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第12話 怖いものは怖い

 オプシディオ商会から護衛として付いて来たのは、最初にお店で対応した若い店員と短剣を装備した剣士だった。


「坊ちゃん、次はどっちですか?」

「左です。そのまま大通りに出ます」

「そうですか、わかりました」


 店員が先導してその次に僕とルジェナが歩き、最後尾を護衛の剣士が歩く。

 見た目は護衛の様だけど、見方を変えれば誘拐中にも見える。背後に武器を持った人がいることが、こんなに怖いとは思わなかった。


 オプシディオ商会から宿屋に戻るには遠回りだけど、今の行き先は別だ。


「あとは真っすぐだよ」

「えっ、こっちはちょっと」

「大丈夫だよ、僕たちここを通って来たんだから」


 目的地まではあと少し。だけど、どうやって中に入れてもらうか。


「そこで止まれ!」


 2人いる門衛のうちの1人がこちらに気が付いて、僕たちに動かないように命令をしてから近づいて来た。


「ぼ、坊ちゃん、本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ」


 先導していた店員がなぜか僕の後ろに移動した。『護衛が護衛対象の後ろに隠れるな』とは思ったけど、そこはスルーしておく。


 それより、今は門衛に対応しないと。事前に約束をしてないから、下手をしたらこのまま捕まる可能性もある。……いや、捕まるのも()()かな?


「何用でここに近づいた?」

「こんにちは、僕はマルティーネの息子のアルテュールです」


 近づいて来た門衛が槍の穂先を向けながら目的を聞いて来たから、僕は右手を上げてなるべく子どもらしく挨拶を返した。


「ん? ああ、昨日の子か。だが、マルティーネ様とステファナはどうした?」


 良かった、昨日と同じ門衛で僕のことを覚えていてくれた。

 門衛と話を続ける前に、護衛と称している2人に帰ってもらわないと。


「ここまで護衛ありがとうございます」


 僕は振り返ってお辞儀をして『護衛はここまでで良い』と伝えた。


「んっ、あ、ああ、そうだね。無事に送り届けられて良かった。そ、それじゃあ、私たちは失礼するよ」


 店員は困惑している様子だったけど、男爵邸の前で何かをできるはずもなく、そのまま離れて行った。

 とりあえず、2人には帰ってもらえたけど、見張っている可能性もある。それも目的かもしれないから。


「……あいつら、どうしたんだ?」

「えっと、そのことも含めて、トビアス様にお願いがあって来ました」

「は? トビアス様に?」


 まあ、そうだよね。子どもが男爵家の嫡男にお願いしたいと言ったところで、普通は取り合ってもらえない。

 でも、この門衛が母さんのことも知っているなら、話を通してくれるかもしれない。


「はい。それに母さんとも合流したいんです。だけど、ルジェナは彼らに知られているから、母さんを呼びに行かせることができないんです。誰かに呼びに行ってもらうことはできませんか?」


