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3 邂逅

「はぁ。ねぇ、何考えてるのナルシストさん」


 月明かりの下。寝静まった屋根の上に若い男女の影が二つ。

 一人は猫の仮面をつけた、ネコ娘。その横に立つのは目元の周りだけ面で隠しているネズミ小僧。

 猫娘は険のある目つきでネズミ小僧を睨みつけながら、棘を含んだ口調でそう言った。


「いやぁ。奇遇ですね」


 睨まれたネズミ小僧はしかし悪びれた様子もなく、どこか楽し気にネコ娘に笑いかける。


「なに笑ってるのよ、あんたが予告状なんてだすから、警備が倍になってるじゃない」


 眼下に提灯を片手に沢山の部下たちに指示を出す犬飼の姿が見える。


「だいたいなんであんたがここを狙ってるのよ?」


 今二人の眼下にあるのは江戸一番の賭博場だった。


「あれ、ネコさんはこの賭博場が、安久田アクダ大名の管轄のものだと知らないんですか?」

「えっ……? 知ってるわよ、それぐらい」


 もごもごと口ごもる様子に、ネズミ小僧が小さく笑いをかみ殺す。


「じゃあ、驚くことでもないでしょう。で、ものは相談なんですが」


 すました顔でネズミ小僧が続ける。


「いつもは一匹狼のあっし達ですが。今夜はひとつ協力しませんか?」

「はぁ?」


 明らかに嫌そうにネコ娘が返事を返す。


「ほら、ここって広いでしょ。身売りされた娘さんたち探すだけでも一苦労ですよ。それに今夜は役人の数も倍以上いますし。用心棒も沢山いますよ」


 それはあんたが予告状をだしたからでしょ。と怒鳴りつけたかったが、悪気のなさげなネズミ小僧の笑みに毒気を抜かれネコ娘は嘆息する。


「あっしはすでにだいたいの目星はついていますが、ネコさんはどうなのですか?」


 そう言って懐から、何やら座敷の図面らしきものが書かれた紙をチラリと見せる。


「あんた、まさか初めから……」


 いいかけたがやめた。それを認めたら協力なんて絶対無理だ。


「本当にネズミはずる賢わね」

「それは誉め言葉としてありがたくいただきましょう」


 やっていることは泥棒と同じなのに、どこか気品めいたものを感じるネズミ小僧の物腰は、ネコ娘をさらにイラつかせる。


 不正な取引で売り飛ばされる娘を助ける英雄。世間はそういうが、自分がやっていることは人さらいと同じ、法が通じないなら自分も法を犯してでも助ける。ネコ娘は自分の正義を信じているが、またそれは誰かにとっては決して正義と呼べないものだとわかっている。

 それなのにこのネズミ小僧ときたら、金持ちの屋敷からのみ金品を盗み、貧しい人に配る、確かに貧しい人達からしたら義賊だろう。しかしそのやり方が気に食わない。

 予告状を出し。同心たちを走り回らせ華麗に盗む。

 ネコ娘からしたら単なる目立ちたがりのナルシスト。同心たちからしたら愉快犯である。

い。

 それでも義賊だと騒がれていたので、もしかしたらと思っていたが、彼の目を見て確信した。


(こいつとは決して仲間になれない)


 ネコ娘はカリッと爪を噛む。

 しかしネコ娘も一人でこの警備の中娘たちを助け出すには困難だということはわかっていた。


「わかったわ。今夜だけよ」

「そう来なくては、では役人たちの引きつけ役は頼みましたぜ」

「えっ! あんた私を囮にするきだったのね」


 月夜にこだます怒号もなんのその、クスリと笑った残像を残しネズミ小僧の姿は屋敷の闇に溶けていく、それと同時に、二人がいた屋根の瓦が一枚地面に落ちた。


「あそこに誰かいるぞ!」


 落ちた瓦に気がついた岡っ引きが、笛を鳴らす。


「あのネズミ野郎! わざと落としていったわね」


 もう姿も見えない闇に向かって、ギリっと唇を噛みしめた。

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