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第11話 オプシディオ商会

 部屋で開催した歓迎会は、ステファナも交えて盛り上がった。


 ルジェナはメガネでしっかりと見えるようになった上に、前払いでお酒を飲ませたことで、『忠誠を誓います!』とか言い出した。安上りな忠誠だと思った。

 ステファナはお酒を飲まなかったけど、楽しそうに皆を見ていた。

 母さんも久しぶりのお酒で、飲み過ぎてしまったみたいだった。


 二日酔いで寝込んでいる母さんをステファナに任せて、僕はルジェナを連れてコア材などを買いに素材を扱う商会にもう一度行く。


「久しぶりのお酒は美味しかったです」

「いつから飲んでなかったの?」

「最後は奴隷になる前ですから、1ヵ月ぐらいです」


 ルジェナは『お酒を飲めないのは苦痛です』と言っていた。

 昨日は母さんと2人で結構な量のお酒を飲んでたけど、ルジェナには少なかったのかもしれない。


 そんな風に2人で雑談をしながら歩いていると、ルジェナが視線を浴びる。

 彼らはメガネのことを知らないから、おかしな仮面(マスク)をしているように見えるらしい。ルジェナを見て首を(かし)げてから通り過ぎて行く。


「……おかしいです?」

「大丈夫。見慣れてないだけだよ」

「ですかね?」


 正直なところ、ポニーテールと丸メガネのセットが可愛いから見られているんじゃないかと思っている。

 そう遠くないうちに、ファッションとしてメガネが浸透する日がくるだろう。



 ―[メルエスタット オプシディオ商会]―



 商会に到着すると、店員にもメガネのことを聞かれたけど、わざわざ説明する気はないから、子どもらしい口調で『コア材と硬化剤を買いに来ました』と言ってスルーした。


「あの、坊ちゃん?」

「なに?」

「彼女が着けてるのは何ですか?」

「う~ん。……内緒?」

「ははは、そうか~、内緒か~。教えてくれたらお菓子をあげるよ?」


 子どもだと思って軽く見てる。まあ、子どもっぽくしてるから仕方がないけど。


「おじちゃん。お菓子で買い物はできないんだよ?」


 僕は『やれやれ』といった仕種で店員に返事をする。


「ぇ……いや、――っ!」


 店員は僕の言葉を聞いて不思議そうな顔をしたけど、ルジェナを見てからもう一度僕の方を見て姿勢を正した。


「申し訳ありませんでした」

「おじちゃん、コア材を10個と硬化剤を1kgください」

「……わかりました。すぐにお持ちします」


 ……何だか変な反応をされたけど、買い物ができればそれで良い。


「お待たせしました」

「えっと、誰?」


 さっきの若い店員とは別の口ひげを生やした年配の店員が商品を持って来た。


「先ほどは店の者が失礼なことを申しまして、誠に申し訳ございませんでした」


 子どもに対しても丁寧な言葉使いで謝罪をしている。さっきの店員の上司だろう。面倒な事にならないと良いけど、……もう手遅れかな?


「できましたら、商談室の方でお話しさせていただきたいのです」

「僕はお買い物に来ただけだよ?」


 ささっと買い物を済ませて帰りたい。


「そう言わずに、……ここでは落ち着かないでしょう?」


 店員はそう言ってから周囲に視線を巡らせる。


 確かに視線が集中しているのが分かる。ってか、ガン見されてる。

 このまま、買い物をして帰ったら何が起きるか分からない。交渉に来るならともかく、武力行使されたらルジェナ1人で対応できるか分からない。


 乗った方が良いのかそれとも拒否した方が良いのか、知識はあっても経験が足りないから、僕には判断がつかない。


「……いいよ」

「ありがとうございます。それではこちらへ」


 結局、僕にできるのは問題を先送りにすることだけだ。


 商談室に着くとルジェナに室内の安全を確認させてから中に入った。

 僕は勧められたソファーに座って、その後ろにルジェナが護衛として立つ。

 店員が対面に座ってベルを鳴らすと、メイドがお茶とお菓子を用意した。


「改めまして、私はオプシディオ商会メルロー支店の店主をしております、ヘイスベルトと申します」

「――っ、僕はアルテュールです」


 まさかの店主登場だった。さすがにこれはおかしい、5才の子どもに対して出て来る役職じゃない。


「まずは、こちらのコア材と硬化剤は先ほどのお詫びとしてアルテュール様に差し上げます」

「いいの?」

「ええ、()()()ですから。どうぞお納めください」

「ありがとう」


 まずは、不実の是正をしてきた。

 コア材は1個銅貨1枚で銀貨1枚分、それと硬化剤が1kgで銅貨5枚って聞いたから、あの程度のことに対する謝罪としては過分なくらいだろう。


「できましたら、彼女の仮面(マスク)についてお聞きしたいのですが?」

「さっきの人にも、『内緒』って言ったよ?」

「ええ、存じております。ですが、彼女はルジェナさんですよね?」

「――?! 知ってるの?」


 この店に来てからルジェナの名前は呼んでないし、極力話さないように指示してある。なのに、なぜこの人は名前を知ってるんだ?