 監視が付かなけば、宿屋に帰ってから母さんに話してどうするか決めたけど、あの人たちを連れて宿屋に帰ると、夜が怖い。


「……何やら、ただ事ではなさそうだが、私では判断ができない。確認してくるからここで待ちなさい」

「はい、お願いします」


 門衛は僕たちを門の前に残して男爵邸の中に入って行った。


「アルテュール様、これからどうするです?」

「……あんまり頼りたくなかったんだけど、男爵家に守ってもらわないと、危ないかもしれない」

「それは、おのも思ったです。……でも、そのわりには平然としてるです」

「怖がってると思われたら、何をされるかわからないからね。必死で笑顔を作ってたんだよ」


 脅せば済むと思われたら、武器を突きつけて交渉してくるだろうし、そうなったら、ルジェナ1人で僕を守り切れるか分からない。


「待たせた。執務が終わったら会ってくださるそうだ。それとマルティーネ様の迎えには馬車を出すと仰っていた」


 戻ってきた門衛の人が結果を教えてくれた。

 取り合えずここまでは何とかなったから、あとは交渉をどうするか。


「分かりました。それで僕はどうすれば良いですか?」

「東屋で待っていてくれと仰っていた。私が案内する」

「分かりました、お願いします」



 ―[メルエスタット メルロー男爵邸 東屋]―



 東屋でしばらく休んでいたら、男爵家のメイドが昼食を持って来てくれた。

 外で食べやすいように、コッペパンに肉や野菜を挟んだサンドイッチと芋と肉の入ったスープ、最後に果物のデザートまで出してくれた。


「ごちそうさまです。美味しかったです」

「お口に合ってなによりです」


 ルジェナにも食事を出してくれたけど、パンが2つと水だけだった。奴隷だから仕方がないんだろうけど、こういうのを見ると嫌な気持ちになる。

 とは言え、ここは男爵邸でルジェナに食事を出してくれただけでも、感謝するべきなんだろう。


「アル!」

「――っ、母さん」


 昼食が済んで、うつらうつらと微睡んでいたら母さんが来た。

 半分ぐらい意識が寝ていたから、突然の声に驚いて飛び上がった。


「アルが男爵邸に居ると聞かされて、本当に心配したのよ?」


 買い物を済ませたらすぐに宿屋に戻る予定だったのに、男爵邸から迎えが来て驚いたんだと思う。


「ごめんなさい」

「無事で良かったわ」


 母さんに抱きしめられると『帰る場所に帰って来られた』と安心する。

 錬金術が使えるようになって調子に乗っていたんだ。何でもできると勘違いをしていた。だけど、自分が戦えない無力な存在だと思い出した。


 恐怖で鳥肌が立って手が震える。前世の記憶があっても怖いものは怖い。


「っ……、ぅ……」


 僕は母さんにギュッと抱き着いて声を押し殺して泣いた。


「ぅ……」

「大丈夫よ、アル」


 情けない。そうは思うけど抑えきれない。

 母さんに抱きしめられて、少しずつ落ち着いていくのが分かる。


「……母さん」

「もう、大丈夫?」

「う、うん」


 落ち着いたから母さんから離れようとしたけど、母さんは放してくれず、膝の上に座らされてしまった。


「あの、母さん?」

「こんな時ぐらい甘えていなさい」

「……うん」


 ちょっと恥ずかしいけど、母さんの膝の上から脱出するのは諦めた。そして、そのままの体勢で今日の出来事と男爵邸に来た理由を話した。


 本当は男爵に交渉した方が良いんだけど、突然来ても交渉どころか会うこともできないと思う。

 それはトビアスさんも同じだけど、母さんとローザンネさんの関係があるから話ぐらいは聞いてもらえると思った。


 男爵邸に逃げ込んだことで監視役からは逃げられたけど、このまま放っておくわけにはいかない。

 作成者のことを言う訳にはいかないし、メガネの情報を渡しても情報が洩れないように口を封じに来るかもしれないし、捕まって監禁されるかもしれない。


 考えすぎのような気もするけど、取引に脅しを混ぜてくるような商会は信用できない。


「(母さんは、男爵家の人たちのことをどう思う?)」


 聞かれてはいないと思うけど、小声で質問する。


「(そうねぇ。男爵閣下は伝統を重んじているけど、かと言ってそれに縛られる人でもないわね。奥方様のユリアンナ様は家庭的で良妻賢母と言ったところね。トビアスさんは真面目が過ぎるのと人に対する警戒心が薄い傾向があるわ。ローザンネさんは騎士爵家の出身で正義感が強くて武に秀でてるわ)」


 聞いた限りだと、貴族としては少し緩いけど人間性は悪くない。でも男爵以外は貴族の駆け引きが苦手なタイプかな?


「(母さん、良い?)」

「(他に当てはありませんから、仕方がありません)」


 巻き込むのは心苦しいけど、その分は利益で返すから許してほしい。


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