皇国ホテル
礼音が連れてこられたのは、千代田区にある皇国ホテルだった。
「たしか日本で有名なホテルだったっけ」
とホテルを見ながら彼はつぶやく。
残念ながら彼の知識は多くなく、外国のVIPたちも選ぶ歴史も格式もあるホテルだと知らなかった。
「とっても素敵なところだわ! ずっとここで暮らしたいくらい!」
とエヴァが褒める。
「この娘が言うことはわかる。すばらしいホテルだよ」
とリチャードも同意した。
「そうなんだ」
日本にすごくいいホテルあるんだなと礼音は素直に思う。
「高そうだなとしかわかんないな」
と彼はさすがに小声で言った。
中は落ち着いた上品な雰囲気で、彼が知っているビジネスホテルとは明らかに違っている。
「そうでもないわよ? 1泊4000ドルくらいじゃない?」
聞こえてたらしいエヴァが答えた。
(4000ドル!? たしか1ドル100円くらいだろ? てことは……40万!)
礼音の頭脳はがんばって計算して答えを出す。
一泊で40万はすごいなんてものじゃないと礼音は思う。
(ちょっと前の俺の食費二年分くらいじゃないか?)
という考えが脳をよぎる。
やはりというかリチャードたちの財力はけた違いのようだ。
リチャードがフロントスタッフと会話している。
ちらちらスタッフの視線が礼音に向けられるのは、新しく宿泊する人間をチェックしているのだろう。
(あとから連れが合流したとか、そういう扱いなんだろうか?)
普通は許されるのかどうかすら、礼音は知らないのでエヴァの話し相手になる。
彼女とおしゃべりに集中するほうが気持ちは楽だった。
「レオンも何ならここに暮らしてみる?」
とエヴァが不意に聞く。
「えっ? それはどうなんだろう」
礼音は思わずぎょっとする。
ホテル暮らしにあこがれはたしかにあった。
だが、いざ皇国ホテルの中に入ってみると、生活するには落ち着かないかもしれない。
「俺はやめとくよ」
と礼音は答える。
お金を持ったところで精神のほうは凡人にすぎないという自覚があった。
(背伸びしたら転がるんじゃないかなぁ)
と礼音は思う。
早い話、自分のことをそこまで信じていないのだ。
「俺の目的はのんびり暮らすことで、ぜいたくしたいわけじゃないし」
と言ったがこれは彼の本心だ。
「Slowliving?」
とエヴァが流ちょうな英語で聞くのでうなずく。
「ストレスと無縁でいられたらいいなって思うんだよ」
と礼音が言うと、
「わかるわ。ワタシもつらいことや悲しいことはいやだもの」
彼女は力強く肯定する。
(ちょっと違う気がするが……)
エヴァはまだ病気が治ったばかりなのだ。
動きたくても動けない、礼音がやってる日常生活ができないというつらさはよく覚えているだろう。
「そうだな。俺だって同じさ。【アルカン】にちょっとピクニックに行って、あとはゆっくりこっちで過ごすくらいがいい」
と礼音は話す。
「いいわね! ふたりでゆっくりしましょ」
とエヴァは笑顔で提案する。




