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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ほぼオリジナル/謎の二次創作とノーマル二次創作

中秋の名月を来年も一緒に

 草木も眠る丑三つ刻。

 カツン、カツンとヒールの音が、木造二階建てアパートの玄関扉の近くから聞こえてくる。


 鍵の開く音に続いて、三和土にヒールを投げ捨てる音が聞こえた。

 やだなぁ、これ、来たなぁ……


 布団の中でぎゅっと身を固くすると。


 バシン!


「ただいま!」

「ぐえっ!」


 勢いよくフスマを開けた音と同時に、布団の上から攻撃を受けた。


「やめて!重い!苦しい!」

「つーかーれーた!ねーむーい!」

「寝ればいいじゃん!」

「やーだー!」


 ぐりぐりと布団カバーに顔を擦り付けられるのを見て、私は悲鳴をあげた。


「やめてー!ちょっと!化粧つけたままでしょ!あぁ〜!!ファンデーションついたぁ!」

「……あ、お風呂入ってくるね♡」

「ふざけんな!この社畜めぇ!」


 とってつけたように、急いで風呂場に向かうトモエの背中に、私は枕をぶん投げた。


「あーもう…やっぱり今日も眠れない…」


 残り少なくなった入眠剤の入った箱根細工の小物入れに、私はそっと手を伸ばした。






 同じ大学だったトモエと数年ぶりに再会した翌日、勝手に住みつかれた。

 アパートの更新を忘れて、行き先がなかったと言われてもなんで私が住まわせなきゃならんのか。


「え、だって、このアパート、サーヤのおばあちゃんのものでしょ?いつでも遊びにおいでって」

「大学時代の話を出すな!」

「もー、いーじゃん。お互い結婚しなさそうな者同士、仲良く生きようよ」

「3食作って、風呂トイレ掃除、洗濯、全部私がやってるけど?」

「ゴミ出しやってるから!」

「うるせー!ゴミの分別、ゴミ袋の在庫管理、前日にまとめておく労力をなめるな!」


 なんだかわからないけど、世話をしている。


 まぁ、口の悪い私を避けないでいてくれるだけでも、ありがたかったりするけど、それは絶対言わない。


 結局、真夜中に2人でコンビニサンドイッチを食べた。あのままトモエが空きっ腹で寝られるよりは、心配じゃないからいいけど。

 私も服薬前には何か食べた方がいいし。


 その日は入眠剤の効きが良く、目を覚ますともう昼になっていた。当たり前だけど、トモエはすでに出勤した後だった。


「もう働きに行ってるのか……すごいなぁ」


 遮光カーテンの隙間から入りこんだ太陽の光が眩しすぎる。頭、痛い。


「あと、三十分くらい、横になっていれば、大丈夫、だいじょうぶ」


 おばあちゃんの真似をして、私はもう一度布団に横たわった。







 仕事を辞めて一年。

 気ままな大家生活を送っている。

 いや、結構、それなりにやることはある。


 おばあちゃんがまとめてくれた"大家さんノート"を相棒に、なんとかやっている。


 でも、時間を決められず、自分の都合の良い時に動けばなんとかなる生活は、ギリギリながら、まあまあいいと思ってる。


 毎日のほとんどは、このアパートの敷地内で生活が終わる。

 時々、食料品の買い出しや銀行などの用事で出かけることはあるけど。できるだけ人がいない時間帯を狙っている。


 本当はそろそろ、医者に行って薬をもらわなければならない。でも、行くのが怖い。人がたくさんいるところに長時間とか、嫌だ。

 まだ、私は心の病人だった。


 サービス残業当たり前の職場は、年何日の休みと規定されていても、いつ取れるのかは全く分からなかった。壁には精神論に則った言葉が貼り付けられ、出来ないのは本人のやる気がないからだと言われた。

 新卒で入ったから、そういうものだと思って頑張った。


 でも、頑張って頑張って、ある日動けなくなって、それでも薬を飲んで、頑張って頑張って、同じチームの人が仕事中に急死した。

 心不全だと社長が言っていた。


 え?心臓止まれば、誰でも死ぬよね?


