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そこにフルタはいません (下)  作者: 美祢林太郎
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6 肖像権

6 肖像権


 フルタは店で客と話をしている。

 「フルタさん、ついにテレビに進出ですね。破竹の勢いじゃないですか。まさか、会社をやめるんじゃないでしょうね」

 「あの「コタローに叱られる」ですか」

 「そうそう。フルタさんにあんな強気の一面があるなんて信じられませんでしたよ。いつもは穏やかなのに」

 「あれは私ではありません。私の顔が使われているだけです。いつものニセフルタですよ」

 「まあ、そうなんでしょうが、フルタさんにそっくりじゃないですか。顔の使用料とか入るんですか。サイドビジネスですね」

 「勝手に使われているだけですよ。いままで一度も断りを入れられたことはありません。無断借用です」

 「それはひどいな。使用料をとったらいいんですよ。これだけブレイクしたんだから、使用料だけで一生遊んで暮らせるんじゃないんですか」

 「そうですかね。使用料もらえますかね」

 「真剣に考えた方がいいですよ。番組に直接連絡してみたらいいですよ。きっと大金持ちですよ。会社をやめる時は私に言ってくださいよ。盛大に送別会をしますから。電話かけるなら今すぐの方がいいですよ。電話番号調べますね。ついでにかけてあげましょう。あっ、つながりました。どうぞ」


 「駄目でした。「コタローに叱られる」のコタローは私とたまたま顔が似ているだけで、別の人格だというのですね」

 「じゃあ、フルタさんにそっくりのタローってどこかに存在しているんですか?」

「いや、実在するタローはいないってことなんです。タローは創作されたものということになっているそうです」

「でも、そのタローの顔は元々はフルタさんの顔をモデルにしているんじゃないんですか? 誰が見てもそっくりですよ」

「使っていないと言い張るんですよ。かれらはコタローはインターネット上のタローの顔を利用しただけだというんですね」

「しつこいようですが、そのタローの顔というのが、もともとはフルタさんの顔じゃないんですか」

「私もそう主張したのですが、それならば、自分の顔が使用されたことを証明してください、と逆ギレされたわけです。そう言われてしまえば、どうやって証明したらいいかわからないですからね。そもそも私の顔がタローに使われたのかどうかもわからないじゃないですか。私の顔とタローの顔がそっくりというだけで、それが私の顔が使用されたことにはなりませんからね。偶然の一致ということもあるわけで」

「こんなにそっくりで、偶然の一致ということは、いくら何でもないでしょう」

「誰でもそう思いますよね。でも、コタローの動く表情を見たらあなたとは違うでしょ、って言うんですよ。確かに表情を見たら違うんですが、それは元の顔があるわけで、それからの派生物でしょって言ってやったんです。すると性格を持ち出して、あなたとコタローは性格がまったく違うんじゃないですか、と言うんです。性格が一人の人間を作り上げているというのですね。一卵性双生児を考えなさい、と言うわけですよ」

「だけど、写真にだって肖像権というものがあるんであって、肖像権を犯しているんじゃありませんか、って言ってやったらいいんですよ」

「私もそれを言ってやりました」

「すると、敵さんはなんて言ったのですか」

「あなたのような無名な人に肖像権はない、と抜かしたのです」

「でも、タローはこれだけ有名になったのですから」

「それはタローであって、あなたではないというのですね」

「ごもっとも」

「さらに、最初にインターネットでタローを見つけた時に、あなたはなぜ肖像権を主張しなかったのか、というのです。その時にしていないから肖像権は私にはないというのですね」

「一度やり過ごすと、権利の放棄とみなされるのですか」

「そうらしいんです」

「じゃあ、あのネット上やテレビの中のフルタさんの顔はあなたのものじゃないんですね」

「テレビはコタローという人の顔になったんです」

「あれはニセフルタじゃないんですね」

「あれはニセフルタではなく、コタローです。かれらに言わせると、私がニセコタローなのかも知れません」

「いつあなたの顔は奪われたのですか」

「いつでしょうね。あまりに平凡な顔だったので、大事にしてきませんでしたからね。これは私のせいなのかもしれませんね」

「いや、タローさん、間違えました。フルタさんのせいではないでしょう」

「私も私のせいだとは思いませんが、でも顔を大事にしてこなかったことだけは間違いないので。自分の顔は、盗まれないように自分が責任を持たなければいけないんですね」

「まあ、まあ。そんなに落ち込まなくてもいいんじゃありませんか。別にフルタさんがタローになったわけじゃないんですから。フルタさんはフルタさんのままですから。こうなったら、タローのことは気にしなくて暮らしていくんですね」

「そうですね。タローは私とは別の人格ですからね。話は変わりますが、車の買い替え時期じゃないんですか? 何キロ走りました」

「およそ十万キロですね」

「それなら新しいのを買ってもばちはあたらないでしょう」

「かみさんも、新しいのにしようと言っているんですよ」

「そうですよ。いまが良いタイミングじゃないですか。来週の土日にキャンペーンをするので、カーナビなどが安く提供できるので、いいチャンスなんじゃないですかね」

「うん、ヤリスがいいなって妻が言っているんですよ」

「奥様がよろしければ、ヤリスにしたらいいんじゃないですか。でも人気があるから発注して納車まで3ヶ月は見ておかないと駄目ですね」

「えっ、そんなにかかるの」

「そうなんですよ。色や装備を決めて、早く発注をかけた方がいいと思います。いまの車、車検まであと4ヶ月じゃありませんか。絶妙なタイミングですよ」

「それじゃ、かみさんに話してみるよ。パンフレットと見積もりを頂戴よ」

「じゃあ、今一緒に必要な装備を聞きながら見積もりを作りましょう」

「なんだかんだ言って、フルタさんはタローが登場して何か生き生きとしてきたみたいだな」

「えっ、そうですか。これでもタローというニセフルタが登場して、私は迷惑しているんですけどね」

「そうには見えないけどね」

「肖像権のお金が入らないから、地道に働くしかありませんよ。あはは」

「そう、フルタさんにはその笑い声が増えたよね」

「そうですか」


                                  つづく

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