ヌーカの依頼主
数日後、天ケ瀬から電話で指定された時間のすこし前に、礼音は異世界事務局渋谷支部に到着する。
中には黒い服を着た体格のいい外国人が六名と、彼らに守られるように立つ老人がひとり立っていた。
「あ、いらっしゃいましたか」
天ケ瀬は彼に気づくと笑顔を見せたあと、早口の英語で老人に話しかける。
老人は英語で応じたあと、礼音に向きなおった。
「君が持ってきてくれたのか! ありがとう!」
ややぎこちないがしっかりした日本語だった。
「いえ、どういたしまして」
礼音が返事をすると、老人は彼の両手をとってかたく握手をする。
「報酬は2億ドルだ! ささやかなものだが、私の感謝の気持ちだよ!」
と老人は話す。
「2億ドル」
日本円換算だといくらだったかと礼音は反射的に計算する。
そこへ天ケ瀬が早口の英語で何かを話す。
「おっと、そうだ。まだ名乗ってなかったな! 私はリチャード・ベジョツという。孫娘の病気を治すのに必要らしいんだ!」
とベジョツ老人は名乗って事情を明かす。
「レオン・ミカヅキといいます」
順序がメチャクチャだなと思いながら、礼音も自己紹介する。
「レオンか! ありがとう! これできっと孫娘は治るだろう!」
とリチャードはもう一度礼を言って立ち去る。
(もし治らなかったら俺が悪者になるんじゃないか?)
礼音は思わず不安になってしまった。
外国人たちがいなくなると、一気に建物の中が広くなったように感じる。
「2億ドルって日本円だと200億ですか?」
礼音は天ケ瀬に聞く。
「そうなりますね」
彼女は知っていたのか驚かず肯定する。
「英語しゃべれるんですね。すごいです」
「仕事なので」
天ケ瀬は端的に答えた。
「仲介していただきありがとうございます」
彼女と事務局に礼を言うと、
「異世界事務局も仲介料で10億稼げたことになりますから」
天ケ瀬は微笑みながら返事する。
「そうなるんでしたね」
礼音の取り分は190億円になるが、じゅうぶんすぎるだろう。
「【ヌーカ】を使った結果がわかるまで、俺はここにいたほうがいいんでしょうか?」
と彼は相談する。
「リチャードさんは資産家ですから、数日くらい滞在期間がのびても気になさらないと思いますが」
天ケ瀬は推測を述べた。
「まあ報酬に200億円出せる人ですしね」
いくら孫娘の治療費だからと言って、巨額の費用を出せる人はかぎられているだろう。
「とは言えあんまり遠出するのも悪いので、日帰りくらいにしますか」
と礼音は言う。
「三日月さんは稼いでいらっしゃるので、国内観光などされてはいかがでしょうか?」
天ケ瀬はすこし考えて答える。
「ああ、それもそうですね」
彼はその発想がなかったとうなずく。
(貧乏時代しか知らなかったから、金の使い方がわかんないんだよな)
だから彼は【アルカン】に行こうと思っていたのだ。
国内で何かをする、金を使うというのは今後ひとつの選択肢としてありだろう。