「ええ、商売柄、優秀な職人(ドワーフ)を手に入れたいのですが、彼女は目が悪く使い道がなかったので購入はしなかったのです」


 なるほど、目が悪くて使えなかったルジェナが護衛として店に現れた。しかも、目を覆う仮面(メガネ)をしていたら、ただのガラスじゃないことぐらいは分かる。

 素材も銀のフレームとガラスのレンズだけだ。素材と効果が推察されているなら、いずれは模倣される。


 それならメガネの情報は売った方が良いのかな?


 いや、それを判断するのはまだ早い。相手の望みを知るために、もう少し情報を与えて様子を見よう。


「ルジェナ、見せてあげて」

「――っ、分かったです」


 ルジェナにメガネを見せるように言うと、少し表情を暗くしてメガネを渡した。

 このメガネは間に合わせで作った物だから、折り畳めるようには作ってない。取り合えず見えるようにしただけの物だ。

 彼はレンズやフレームを念入りに観察してから、納得した様子でルジェナにメガネを返却した。


「なかなか面白い物ですな」

「そっかー、良かったね」

「ええ、それで、こちらはどこで手に入りますでしょう?」


 なるほど、知りたいのは入手先か、でも、僕が作ったからどこにも売ってないんだよね。かと言って、『僕が作りました』なんて言っても信じないだろうし、むしろ信じられた方が危ない。


「お店には売ってないよ」

「でしたら、どうやって手に入れたのですか?」


 真実、虚偽、黙秘、どう答えるべきか。


ある人()がルジェナに作ってあげたの」

「ある人、ですか。私にその方を紹介していただけないでしょうか?」


 しつこい。わざわざ『ある人』って言っている理由ぐらい分かるだろうに。


「その人のことは秘密なんですよ?」

「そのように無下にしないでください。その方を私に紹介してくだされば、こちらを差し上げます」

「これは何?」


 彼が出してきたのは、名刺サイズの金属製の黒いカードだ。


「このカードは当商会で商品を購入する際に、1割引で購入できる商会カードでございます」


 割引カードの目的は、客の囲い込みが目的だろうけど、それにしても1割引きは大きい。資材は値段が高い物もあるから割引額もそれだけ大きくなる。


 いや、待て、違う。誰だって5才の子どもが大量に購入するとは思わない。


 実際に僕にはお金があるわけじゃないし、そこまで買い物をすることもない。

 今日買いに来たコア材と硬化剤は合わせても銀貨2枚以下だから、これの1割なら銅貨2枚にならない。昨日の買い物が金貨2枚だったから割引額は銀貨2枚。

 交渉のカードとしては、投げ銭程度の価値しかない。


 まあ、いくら積まれても教える気はないけど。


その人()のことは秘密にする約束なんです」


 商会カードを押し戻して、『教える気はない』と示す。


「ですが、皆が興味を持つ物を彼女だけが持っている。となれば……ねぇ」


 まずい、交渉に脅しを混ぜてきた。

 だけど、この人の言葉も事実だ。さっき店内にいた人たちが、僕たちが店を出るのを待っているかもしれない。

 かと言って、この人に情報を渡すのは危ない気がする。


 となれば、危険を承知で逃げるしかない。


「僕にできるのは『ヘイスベルトさんが知りたがっている』と、伝えることぐらいですよ?」

「……分かりました。それで、いつ交渉できますかな?」

「さあ? 僕が決めることじゃないから、分からないよ?」

「時間は何時でも構いませんので、『()()にお話しをしたい』と伝えていただけますでしょうか?」


 これで、時間は稼げる。母さんに相談してすぐに何とかしないと。


「分かりました、伝えておきます。じゃあ、僕たちは帰ります」

「ああ、お待ちを。帰り道は危険ですのでこちらで護衛をお付けしましょう」

「いえ、ここまで2人で来たんだから大丈夫ですよ?」

「世の中()()あるか分かりませんからね。何事も用心ですよ」


 外の待ち伏せも危ないけど、監視役も危ない。泊まっている宿屋が知られると気を抜く暇もなくなる。

 これは本当にマズイ事になった。


「わかりました。ルジェナ、帰ろう」

「はいです」


 母さんには怒られるかもしれないけど、行くしかない。


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