覚醒
僕が目覚めて最初に見たのはガラス越しの天井だった。
白く均一なその表面はなめらかで、眩しいほどではないが光を発している。
仰向けの姿勢で寝ていることは分かった。特に体に違和感も無ければ痛むところもない。
僕は動こうともせずしばらくじっとしていた。自分の置かれた状況が全く分からず、ここはどこなんだろうとただぼんやりと考えていた。
程なく目の前のガラスが動き出した。ガラス部分だけではなく、頭から足元まで一体となった構造物が動いて開いていく。どうもガラスがはめ込まれた蓋のようなものが、自分の上に覆いかぶさっていた様だ。
開ききったところで上半身を起こして、身のまわりを確認してみる。
そこで初めて自分がカプセル状のものの中に寝ていたこと、そうして一糸まとわぬ姿であることに気が付いた。裸なのに特に寒くもなければ暑くもない。寝ていた場所はベッド程のクッション性はないが、硬いソファーぐらいには弾力があって、これも特に不快には感じなかった。
ぼーっとした頭は、時と共に霞が晴れるように次第にクリアになっていく。
…そうだ、僕が眠りについたのは24歳の時だった。
僕が生まれたのは西暦2000年だった。世間ではミレニアムベビーと呼ばれていた。眠りにつくまでの人生は順風満帆で、人並みに恋もすれば反抗期も経験した。少しは人間関係に悩んだ時期もあったが、その分勉強に励んで進学も順調で、浪人せずにそれなりに名のある大学に行って、留年もせず大学院の修士課程に進んで何の問題もなく卒業して就職するはずだった。
しかし就職先が決まって半年後には卒業という、そのタイミングである病気が見つかった。それは当時の医学では治療方法の分からない難病で、発症年齢が若かったこともあって、そのまま行けばもって数か月、卒業までももたないだろうと言われた。
突然の出来事に、自分よりもむしろ両親が狼狽した。しかしながらいくら調べても、医者の見立ての通り治る可能性はどこにも見いだせなかった。そこで当時まだ実用化されたばかりの、コールドスリープという冬眠装置の治験に手を挙げることになった。コールドスリープで病気の進行を止め、医学の進歩によって病気の治療方法が確立されたところで目覚めるという段取りだ。
今こうして目覚めたという事は、あの病気は克服できたという事なのだろう。
最後に眠った時は病院のベッドの上で導眠剤を飲み、両親の顔を見ながら意識が遠のいていったのをおぼろげながらに覚えている。その時はもちろん裸ではなかったと記憶している。自分が眠りについてから色々な事をされたのかもしれないが、覚えていないのだから恥ずかしいも何もない。