にはガラスを溶かすガラス炉と、ガラスの加工温度を保つ加熱炉があって、ルジェナが小さなハンマーで炉の壁を軽く叩きながら音を聞いて不具合が無いか確認している。

 最後の従業員宿舎は2階建てで6部屋あり、全てが1ルームになっていた。


 建物自体は年2回の掃除と点検をしていただけあって清潔に保たれている。

 店舗や宿舎の家具は全て撤去されているから買い揃える必要があるけど、家具を揃えればすぐにでも店が開けるような状態にはなっている。


「母さん、このお店を使うの?」

「建物もしっかりしていますし、始めは素材としてのガラスを売るだけですから、ここで十分でしょう?」


 ここはガラス工房であり、ガラス店でもある。

 ただ、透明なガラスを作る技術情報とレンズの情報を秘匿する必要があるから、この工房に部外者を近づけたくない。

 ガラスを買いに来るのはガラスを素材として扱う商会もしくはガラス工房だ。つまり、その人たちは技術情報を狙う人たちでもある。


「この工房に入れるのは関係者だけにした方が良いと思う」


 従業員には『情報を口外しない制約魔法』をかける予定になっているけど、これは『他者に情報を口外する』ことを禁じる魔法らしいから、ガラスの作り方を喋った時に近くに部外者がいれば、意図せずに情報を洩らしてしまうかもしれない。


 そうした危険性を説明して、さらに『関係者であっても、ガラス職人と錬金術師以外に技術情報を教えない』ことを徹底するべきだと伝えた。


「そこまですると不便ではないかしら?」

「そんなことはないと思うよ」


 技術情報は錬金術師とガラス職人だけが知っていれば困らないし、レンズの取り扱いは売る人が知っていれば良い。それ以外の人に情報を与える必要はない。


 あとは、部外者の出入りを禁じて、情報を抜かれないように気を付ければ良い。


「この工房では作るだけにして、ガラスは別の場所で売ってほしいです」

「分かりました。ですが、それはわたしたちが決めていいことではありませんから、提案しておきます」

「それと、建物も改修した方がいいと思う」


 次は工房の構造を指摘する。


 工房自体は倉庫と宿舎の間にあるんだけど、外壁の一部が外されていて出入りができる状態になっているし、宿舎から倉庫に行く時には工房を通るから作業風景がまる見えになっている。


 工房がそんな状態では情報が筒抜けになる。


 改装の方針としては、工房を壁で囲って外から入れないようにする。工房の一部を区切って倉庫と宿舎を繋げる通路にする。さらに倉庫を経由しないと工房に入れない構造にする。

 工房を完全に囲ってしまうと熱が籠もるから空調の魔道具を設置する。


 あとは、工房内の会話が外に漏れないように、防音対策を検討してもらう。


 防音結界の魔道具があると教えてもらったんだけど、魔道具から半径5mまでしか効果がないし、燃料の消費も激しいから常用できるものじゃなかった。


 そこで、コア材の『衝撃を吸収する特性』は音の振動も吸収してくれるんじゃないかと思い、コアシートを貼って防音できるか実験してもらうことになった。


「アルテュール様、炉は問題なかったです」


 ルジェナに点検してもらった結果、ガラス炉も加熱炉も不備はなかったそうだ。

 ただ、炉の内部を清掃して耐熱保護剤を塗り直す必要はあるらしいから、耐熱保護剤だけは発注する。


 建物の改装工事は建築工房に依頼するけど、炉の整備はルジェナがすることになった。

 錬金術の作業場は作業台と道具を整理する棚があれば十分だから、改装が終わってから用意する。


 工房の改装はこれで方向性が決まった。

 あとは設計図と改装計画書を提出すれば改装工事が始められる。


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