 ぼんやりとした頭でも、そんなことを思った私は、仕事を辞めることにした。泣きながら逃げ込んだ先は、おばあちゃんの家。


 社長も、おばあちゃんに付き添われて退職を申し出た私を引き止めようとはしなかった。


 そのおばあちゃんが亡くなって、すぐ。


 トモエと再会した。




 夕方になって、なんとか食べる物を作り終え、洗濯機を回してからソファに横になる。体はだるいのに、頭の中だけが暴走している。

 こういう時は、何か読んだ方がいい。

 何が読みたいのか分からない時はこれだ。


 私はトモエが貸してくれたタブレットを操作して、ウェブ小説サイトを開いた。


『武士がいる』


 何があってトモエは、これを私に薦めたのか。

 読み始めた頃は、ひたすらに疑問だった。

 短いからかなぁ、と思っていたけれど、単にゆるいからだ。

 何がって、全部が。


 タイムスリップしてきた武士と住み始める大家さん(男性)。

 ラブロマンスは発生しない。


 リラックマのTシャツ着たり、パピコ食べたり。なんだかんだ現代に適応して、楽しそうだ。


 体調が悪いと身動きが取れなくなってしまう私と違って、小説の中で武士は元気に活動している。時々、2人仲良く出かけたりしている。


「……いいなぁ」


『治ったら桜を』を読みながら、胸が痛くなった。


 トモエが珍しく早く帰ってきた春の日、一緒に夕方の買い出しついでに桜を見ようと言ってくれた。

 私も嬉しくなって、行く準備をしていたら、急に気持ちが悪くなった。指先があっという間に冷たくなった。


「ごめん、だめだ……」

「いいよ。大丈夫、だいじょうぶ。じゃあ、お花見気分になれるようにお寿司食べる?」

「……おいなりさんなら、なんとか」

「わかった」


 その時は外に出ることすら、精神的な負担として、大きすぎたみたいだった。春先の不安定な体調が拍車をかけたのだ。


「ごめん、お花見、しようって言ってくれたのに」


 ぐすぐすとソファから動けないまま、私が謝りだすと、ぽんぽんと軽く毛布の上から肩を叩いて、


「大丈夫、だいじょうぶ」


 と、おばあちゃんと同じおまじないをトモエはしてくれた。

 どうして、私の面倒をここまで見てくれるのだろう。


 抗不安薬の効き目にまかせて、その時は眠ってしまって、訊くことは出来なかったけれど。




 お花見のリベンジの話はすぐに読めた。

 ポンデリングが食べたくなった。


 私もリベンジすればいいのか。


 トモエとお出かけ。今は秋だ。お月見なら出来る。


「でもなぁ……」


 今夜も残業で遅いのだろう。


『武士がいる』をほのぼのとした気持ちになりながら読んでいると、いつの間にか眠ってしまっていた。








 急に眩しくなった。


 閉じたままのまぶたに、光があたる。


「んん……?」

「あ、起きた?ご飯食べられる?」

「え、トモエがいる……。え?!もう真夜中なの?!」


 びっくりして体を起こしたら、くらっと目が回る。再びソファに横になって、トモエを見上げる。


「違うよー。今日は定時で終わりました〜。そして、明日から四連休です!有給休暇です!」


 ドヤ顔で自宅用のゆるゆるスウェットを着ている。あ、よく見たらリラックマだな。


 いや、待て。トモエ、なんて言った?


