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第15話 ステファナの過去

 僕たちが知らないステファナの過去。


「その様子では言ってないようだな」

「何か事情があるのですか?」

「まあ、事情と言うより、経緯だな。……ステファナは終身犯罪奴隷なのだよ」

「――?! そう、だったのですか」


 犯罪奴隷には3種類があって、他者に軽度の怪我を負わせたり、窃盗や器物損壊などの軽微の犯罪だった場合には、3年から10年の軽犯罪奴隷に処される。

 次に他者に重度の怪我を負わせたり、意図せず死に至らしめた場合には、10年から30年の重犯罪奴隷に処される。

 最後に自分の意思で他者を死に至らしめた場合には、死ぬまで解放されない終身犯罪奴隷に処される。


 つまり、ステファナは『自分の意思で人を殺した』ということだ。


「では、閣下はなぜステファナを?」


 貴族は死ぬ危険がある事態が起きた場合に使い捨ての駒にする目的で犯罪奴隷を購入することが多い。

 だけど、ステファナはそんな扱いを受けているようには見えない。


「……まぁ、同情だな」


 ステファナは思い出したくないのだろう、何かに耐えるように左手で右手を握りしめている。


「言いたくないのは分かるが、おまえを望んでいる人に対して黙っているのは不誠実ではないか?」

「閣下、何も無理に聞かなくとも」

「そなたも側に置きたいなら知っておいた方が良い」

「……そうですね」


 母さんはソファーから立ち上がってステファナの前まで行くと、そっとステファナの両手を自分の両手で包み込んだ。


「わたしは子爵家を出てもやっていけると思っていました。それなりのお金もありましたし、アルも聞き分けが良くて賢い子でしたから大丈夫だと思っていました。ですが、実際には料理も洗濯もできずファナが助けてくれなければ、食事もままならない生活をアルに()いてしまうところでした」


 村で暮らし始めた頃は母さんは家事が全くできなくて、ステファナが全ての家事をしていた。


「ファナは護衛ですから、そんなことをする必要はなかった。それでも、わたしに家事を教えて畑仕事も手伝ってくれました」


 母さんはステファナから家事を教わりながら、村長さんに畑仕事を教わって疲れ果てるまで働いていた。


「いずれ閣下の元に戻ることになりますから、安易に踏み込まないようにしていました。ですが、わたしはファナに感謝と同時に家族のような絆を感じています」

「ティーネ様……」

「わたしの所に居たくないと言うならそれでも構いません。ですが、ファナがわたしと居ても良いと思うなら、事情を話してくれませんか?」


 母さんがそんなことを思っているなんて知らなかった。


「…………分かり、ました、……お話し、します」


 それから、ステファナは自分が奴隷になった経緯を話した。


 ステファナの父親は冒険者で母親は冒険者ギルドの受付嬢だった。

 両親が結婚してから5年後にステファナが生まれ、さらにその3年後に妹のフィロメナが生まれた。

 しかし、ステファナが10才の頃に父親が依頼から帰らず、パーティメンバーの全員が行方不明となったことで、『依頼の失敗による全滅』と判断された。


 その後は母親と姉妹の3人で暮らしていたけど、今度は母親が体調を崩して病を患ってしまう。

 治癒ポーションを使ったことで病は治ったけど、それによって失った体力はすぐには戻らない。だけど、働かなければ2人の子どもを食べさせることができないから、すぐに仕事に戻る。そして、弱った体で無理をしてまた病に罹る。


