遊びに行く約束
「レオン、今日はどうもありがとう」
とエヴァはニコリと笑い、一度席を離れる。
(トイレに行ったんだろうな)
と礼音は言ったが、さすがに言葉にするのは慎む。
「レオン」
エヴァの姿が見えなくなったところで、リチャードが遠慮がちに話しかける。
「何でしょう?」
礼音は老人から柔和な笑みが消えて、真剣な面持ちになったことを不思議に思いつつ応じた。
「予定がない日があるなら、あの子を遊びに連れて行ってもらえないだろうか?」
とリチャードは言う。
「それはかまいませんが、外で遊んだことがないから詳しくないですよ」
と礼音は申し訳なさそうに答える。
金が人間は外で遊ぶのもひと苦労なのだ。
「エヴァは喜ぶから平気さ」
とリチャードは微笑む。
「たしかにあの子は喜んでくれそうですね」
礼音は同意する。
(金持ちのお嬢様なのに、無邪気で素直だもんな)
すくなくとも彼から見たエヴァは顔もスタイルも性格もよい。
天はいったいいくつの贈り物を与えたんだと言いたくなるくらいだ。
「一緒に公園でパンを食べたり、動物や植物をながめるだけでも、あの子にとっては宝物になると思うんだ」
とリチャードは話す。
「……ずっと闘病生活でしたもんね」
と礼音は解釈する。
(何年も病院で動けず、何もできなかったもんな)
ささやかな日常ですらご褒美になるというのは、彼には想像がしづらい。
下手にわかった気持ちになるよりはいいだろうと彼も思う。
リチャードは彼の解釈を理解したが、何も言わずに微笑む。
「あなたさえ迷惑じゃなければ」
「いえ、迷惑なんてとんでもないですよ」
と礼音はあわてて否定する。
エヴァのような美少女の相手が自分でいいのか?
彼が引っかかっているのはこの点だ。
エヴァとリチャードがいいなら、何の不満はない。
「エヴァはとてもきれいですし、いい子ですし、一緒に遊びに行けたら俺もうれしいです。上手なエスコートできる気はしないんですが」
礼音は自分の本音を明かしつつ、最後に心配事もつけ加える。
「あの子自体、レディーとして未熟だ。あなたにだけ紳士であることを求めるのは、それこそフェアではないさ」
とリチャードは言って笑った。
「そういうものですか?」
「そういうものだ」
きょとんとした礼音に向かって、リチャードはウインクをして見せる。
お茶目なところがあるおじいさんだなと礼音は思う。
話が途切れたタイミングでエヴァが戻ってくる。
「何のお話をしていたの?」
と彼女は興味深そうにリチャードに聞く。
「きみはまだレディーとは言えないのだから、レオンに完ぺきなエスコートなど求めないという話さ」
「それは当然ね!」
祖父の返事にエヴァは当たり前だとうなずいた。
リチャードは何かを訴えるように礼音を見つめる。
「…………エヴァ、明日よかったらおでかけしないか?」
彼はハッとしてエヴァに提案した。
「?? 明日は【アルカン】に行く予定じゃなかった?」
彼女は首をかしげる。
(しまった)
と思いながら、彼は必死に考えた。
「ほら、サーベルフォックスの件もあるんだし、ハイキングやピクニックならこっちの世界でもできるし。やっぱりこっちがいいかなって」
そして何とか理由をひねり出す。
「なるほど、わかったわ!」
とエヴァは笑顔で納得する。
礼音はホッとした。
「じゃあ明日どっか行こうか。たぶん近くだけど」
何しろたったいま決めたのだから、予定を組むのに難がある。
若干申し訳なく思いつつ彼が言うと、
「あなたと一緒ならどこでもいいわよ」
とエヴァは気にせず笑顔で即答した。