「……有給?」

「うん!新しく2人入って、その分仕事が減りました!休みです!」

「お、おめでとう〜!」

「なんとか仕事の引き継ぎも終わったし、毎日定時とはいかないけど、今までよりは早く帰れます!」

「……よかったねぇ。よかった。トモエが倒れたらどうしようかと…」

「あぁ〜、泣かないでよ。よしよし。これもサーヤがシャチョーに言ってくれたからだよ」

「やめて……あれ、本当にやっちまった感しかないから。マジで。思い出したくない」

「そんなぁー。あれのおかけでここまで社内改善したのに」

「うっさい。黙れ」


 ソファの中に顔を埋めて、トモエに抗議の意を示す。ほんと、やめて。



 あれはまだ同居を初めて3ヶ月も経っていない頃。

 絶賛体調不良の波と、フラッシュバックの苦痛に飲み込まれて、ただ生きていただけの体になっていた私はなぜかその日、会社にいるトモエを迎えに行くことになった。

 睡眠不足と風邪が重なったのかなんなのか、今だによくわからないけれど体調を崩したトモエを迎えに行くべく、徒歩10分の知らない会社へと足を運んだ。

 その日はやけに暑くて、ゾンビのようにのそのそと歩く間に、頭の中では辞めた会社と、思い出したくないのに、忘れられないことばかりがぐるぐると回っていた。

 現実の私は、歩道を歩いているのに、脳みそは辞めた会社の中にいるような危うい状態になっていた。


 スマートフォンの地図を見ながらたどり着いた先は、そこそこ新しいビルの2階。

 金属製のドアノブを握って、扉を開けて中に入ったらもうダメだった。ソファで目を閉じているだけのトモエが、急死した人を思い出させて、あっという間にパニックに陥った。


 そして、私の応対をしてくれた人に、泣いて、喚いて、怒ってしまった。


「トモエが死んだら、どうしてくれるんですか?!元気に見えても呆気なく死ぬんです!

 死なないと思って、どんどん仕事を増やして!人は過労で死ぬんです!」


 なんだか死ぬとか、そんな物騒なことを連呼していた。

 職場の人の急死と、おばあちゃんの亡くなった時のことと、絶え間なく襲う自殺願望がごちゃまぜになっていた。

 死なないでと、死にたいが入り混じって、自分でもコントロールできない情動に襲われてしまっていた。


 その後、泣きながらタクシーを呼んで、トモエを連れて帰った。

 タクシーの中では、ずっとトモエの手を握っていた。


「シャチョーもあれで、このままじゃダメだって思ったから、良かったんだよ。うん。仕事が増えたんだから、もっと前にちゃんと考えなきゃいけなかったんだし。

 それにあの時、シャチョーがひとりで帰せないから送るって言ったのを仕事の邪魔はできないからって、トモエを呼んだのは私だし」

「最初からタクシー呼べばよかったんだよ」

「なんか迎えに来てくれる人がいるって、いいじゃん」

「うっさい」

「人事コンサルタントお願いしたり、仕事の内容とか分担の見直ししたりとか、会社が大きくなってるんだから、それに合わせて変えていかないといけないって気づけたんだから、それでよかったんだって」

