楽観的主義者
初めて本格的に書いた小説です、拙い文ですが、執筆の励みになるので、評価、コメント、ブクマなどお願いします。
一応短編ですが、好評そうなら続編を出します。
私はとある旅行雑誌の記者をしていた、入社してかれこれ五年、まだまだプロの記者とは言えない経験量だった、そして何より毎日が激務で疲れが溜まっていた、家には寝に帰るだけ、趣味に割く時間も無ければ金もない、女を磨く精神的余裕も無い、彼氏にはもうどの位会っていないだろうか、私は自覚していないだけで結構限界だったのかもしれない。
ある日、とある老作家のインタビューに行くことになった、インタビューそのものは二時間程で終わり、お礼を言って老作家邸を辞そうとした時、不意に呼び止められた。
「お嬢さん、今、少し時間があるかね?」
会社からは「インタビューが終わり次第戻れ」としか言われていなかったから「はい」と答えると彼は少し微笑みながらソファセットの片方の椅子を指差した、大方「座れ」という意味だろうと解釈した私は「失礼します」と言いながらそれに腰掛けた。
「すまないね、こう年をとるといろんな人と話をしたくなるのだよ」
「そうなんですか」
あまりに素っ気なさすぎたかもしれない、そう思いながら向かいに座る男を見てみると彼は私のことをじっと観察していた。
「あの、何か?」
「失礼、お嬢さん、もしかしたら私の勘違いかもしれないが、あなた、何か溜まっていないかい?」
青天の霹靂だった、一瞬彼が何を言っているのかわからなかった「溜まっている」彼は確かにそう言った、だけど本能では彼が何を言いたいのか分かっていた、否「彼は総て分かっていたのだ」、「隠す必要はない」そう思った、平気なふりをするのは得意だった、そんな事を考えながら口を突いた言葉は簡潔を極めていた。
「そうですね、少し、、、少し疲れてるのかもしれません」
「疲れている」
老作家は確認するようにゆっくりと繰り返した。
「それは、お嬢さん、なぜ君が疲れを感じなければならないのか、その理由はわかるかね?」
「理由は、、、多分、仕事が忙しいからだとおもいます」
「仕事が忙しい」
またゆっくりと繰り返した、今度は不思議そうな顔をしながら、何が言いたい、私は若干の苛立ちを感じながら次の言葉を待った。
「それはお嬢さん、なぜそんなに仕事を入れるんだい?」
頭に血が昇るのを感じた、「なぜってそんなの決まってる、私がやらなきゃ回らない事だってあるし、それが回らなければ会社に迷惑がかかる、社会に迷惑がかかる、だからやらなきゃならないんだ!」目の前の彼は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた、どうやら心の中で考えていた事は全て口からでていたようだ、全身の血の気が引くのを感じた、しかし、私が何かをいう前に彼が口を開いた。
「成る程、君がやらなきゃ回らない、回らなければ会社に迷惑がかかる、、、か、、、」
「しかしね、お嬢さん、それは自惚れというものだよ」
今度こそ青天の霹靂だった、まさか自分のやってきた事を「自惚れ」の一言で片付けられるとは思っていなかった。
「それは、、、どういう、、、」
「君は自分がいなければ会社に迷惑がかかると思っている、しかしねそれは大きな間違いだ、実際には君一人辞めたとてさほど影響は無いだろう、しかし、多くの日本人は「自分こそ会社の顔」とか「自分がいなければ会社に迷惑がかかる」と思っている、正社員、契約社員、パート、アルバイトですらそうだ、そして何より会社に就職していなければ人生はどん底だと勘違いして勝手に悲観視しているのが多すぎるんだよ、そして、お嬢さん、君もその一人だ」
「じゃあ私は一体どうすれば」
彼は少し考えてこういった。
「楽観視してみるのはどうかね?」
「楽観視?」
「そうだ、例えば会社を辞めて自分のやりたいことだけやって過ごすことを想像してみるとか」
「でも、私、会社を辞めて生きていく自信なんて有りません」
そういうと彼は出し抜けにこう尋ねた。
「お嬢さん、貯金はいくらほどあるかね?」
「一応、500万程、、、」
「なら大丈夫だ、少なくともしばらくは生きていける、それに君にはスキルが有るじゃないか」
「スキル?」
「物を書くスキルだ、お嬢さん、君はそのスキルを甘くみてはならないよ?」
長く物を書いてきた人間の言葉故、説得力は絶大だった。
その日の会社からの帰り、今日聞いた話が頭の中で無限ループしていた、彼の言葉は何故かスッと頭に入ってきた、確かに、私はとんでもない自惚れをしてきたのかもしれない、何時の頃からだろうか?あんな自惚れをしていたのは。
それでもやはり会社を辞めるという決断は勇気が必要だった、先が見えないのだ、「君にはスキルがある」彼はそう言った、だが、その「スキル」が生かせなければ何にもならないじゃないか。
電車の中で頭を捻る、そう言えば彼氏は鉄道好きだったけ、もう長いこと会っていない起業家の彼を思う、大学時代、野心家の彼は楽して金を稼ぐ方法を探していた、その時に何か聞いた気がする、そう、「広告収入」。
いきなり目を開く、これだ、ブログでの広告収入を狙えばそれなりに稼げる筈だ、幸いそれなりに貯金は有る。
「「「今日は一度きり」無駄が無けりゃ意味がない」、、、か、、、」
もう何年も聴いてないあの曲、私と彼を繋いでくれた大切な周波数、その曲の一節、今、私はようやくその意味に手を掛けたのかもしれない。
抑えきれない笑みが零れる、久し振りの作り笑顔でない、自然な笑顔、そう、明日は他人が言うほど暗くはない筈だ、なら一丁賭けてみよう、即興で名付けた「楽観的主義」に、無意識に私はラインを開いていた。
私が辞表を提出したのは、その一週間後だった。