 そんな生活を繰り返していた。


 だけど、いくら治癒ポーションが庶民が買える程度の値段と言っても、買い続けるにも限度がある。

 次第に生活が苦しくなり、食費を切り詰めるようになった。


 そこで、家族を支えるために、ステファナは13才で冒険者になった。


 その頃のステファナは成人前だったこともあって、危険の少ない低賃金の仕事しか受けることができず、小間使いのような仕事を続けて家族を支えた。


 しかし、母親は次第に治癒ポーションでも回復できなくなって、結局はステファナが15才の時に亡くなってしまった。


 母親が亡くなって姉妹2人で暮らし始めてから3年後、ステファナはDランクの冒険者になり、フィロメナは小さな商店の店員になっていた。

 そして、フィロメナはその商店の息子と交際していて、ステファナに『結婚して一緒にお店を大きくするんだ』と、楽しそうに将来の夢を語っていた。


 だけど、その半年後にフィロメナはスラムの男たちに性的暴行を受けた上で殺された。


 この事件は『フィロメナが1人で自らスラムに行った結果の事件』とされ、最終的に犯人が捕まることもなく調査は終了した。


 これに疑問を持ったのは姉のステファナだ。


 そもそも、フィロメナが1人でスラムに行くことがおかしい。

 冒険者で剣士のステファナでさえ1人でスラムに行くのは怖い。それなのに商店の店員でしかないフィロメナが1人でスラムに行くはずがない。


 疑問を持ったステファナはハンターと呼ばれる犯罪者を狩る冒険者を通して、スラムを根城にしている情報屋に調査を依頼した。


 そして、最初の調査報告でフィロメナを殺したのが、スラムで片付け屋と呼ばれる男だと分かった。

 この片づけ屋とは男女のトラブルになった時に、依頼人からお金を貰って、トラブルになった相手を始末(・・)する仕事だと情報屋は言った。


 その男が犯人だと分かった理由は、当時フィロメナが着ていたお店の制服をスラムのお店に売ったことが分かったからだ。


 これで実行犯は分かった。

 だけど、スラムの住人の証言は証拠として扱われないから、このことを衛兵に伝えても片づけ屋を捕まえることができない。


 それに、依頼者が()()確定していない。


 その後も調査を続行してもらったけど、スラムの住人は書類の受け渡しなんてしないから、決定的な証拠が出てこない。


 依頼者の推定はできている、だけど証拠が見つからない。


 調査を始めてから3ヵ月が過ぎた頃に情報屋が1つの情報を報告しに来た。それは、『フィロメナが妊娠していたかもしれない』という情報だった。


 情報屋は調査が行き詰まったことで、調査の方向を変えてフィロメナの行動を調べることにした。

 その結果、フィロメナが殺される少し前に薬師から『吐き気を抑える薬』を購入していたことが分かった。

 だけど、本当に妊娠していたのかは、フィロメナが死んだことで分からなくなってしまった。


 それからは調査対象を絞って調査を続け、ついに決定的な言葉を聞くことができた。

 調査対象の男、つまりフィロメナの恋人は()()()との結婚を控えて、友人たちと酒場で宴会をしていた。


 その時に男は、『フィロメナが妊娠したと言って来た時は鳥肌が立った。あんな見た目だけで金にならない女と誰が結婚するか!』と言った。


 罪に問うための証拠は見つからなかったけど、情報屋からこの発言を聞いたステファナは全ての調査を打ち切って、元恋人の男を拉致して()()話を聞いた。


 そして、フィロメナが殺された経緯を知った。


 その男には婚約者がいて、元々フィロメナと結婚する気はなかった。

 遊びのつもりで何度か抱いただけで妊娠してしまい、婚約者に知られることを恐れて片づけ屋に依頼して殺させた。


 手口は、『息子がスラムの住人に絡まれて捕まった、謝罪金を渡せば解放すると言われた』と店主が言い、フィロメナにお金を届けるように頼んだ。

 そして、1人でスラムに来たフィロメナに『怪我をした恋人の所に連れて行くから、連れて帰れ』と言って、スラムの中に連れ込むと、待ち構えていたスラムの男たちに襲われて殺された。


 つまり、依頼者は元恋人とその父親だと分かった。


 この事実を衛兵に伝えても、物的証拠は無く、情報の提供者がスラムの情報屋では証拠として扱ってもらえない、本人が証言を覆せば罪に問えない。


 ……だから、ステファナはフィロメナの元恋人と共謀した父親の店主、そして実行犯の片づけ屋の男を殺した。


 捜査能力の高い日本だったならまだしも、この世界の雑な捜査では、罪に問えない事件も多いだろう。


 やるせない。


「ファナは復讐を遂げられて、嬉しかったですか?」

「――っ!」


 母さんの言葉にステファナは目を閉じ、そして、ゆっくりと首を横に振った。


「後悔していますか?」

「……後悔は、してません。でも、それで良かったのかは、わからない、です」

「それで十分です。どのみち答えは出ません」


 人は『復讐は何も生まない』とか『復讐しても浮かばれない』とか言うんだろうけど、そんな言葉に意味はない。

 殺された人の気持ちも、奪われた人の気持ちも本人にしか分からない。

 だから『自分を捨てる覚悟があるなら、復讐すればいい』と思う。


「ファナにはこの先もわたしの側にいて支えてほしいと思っています」

「……良いのですか、……私は私怨で人を殺した犯罪者です」

「構いません。復讐は正義でも悪でもありません。ただ、復讐の理由に他人を使ってはいけません」


 復讐の理由に、『誰かのため』や『誰かの所為』を使ってはいけない。全ての理由は自分の中にあるんだから。


「ファナ、わたしの側に居なさい」

「――っ、はい!」


 母さんが凛とした態度で優しく命じた。


「話はまとまった様だな。そなたらがそれで良いと言うなら、ステファナをマルティーネ嬢に譲渡しよう」

「閣下、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 ステファナが奴隷から解放されることはないけど、家族のように一緒に居られたら良いと思う。


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