第17話 ゴーグルの改良
―[メルエスタット メルロー男爵邸 東屋 SIDE,アルテュール]―
母さんはトゥーニスさんと話があると言っていたから、僕たちは庭にある東屋に戻ってきた。
「ルジェナは分かる?」
「……分からないです」
「そっか」
「アル様、どうされたのですか?」
「いや、商会に付けられた護衛たちがまだ監視をしているか確認したかったんだけど、周りが見えないんだよね」
わざわざ、ここに戻ってきたのは、護衛たちが監視しているかどうかを知りたかったからだ。
この東屋は訪問者の待機にも使われるから門が近いけど、敷地は壁で囲われていて外が見えない。外が見えるのは鉄柵の門だけだ。
ルジェナなら『気配が!?』とか、『視線が!?』とか、分からないかな? と、思って聞いてみたんだけど、さすがに無理みたいだ。
もちろん、僕にそんなことを期待されても無理だよ?
「外に出て確認するです?」
「そこまではしなくていいよ。居なくても居るものとして対応するから」
簡単に諦めるなら脅しのようなことはしないと思う。
かと言って、貴族が絡んでいれば強行策は取れないだろうから、今の彼らにできるのは監視することぐらいのはずだ。
お互いに相手の出方が分からないから、今はにらみ合いかな。
それからしばらく今後の話をしていたけど、2人とも元冒険者だから、村に帰ったら素材の採集をしてくれると約束してくれた。
「アルテュール様、お食事の準備が整いました。お部屋へ移動をお願いします」
「はい」
食堂じゃなく部屋ということは、男爵家の人たちとは別に食事をするのかな?
―[メルエスタット メルロー男爵邸 客間]―
メイドに案内されて、部屋の中に入ると母さんが待っていた。
「母さん、お話しは終わったの?」
「ええ、細かいことは工房を視察したあとに決めますが、大筋は決まりましたよ」
「僕にできることはある?」
「そう、ですね。……今から話すことは秘密ではないですが、流布することでもありません、それを念頭に置いて聞くように」
そう言って、母さんが話したのは1つの村が壊滅した話だった。
その村は森に街道を通すための要所になる予定の村だったけど、鬼種の群れに襲われて壊滅してしまったらしい。
男爵家の財政が厳しくなったのはその所為だと。
母さんがこの話を聞かせたのは、なるべく早くガラス事業を稼働させたいからなんだとか。
「工房の設備はルジェナに任せます」
「はいです。お任せです」
炉の点検と修理はルジェナができるから任せることになった。鍛冶仕事から離れていたルジェナの勘を取り戻すにも丁度良い。
「では、食事にしますが、今後はあなたたちも一緒に食事をしなさい」
「ティーネ様?!」
「もちろん、家族だけの場合です。4人だけなのに食事を別にすると非効率と言いますか、食事は家族でするものですし、あなたたちは護衛ですから、食事はしっかり食べないといけませんし、……まあ、そんなところです」
母さんがしどろもどろになりながら話していたけど、最後には顔を赤くして話を締めくくった。
「――はい、ティーネ様」
「はいです。ついでにお酒があると嬉しいです」
母さんの言葉に調子に乗ったルジェナがお酒を要求しているけど、残念ながらその許可は母さんではなく僕が出すことになっている。
つまり、却下だ。
貴族の食卓では色々とマナーがあって面倒だけど、家族の食卓ならそこまで気にしないで済む。
母さんも食べ物を口に入れたままで喋ったりしなければ怒ったりはしない。
食事を済ませてから、ゴーグルとメガネの改良をすることにした。
みんなに見られながら物を作るのは始めてだから、ちょっと緊張している。
「ルジェナ、まずはゴーグルから直すよ」
「はいです」
ルジェナからゴーグルを受け取って、改良する手順を考える。
「……スライムのコアって魔石なんだよね?」
「そうです。でも普通の魔石と違って石みたいに硬くないです。だから魔石でなくコアと呼ばれるです」
表面は柔らかい膜で中身がゲル状の魔石。その中身が『衝撃を吸収する効果』を持っている。
ルジェナの装備に使われてるコアシート(コア材をシート状にした物)を確認したら結構硬かった。感触はテニスボールぐらいの硬さだった。
衝撃を吸収してくれるから防具に使うならそれでも良い。
だけど、ゴーグルは顔に密着するから、適度な柔らかさと密着性、それでいて滑らないようにする必要がある。つまり、発泡ゴムみたいな形状が理想だ。
「ルジェナ、コア材と硬化剤の比率は?」
「さっきので、コア材10gに対して硬化剤が3gです」
さっきのコアシートより柔らかくしたいから、比率は10対2で発泡ゴムみたいに穴あき状態で作ってみる。
まずは計量カップとボウルを作り、混ぜるための泡だて器と硬化させるための5cm四方の浅型のトレーも物質化する。
そしてコア材と硬化剤を計量カップで量ってからボウルに入れる、そして今度は物質化した麦粒を混ぜていく。
