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そこにフルタはいません (下)  作者: 美祢林太郎
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7 ザ・タローの登場

7 ザ・タローの登場


 フルタは店でホソカワと話をしている。

「テレビでタローが話題だな」

「ああ、「コタローに叱られる」だろう」

「あれもそうだけど、情報番組の司会をしているザ・タローの方だよ」

「ああ、おれも見たよ。もういかにも胡散臭そうな奴だな」

「ところで、ザ・タローの正体は誰でしょう」

「おれでないことだけは確かだね」

「そりゃあ、おまえだったらあんなに流暢にしゃべれるわけないもの」

「よくもまあ、あんなにちゃらちゃらと話せるもんだ」

「ザ・タローは週に10本以上の番組を持っているそうだぜ」

「なんでザがつくんだよ。タローでいいんじゃないか。プロレスラーじゃないんだから」

「タローと名乗る奴がいっぱい出てきたので、本家本元の意味を込めてザを付けたそうなんだ。顔はどれも同じだけど、声が違うものな。コタローと違って、ザ・タローは普通の頭の大きさだしな。それにザ・タローは全身からオーラが出ているし」

「本来ならおれの方が本家本元だよ。顔が同じだからおれにもオーラが出ていて不思議がないんじゃないか。おれにオーラは見えるか?」

「見えるわけないだろう。でも不思議だよな。たしかに顔が同じなんだから、同じようにオーラが出ていてもいいはずなのに、おまえからは全然感じられないものな」

「なんなんだろうな、そのオーラという奴は」

「生半可じゃない自信なんじゃないのか。おまえ、自分に自信なんて微塵もないだろう」

「あるわけないだろう。だけど、そのザ・タローにしても、もとをただせばただのおれの偽物だぜ。おれの仮面を被ってテレビに出ているのと同じだからな。偽物がよくあんなに自信を持って喋れるよな。後ろめたくないのかな。よっぽどのはったり屋か詐欺師じゃないのか」

「まあ、そうだろうけどな。そもそも、自信のないはったり屋や詐欺師は成立しないんじゃないのか」

「そりゃあ、そうだ」

「だけど、ザ・タローはうまくやったよな。以前は売れない俳優だったそうだけど、タローの顔を張り付けただけで、これだけブレークしたものな」

「だけど、おれの顔になっているのは画面を通した時だけなんだろう。現場では素顔を晒しているんだろう。関係者には正体ばればれじゃないのか」

「それが、スタジオではタローの顔の覆面を被っているそうなんだ。ちゃっちぃ覆面らしいけど、そのことは画面を通してはわからないからな。だから一応は正体不明ということになっているらしいぞ」

「普段も覆面を被って生活をしているのか」

「普段は素顔を晒しているさ。素顔を晒したって誰もわからないことになっているんだからな。それが覆面をしている者の特権さ」

「そうか。うまくやってんな。おれとは真逆なんだな。おれの場合、素顔がタローそのものなんだぜ」

「実在のタローの顔には興味がなくて、偽物のザ・タローの素顔に興味があるんだから、世の中おかしな奴らばかりだな」

「そうだよ。おれの顔を見てもタローだっていう奴は誰もいなくなったぜ。昔は少しはいたのにな。完全に画面の中だけの存在になって、リアルな世界とは切り離されているものな。まるでモニターから視線を外したとたんに、別の世界が存在するようだな」

「別のタローが歌を出して、デビューしたことは知っているか? 名前はイツキ・タローというらしい。もとは中年の売れない演歌歌手だったらしいんだ。歌はうまいけれど、いかんせんタローの顔はスター性がないよな。売れるとは思わないけどな。藁をもすがる気持ちなんだろうけど。歌のタイトルが「仮面恋心」で、歌詞は「おまえを思って、今日も仮面、仮面の下で泣いている」というような、わけのわからないものだ。これもただの便乗商法だ」

「イツキ・タローのことはよく知らないけど、ニャン・タローが若い子に人気だそうじゃないか」

「ニャン・タローか。こっちは初音ミクのように完全にバーチャルの世界の中で造られたアイドルだろう」

「そうなんだよな。おれの顔でアイドルだぜ。歌って踊れる10代のアイドルだぜ。こんな芋臭い顔で、よくもアイドルをやってられるよな」

「顔だけがタローで、体は華奢で背も高くて足は長いけどな」

「顔を見なければアイドル然としているんだけど、顔を見るとな。ファンはそのギャップがいいと言うんだけど、おれには理解しかねるね。おっかけのおばちゃんたちがたくさんいるそうだね」

「顔以外はスーパースターだよ。あれだけ踊りがうまいんだぜ。おれもニャン・タローのダンスに合わせて、この短い脚を一緒になってあげているよ」

「そりゃあ、バーチャルの世界だからいくらでも上手に踊れるさ。声も人工合成の声らしいじゃないか。エルビス・プレスリーとマイケル・ジャクソンと中島みゆきの声を合成したそうじゃないか」

「どうりで歌はうまいよな。コタローもザ・タローもニャン・タローも、声はおれの声とは全然違うものな。声が違うと別人としか思えなくなってしまうものな」

「でも、タローはどこまで言ってもタローなんだよ。違う名前がついたら、すぐに見放されてしまうぜ。ニャン・ヒロシじゃ駄目なんだよ」

「ニャン・タローなんかバーチャルリアリティーの中の存在だから、空を飛ぶことも海に潜ることもできるものな。今度、ニャン・タローが主役の映画ができるのを知っているか」

「知らないよ。コンサートの映画か?」

「違う、違う。ニャン・タローが地球を救う物語だよ」

「それウルトラマンタローの間違いじゃないのか?」

「いや、間違っていないよ」

「じゃあ、アニメか?」

「ニャン・タロー以外は本物の俳優を使うそうだ。深田恭子も恋人役で出演するそうだぞ」

「すごいことになっているな。こうしたことも本家本元のおれを抜きに話が進められているんだ。何の断りもなしだぞ」

「だから、だれもおまえのことをタローの本家本元だと思っていないって。いたとしても、タローのそっくりさんとしか思っていないんじゃないのか」


                           つづく

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