5 ネズミ小僧
「犬飼たちをうまく引き付けたようだな」
ネズミ小僧はすっかり人数の減った通りから、屋敷の中に難なく忍び込むと中の様子を伺った。
安久田が雇った浪人風の用心棒たちが数人。それと賭博場の強面たちも何人かいた。
「結構多いな」
当たり前だが回を重ねるごとに用心棒の人数が増えていく。
「ひい、ふう、みい」
痺れ薬の塗られた吹矢の数を確認すると、気づかれないところから片づけていく。しかし、交代者がいつまでたってもこなかったり、ずるりと床に倒れるものが出始めて、ようやく用心棒たちが騒ぎ出した。
「くそ、どこかに隠れているぞ」
仲間の首に刺さっている針を見つけ、一気に警戒を高める。
しかし次の瞬間、一斉に噴出した煙に用心棒たちの視界が奪われる。そのため辺りは一気に混乱した。やけくそに刀を振り回すものまででてきた。
「それは困りやすね」
しかしそんなものからさきすっと背後に近づくと、気を失わせていく。
「一応あっしにも、越えちゃならない縛りがあるんですよ」
いままでネズミ小僧が忍び込んだ屋敷で死者は出ていない。怪我人は出すが命までは奪わない。だからよけいに世間は華麗なる義賊と騒ぐのだ。
だがネズミ小僧にとっては本当はそんなことどうでも良かった、優しさから命を奪わないわけじゃない、自分で作った決まりの中でやりきることにこの遊びの面白みを感じてるだけだった。
「まったく、ネコさんは恐ろしい方だ」
真っすぐに自分を捉えた常闇を思わす黒い瞳を思い出す。
義賊と騒がれるもう一人の相手。存在は知っていたがあったのは今夜が初めてだった。
どうせ自分と同じような目をした人物に違いない、そう思っていたのに……
真っ暗な夜だからこそ星が煌めくように、静かな常闇のような瞳の奥には、確かな強い光がともって見えた。
彼女は自分とは全く違った、自分の行いが正義だと胸を張っていえないことをわかっていながら、苦悩しそれでも突き動かされる心に従って、自分の信念を曲げずに突き進んでいる。そんな決意が見えた。
「しかし馬鹿だ」
今までネコ娘が助けてきた娘たちは、ほとんど人さらいや奴隷商人のようなものたちからだった。だから助けられた娘たちは解放され、ネコ娘に感謝し、世間もやれ英雄だと騒ぎ立てた。
しかし今回の相手はちょっと違う。賭博のかたに売られた娘をただ開放しても親の借金が消えるわけではない、いままで助けた娘たちが無事親元でいまでも暮らせているのは、ひとえにネコ娘が解放した娘たちの借金がいかさま賭博である証拠を役人たち、犬飼たちが突き止めたからだ。再び借金のかたに連れ戻されないように、人知れず手回しをしてくれていたからだ。
しかし今回の相手はそうはいかない。きっと証拠は握りつぶされ。解放された娘たちは再び借金のかたに連れていかれるだろう。
「世の中そんなに甘くない」
中途半端な悪は本物の悪人には勝てない。
「そこいくと、あっしは本物の悪だから」
予告状を出すのも、金持ちをばかりを狙うのもスリルがあるから。
悪いことをしている者の方が警戒心も強い、その警戒の輪をかいくぐり、さらに闇に隠されている悪事を世間にばらすのは、面白いから。
強いものが屈辱の表情を浮かべ、あざ笑っていたものたちにあざ笑い返されるときのあの表情、思い出すだけでゾクゾクする。
自分は世間が騒いでいるような正義の味方じゃない。
目をつぶってでも歩いて行けるほど、屋敷の見取り図はネズミ小僧の頭の中に入っていた。
煙が晴れてきて、まだ立っている用心棒たちを手早く鎮める。
それでも鋭い太刀筋で切りかかってくる相手にはネズミ小僧も、懐に隠していた短刀で応戦する。
相手の刀に自分の短刀を滑らせながら相手の懐まで忍び込む、振り上げられた刀はそれが振り下ろされるより早く、間合いに入り腹を狙う。
「あった、あった」
目的の部屋に忍び込むと、値打ちのあるものだけを素早く袋に詰める、そして隠し帳簿もパラパラとめくり懐にしまう。
「約束したしネコ娘の目的も果たしてやるか」
ネコ娘がこの安久田の賭博場を次に狙うと知った時、ネズミ小僧は本当は高みの見物をする予定だった。
ネコ娘のことだ、きっと娘たちは助け出す。でもきっとまた奪われて、己の無力さを知るだろう。
そして全て終わって、ネコ娘が助けた娘たちが再び法により安久田の手に連れ去られたら、何食わぬ顔で今度こそ自分が全てを解決し、安久田とネコ娘が悔しがる顔を拝んでやろう、そんな風に思っていたのだ。
しかし、ネコ娘の目を見て気が変わった。
「大っ嫌いなネズミに助けられて、事件が解決する。ネコさんの屈辱で歪む顔、ゾクゾクするね」
心底嫌そうに顔を歪めながら、協力を承諾した時の顔を思い出しニヤリと笑う。