「アルテュール様、何で麦を入れるです?」
「ん? ……まあ、あとのお楽しみということで」
「ですか」
ルジェナががっかりしているけど、説明するより見てもらった方が早い。決して、面倒だったからじゃない。
混ぜたコア材を浅型トレーに流し込んで固まるまで待つ。
5分ぐらいで固まったようなので、全ての物質化を解いて出来上がったコア材を確認する。
「……失敗だ」
「柔らかいです」
コア材に物質化した麦粒を混ぜてから固める。その後、固まってから物質化を解けばコア材に空洞ができる。
手順はこれで良かったけど、空洞が大きすぎてスカスカになってしまった。
「麦粒は大きすぎた」
今度は麦粒よりもっと小さい胡麻粒を使ってもう一度作ってみた。
「……うん、硬さはこのぐらいでいいかな?」
「まだ、柔らかくないです?」
「指が軽く沈むぐらいでいいんだよ。硬いと擦れて赤くなるから」
これで、硬さが決まったからゴーグルに使うコア材を作る。
ゴーグルの形に合わせた容器を物質化する。
コア材と硬化剤に物質化した胡麻粒を混ぜて、硬化させる容器に入れてから固まるのを待つ。
「物質化って便利です」
「そうだね、その場でイメージ通りに入れ物とかを作れるから便利だよ」
錬金術も便利だけど、物質化は必要な物をその場ですぐに作れるから便利ではある。だけど、錬金術を行使するよりも魔力の消費が多いことが欠点だ。
「おのも覚えられるです?」
「かなりの魔力量と操作能力が必要なんだけど、ルジェナは?」
「……ドワーフは魔力が少ないです。――残念です」
「仕方ないね。それに道具があれば無くてもいい能力だからね」
「でも、片付け要らずです」
「あはは、確かにね」
物質化が解ければ消えるから、片付けの必要はない。
一番重宝しているのは錬成陣を描くルドだけど、物質化では計量カップや計量スプーンに素材を混ぜるボウルやヘラなども作れる。しかもイメージ通りに作れるから、長さや分量を正確に測れるのが助かる。
「そろそろ、良さそうだ」
幅が1cmで厚みは3cm、鼻に当たる部分は少しだけ凹んだ形になって圧迫しないようになっている。硬さは軽く押すと指が半分程度沈む硬さだ。
「うん、上出来だ。今後、この空洞のあるコア材を『発泡コア』と呼称します」
「発泡コアですか? 泡は関係無いですが?」
…………。
「まあ、そこは雰囲気ってことで」
「アルテュール様は……適当です」
ルジェナが失礼なことを言っているけど、それはスルーして作業を続ける。
フレームに取り付けてある革を外して、代わりに発泡コアをゴーグルに取り付けて完成した。
「どんな感じ?」
「えっとですね。革の時とは違って動いてもズレる感じはしないです」
「じゃあ、しばらくはゴーグルを使って検証していこう」
「はいです」
見た感じでは大丈夫そうだけど、使ってみて不具合が見つかることもあるから、しばらくは検証を続けることにする。
「メガネもちょっと手直しするから借りるよ」
「手直しです?」
「うん、ちょっとだけね」
メガネのフレームに鉄を使うとアレルギーの心配もあるし、コーティングが必要かもしれないから、念のために銀で作ってある。
作った時はメガネの形状にしただけだったから、今度は丁番を作って折りたためるように錬金術で作り直して、パッドも革から硬めのコアシートに取り換えた。
メガネの形状を変えようと思ったけど、見慣れると可愛いからそのままにした。
最後にメガネ用のケースを作る。
メガネケースは木製だけど、今回はちょっと工夫して錬金術で木材を圧縮して強度を高めることにする。
まずは、錬金術で木材に加圧をかけて圧縮する。
次に切削を使って、厚さ3mmで20cm×7cmの長い板を4枚作って、そのうちの2枚には蓋をスライドさせるための溝を彫っておく。
さらに両脇用の3cm×7cmの板と3cm×6.7cmの板を作る。
パーツが出来たら、木組みを使って筆箱のような長方形に組み上げて、蓋は少しだけ低くした方から溝に沿って横からスライドさせる。
最後に箱の中に薄いコアシートを敷いて、メガネを保護するメガネケースが完成した。
「良し、こっちも完成」
「……アルテュール様を見ていると、鍛冶師は要らない気がするです」
「でも、錬金術だと刃物は作れないんだよね」
「作れないです?」
「うん。形は作れるんだけど、全く切れないんだよ」
始めに疑問に思ったのは、畑の草取りで鎌を物質化した時だった。
鎌の形にはできるのに草が切れなかった。
その出来事があったから、もしかしてと思って、メガネを作ったあとにナイフを作ってみたら、鎌の時と同じように切れなかった。
成形では一定以下の精度が出せないから、鋭い刃物が作れないんだと思う。
「それって、錬金術で砥げないです?」
錬金術で砥ぐ。
技法図式に切削があるから削ることはできるけど、それは研磨とは違うかもしれないし、砥石で砥ぐのとも違うかもしれない。
「……それは、試してみないと、何とも言えない」
 




