5年間眠り続けた男が目覚める話
男が眠っている。
そこは病院の個室。ベッドの上。
彼がこの病院に運ばれてきたのは5年前、24歳の時だった。
車にはねられ、意識を失い、それからずっとベッドの上で5年間眠り続けたまま。
意識は一度も戻っていない。
病室には彼一人。寝息だけがかすかに聞こえる病室でゆっくりと時間が流れていた。
しかし突然そのときはきた。
なんの前触れもなく男の意識がわずかに回復したのだ。
この奇跡的な事態に気付いた者はまだ誰もいない。
彼は5年間一度も開くことのなかったまぶたを、少しだけ、ほんのすこしだけ開いた。
長らく仕事をしていなかった眼球もこの事態には追いつけず、久しぶりに映る景色も彼には霧がかかったようにかすんで見えた。
体を動かす力はまだない。
かろうじて動く眼球をなんとか移動させ、もうろうとする意識の中、できる限りあたりを見渡してみる。そうしていると視界が少しずつクリアになり、なんとかピントが合うようになってきた。
ベッド横の簡易テーブルの上に置かれていた物体に視線を向け、それが卓上カレンダーだとようやく気づく。
(え・・・)
(2027年・・・?)
もやもやして意識が一気に覚醒した。
なんとかカレンダーに手を伸ばし、もう一度よく確認する。
(え、今2022年だよな?)
手に取ったカレンダーには2027年としっかり書かれていて、過ぎた日付にはバツ印が手書きで書かれていた。
男はゆっくりカレンダーを戻し、再び目を閉じた。
(・・・5年間・・・寝てたってことか)
(・・・)
男は目を閉じたまま考え込む。
その時、病室のドアが開き、誰かが入ってきた。
「たかあきー会いに来たよー」
男の両親だった。父は備え付けのソファに座り、母は花瓶に挿した花を変え始めた。
男は意識は戻ってはいたが、まだ目は開けずに眠ったふりを続けた。
(この声は、母ちゃんと、あと父ちゃんだな)
(もうなにがなんだか分からないから、せめて思いっきり二人をびっくりさせてやるか)
男はそう決心すると、勢いよく目を開きがばっと体を起こした。
そして一言、
「明けましておめでとう!明けましておめでとう!明けましておめでとう!明けましておめでとう!明けましておめでとう!」
突然の息子の覚醒と5年分の正月の挨拶に理解が追い付かない両親、なんとか絞り出した一言は、
「お、おばあちゃん去年死んじゃったから4回で大丈夫よ」
「いや喪中かい!ほんでばあちゃん!!」