第1話 転生したら欠陥品でした
「ふぁぁぁ~、……ぁぁ、…ねむい」
寝起きに大きな欠伸を1つ。
起きたら屋外に置いてある水瓶から水を汲んで顔を洗う。それから体操をして体をほぐす。ここから僕の1日が始まる。
「はぁ、……まだ5才、か」
僕の名前はアルテュール、猫がおいしく食べそうな名前だけど、偶然だ。
この世界に転生してから5年、いまだに驚くことが多くてちょっと疲れる。
一応、前世が日本人だったことは覚えているけど、名前や年齢とかの個人的な部分は思い出せない。ただ、男だったことは分かってる。
そりゃあ、お風呂とかトイレとかは男の方だったから、それぐらいは分かる。
生まれた時は状況も言葉も分からなくて焦ったけど、『すわ! これが噂の転生か!』と叫んで……いや、実際には『ぎゃ、おんっぎゃぁー』ってなってたけど。
それから『僕にはどんなチートが?』と思って色々と試してみた。ステータスなんちゃらー、とか本当に、もう色々、試したんだよ?
で、その結果、チートどころか欠陥品だったんだ。
初めて母さんが魔法を使うところを見た僕は『魔法には魔力が必要だ!』と、まだ言葉も分からないのに頑張って魔力を探した。
そして魔力を見つけてからは、ひたすら魔力を増やしていた。
だけど、魔力の訓練を始めてから2年後、言葉が分かるようになった頃に、僕は魔法が使えないと知った。
この世界の人は魔力を持っていて、その魔力には属性が存在する。
属性は火、風、水、土の自然属性と光、闇の光陰属性があって、誰でも1つ、普通は2つ、優秀なら3つの属性を持っている。まれに4属性以上持っている天才もいる。
そして、持っている属性の魔法を使うことができる。
せっかくそんな世界に転生したのに魔法が使えない。
絶望だった、前世の僕は『30才、童貞』をクリアしてなかったのか……と。
まぁ、それは冗談だけど、魔力を増やしたり操作の訓練に費やした努力を無駄にするのはもったいない。
そんな訳で他の使い道を探した結果、錬金術を見つけた。
でも、この世界の錬金術は想像していたのとは違って、物質の抽出や加熱に成形なんかの加工技術を魔力で行使する『総合生産魔法技術』とでも呼ぶべきものだった。
イメージ的には、『加工機械の代わりに錬金術がある』と言ったところかな?
これを知った時は『錬金術、すげぇ』とか思ったんだけど、現実はそう甘くなかった。
錬金術を始めるには錬成盤や錬成釜と呼ばれる道具が必要なんだけど、これが高額で簡単には買えない。
一番安い錬成盤ですら金貨3枚はかかるし、錬金薬を作るのに必要な錬成釜なんて、最小の物でも白金貨2枚もかかる。
ああ、ちなみにこの世界の貨幣は十進法で、種類は鉄貨、青銅貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖金貨の7種類に分けられている。
去年の収入が金貨5枚ぐらいで、1年間の出費が金貨3枚ぐらいだったから、そこから計算すると、金貨1枚がだいだい60万円ぐらいになるかな?
そうすると、年収300万円で出費が180万円ぐらいってところだと思う。
つまり、錬成盤は180万円で錬成釜は1200万円ってことだ。
しかも、加熱、冷却、成形などの錬成盤を別々に購入する必要があるから、最終的にいくらかかるか見当もつかない。
と、まあ、錬金術にかかるお金についてはそんなところだ。
じゃあ、そんな道具を買えるってことは『金持ちの職業?』と聞かれるとちょっと違うらしい。
錬金術師の大半はポーションと呼ばれる錬金薬を作っているんだけど、薄利多売の傾向が強くて、高価な錬金薬を作れない錬金術師は錬成釜の元が取れるまでに10年以上かかる事もあるらしい。
つまり、錬金術は『そんなに稼げない』ということだ。
しかし、いくら稼げないと言っても錬金薬は必要になる。かと言って、価格を上げれば錬金薬を買えない人が増える。だから、領主が錬金術師を援助して錬金薬の流通を増やして価格を抑えている。
で、援助するなら他人より家族ということで、領主家や親族の家で爵位を継がない子どもを錬金術師にして援助している訳だ。
貴族家の一員なら能力に問題はないだろうから、容易に錬金術師にすることができて都合も良い。
その結果、錬金術師は爵位を継がない貴族の次男や三男が就くことが多い職業になった訳だ。
ここまでくると、お金も属性もなければ『錬金術は無理』って思うでしょ?