「……そう、なのかなぁ」

「そうそう。ま、とりあえずは、お茶でも飲もうか。その後でご飯を食べられそうになったら、食べようか」

「うん」


 のそのそとソファから体を起こして、テーブルに体を向けて座り直した。そして、初めてかもしれない、トモエとの平日夕暮れのお茶を楽しんだのだった。






 翌日の土曜日は、中秋の名月だった。


 部屋でだらだらと撮り溜めしていた映画を観ながらお菓子を食べていたせいか、月が出る頃になっても私たちはお腹が減らなかった。


 台所でご飯を作る気にもなれず、せっかくの晴れた夜だからと、トモエと散歩に出かけることにした。


「うわぁ、すっごい晴れてる。お月様しかないわ」

「雲もほとんどないね。河川敷の方に向かってみようか。サーヤ、歩けそう?」

「うん。人があんまりいない所の方が出かけられるから」

「わかった」


 スマートフォンと財布だけを持って、のんびりと夜の中に歩き出す。

 街灯の下。

 どうでもいい会話。

 桜の葉っぱでいまいち見通せない河川敷の月。


 ひんやりとした風に、秋を感じて。


「ねぇ、なんで一緒に住んでくれてるの?」


 思わず、ずっと聞きたかったけれど、答えを知るのが怖くて、黙っていたことを口に出した。


「えー?なんとなく?」

「なんとなくで、押しかけてくるものなの?」

「うーん、なんとなくなんだけど……大学の時にさあ」

「うん」

「同じ演習の授業をとっていた人が、自殺未遂やって、そのまま大学辞めちゃったこと、あったじゃない」

「うん」

「その時の反応がね、なんか、わかんないけど、サーヤも同じかなあと思って」

「うん?」

「自分は死んだ方がいいって思ってるのに、人には死んでほしくないって思ってるのが一緒だなって」

「……普通じゃない?」

「死にたいとか、自殺したいって全員が思うわけじゃないよ。一度も自殺を考えたことのない人だっているんだって、会社入って分かった」

「……そうなの?」

「うん。だから、私とサーヤが当たり前に持ってて、同じだなって思うのは、結構レアだったりするんだよ」

「ふぅん」

「だから、サーヤのおばあちゃんが亡くなって、サーヤが死にそうな顔をしていたら、なんとかしたいって思った」

「………ふぅん」

「とりあえず、一緒に住んでいれば、サーヤが死にそうになってても、なんとかなるかなって。結果的に私の方が死にそうな生活してたけどね!あははっ」


 無理やり出した笑い声が、風で揺らされた桜の葉っぱのざわめきに消された。


「なんとなくだけど、それで良かったんだなぁと思うよ」

「うん」

「あと、月曜と火曜も休みだから、一緒にお医者さん行こう。薬が切れそうになってるでしょ」

「なんでわかるの……」

「残業して帰ってくる時、明かりがついているのが結構遠くから見えるから。足音聞いて消してるの分かるって。それで、あー、これ、眠れないんだなぁ、薬飲んでないなぁって」

「う、うぅ…」

「一緒に行くから、ね?ただ付き添いで行くだけだから、診察室には入らないし」

「……うん、わかった」


 そのままだらだらと、月に向かって歩いていたけれど、晴れた秋の夜の河川敷の風は、思いのほか寒かった。


「もう、戻ろうよ」

「うん、ちょっと寒いわ。これ」

「会社の近くにある蕎麦屋に行かない?月見蕎麦食べよう」

「外食久しぶりだぁ」

「ああ、人がいるとこ、ひとりだとダメだもんね」

「うん。さっき、出かける前に薬飲んできたから、今なら大丈夫」

「よし、行こう」


 2人で河川敷の階段を登り、アスファルトに舗装された道へ出ると、そこはさらに風が冷たかった。


「さむっ!」


 トモエが私の手を握った。


「ちょっとは暖かいかも!」

「微々たるものじゃない?」

「それが大事!」


 小学生に戻ったみたいに、きゃっきゃと笑いながら繋いだ手をぶんぶんと高く上げる。


「タクシーで帰る時にさあ、なんか同居人のありがたみを知った」

「それはよかった」

「サーヤか私に彼氏が出来ても、なんかこのまま同じアパートに住みそう」

「それはやだなぁ」

「何を失礼な!」

「元気になったら、もう一棟の家族向けアパートの管理もするから、その時はそっちに住もうよ」


 びっくりした顔で、私を見つめるトモエの顔は、満月の光に照らされて、思った以上によく見えた。

 ちょっと照れてしまうし、顔も見えてしまうけど、なんだかそういう気分だから、言ってしまおう。


「また来年も来よう!」


 これは、あれだ。昨日読んだお花見に行った武士を真似ただけだから。

 ちょっと元気に言いすぎたけど。

 少し恥ずかしいなあと思うくらいの間が空いてから、トモエが繋いだ手にぎゅっと力を込めた。


「いいよ」


 トモエは屈託のない顔で、笑って答えてくれた。





 その後、月見蕎麦を食べながら、私たちはひたすら『武士がいる』の『元カノの話』の話をずっとしていた。


「あれは綺麗な三角関係だったね」

「見事としか言いようがないわ」

「トモエと私の男の好みは全然違うから、なさそうだよね」

「そもそもサーヤへの性的欲望がないわ」

「私もだよ」


 なんとも不毛な会話だったが、外食を楽しいと思うことができたから、よい月見の夜だったと思う。




(終)




ブロマンスの女性版、ロマンシスを目指してみました。



長埜 恵様作品『武士がいる』(https://ncode.syosetu.com/n7541fs/)の二次創作です。

のんびりほのぼのだらだら時々くすっとするコメディです。

原作と全く違う作風と内容ですが、二次創作を快諾して下さった長埜様に心から感謝を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 現代のブラック企業問題も入れつつ、二人の友情がとてもステキですね。 ☆⌒(*^∇゜)v
[一言] これは素晴らしいロマンシスですね( ˘ω˘ ) てぇてぇ( ˘ω˘ )
[良い点] 過労はいかんですよね……( ;∀;) おやすみ大事。 [一言] あとがきをみてふと思ったので感想残してしまいますが、(ご存知かもしれませんが)ブロマンスの女性版は「ロマンシス」や「シスター…
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