いやいや、この程度で諦めていたら、母さんに申し訳が立たない。それに僕が目を付けたのは錬金薬じゃなくて物質加工技術の方なんだ。
錬金術は鉱石を加工するために作られた技術らしい。しかも、錬金薬を作るのとは違って『属性付与』を必要としないから、属性が欠落している僕でも使える技術ってことだ。
さらに、僕が持っている前世の記憶と合わせれば様々な物が作れると思う。
まあ、そうは思うんだけど、結局のところ『錬成盤を買うお金がない』ってのが問題になるんだよね。
錬成盤や錬成釜が高額になる理由は、黒鋼と呼ばれる『魔力を通さない性質を持つ特殊合金』で作られた金属に、魔銀と呼ばれる『魔力を通しやすい性質を持っている希少金属』で錬成陣を描いて作られているからなんだとか。
だったら『安価な素材で錬成盤を作れないか?』と考えてみたんだけど、安価な素材で作れるなら、高価な素材を使って錬成盤を作る必要はないよね?
そこで、今度は素材の特徴から錬成盤の役割を見て『錬成陣を正確に描くために、黒鋼と魔銀で魔力の通り道を作ってるんじゃないか?』と思ったんだ。
結果として、『魔力で正確に錬成陣を描けるなら、錬成盤は要らない』という仮説が立った。
と、まあ、そこまでは良かったんだけど、その後が大変だった。
何が大変だったかと言うと、『魔力は見えない』ということだ。
感覚に頼って錬成陣を描くと、歪みがあったり魔力の偏りがあったりして、発動しなかったり錬成陣が破裂したりと失敗が続いた。
錬成陣の一部で最も簡単な領域球生成図式から生成される錬成効果領域球(通称:領域球)の発動すらできなかった。
見えないから正確に描けない。ではどうする?
もちろん、見えるようにした。
この世界には魔力霧という霧が発生する現象があって、魔力霧は通常の霧とは違って薄い緑色に発光して目に見える状態になる。
つまり、魔力霧を意図的に再現できれば、『自分の魔力も見えるようにできるんじゃないか?』と考えた訳だ。
そこで魔力についてもっと詳しく聞いたところ、魔力には属性以外にも『濃度、硬度、粘度』と呼ばれる性質があって、その性質を操作することで『魔法の威力や効果を変えることができる』と教えてくれた。
これらの性質を操作して魔力の変化を検証するために、それぞれの性質を10段階に分割して、組み合わせを変えながら検証を行った。
その研究の結果、2つの魔力形態を習得することができた。
先に習得できたのは魔力の物質化現象で、これは魔力濃度を上げる実験をしている時に『圧縮すればもっと濃度が上がるかな?』と試したら、魔力が集まって玉になったのが最初だった。
この事を母さんに話したら『魔力が物質化する現象で、魔力量が多くて緻密な魔力操作ができれば使える』と教えてくれた。
新発見じゃなかったことは残念だけど、そこまでの条件を満たしていることは分かった。
ちなみに、この能力の特徴は、元が魔力だから重量が軽いことと、魔力の供給を断つと数分で霧散してしまうことだ。
緊急時には便利だけど、常用には向かない能力だよね。
それなら、『錬成陣を物質化したら錬成盤の代わりにならないか?』と思って試してみたけど、物質化してしまうと魔力としては扱えないらしくて、錬金術は発動しなかった。
そんな訳でその後も実験を続けた。
だけど、いくら試してもうまくいかず、実験の結果を読み返して魔力の霧と自問自答していた時に『霧は湿度と温度の変化で発生する』ということを思い出した。
そして、温度を含めて再検証した結果、『濃度(湿度)4、硬度1、粘度3、温度5℃』の状態で魔力が薄い緑色になって見えた。
この見える魔力を母さんに説明したら、「初めて見た」と言われたから、今度こそ新発見だった。
そこで、『魔力の可視化現象』とか『見える魔力』とか言うのは呼びづらいから名前を付けることにした。
しばらく悩んだ結果、見えると体内魔力で『ルド』に決定した。
ちょっと、安直だけど、そこは『気にしたら負け』ってことで。
そして、ルドを使って錬成陣を描いたら見事に発動した。
魔力を見えるようにできたとは言え、錬成陣の種類は多い。全てを覚えるにはまだまだ時間がかかる。
それに、もっと錬金術自体の知識を深める必要もある。