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そこにフルタはいません (下)  作者: 美祢林太郎
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5 コタローに叱られる

5 コタローに叱られる


  テレビを見ていたフルタは、パソコンのキーボードをたたいていたクララに声をかけた。

 「これ見てください。ぼくがテレビに出ています」

 「今更なんですか。ぼくではなくてタローでしょう? タローはたまにワイドショーに取り上げられているじゃありませんか。珍しいことではありませんよ。今度はボクサーにでもなったんですか? それとも相撲取りですか」

 「茶化さないでくださいよ。今回のは違うんですよ。テレビ番組で司会をしているのです。それも司会者の顔を乗っ取ったんじゃなくて、司会者みずからがタローの顔をしてコタローと名乗っているんです。番組がコタローを中心にして作られているのです」

 「それ本当ですか。ついにタローはインターネットの世界からテレビの世界に進出したのですか」

 「どうもそうらしいんですね」

 「それで何という番組ですか?」

 「「コタローに叱られる」というバラエティ番組なんです」

 「それじゃNHKの「チコちゃんに叱られる」のパクリじゃないですか」

 「そうです。タイトルを完全にパクっているんです。それにチコちゃんと同じように、タローの顔をコンピュータグラフィックスで加工しているんですよ」

「それって、完全にチコちゃんですね」

「ですが、番組の内容は違っていて、社会で起こっている不正をコタローが大声を上げて怒る、っていう構成になっているんです」

「怒るって、やっぱりチコちゃんのパクリじゃないですか。なんかよくあるバラエティ番組みたいですね」

「それを言っちゃあ身も蓋もありません」

「そんなのでどこが面白いのですか。フルタさん、じゃあなくてタローの顔はあまりに平凡ですよ」

「だから、ここでもチコちゃんのアイデアをパクっているんですよ」

「何を?」

「コタローの頭が異常にでかいんです。通常の5倍くらいはあります。まあ、体との比率ですけどね」

「せこい番組ね。それなら怒ったらガスを噴き出すんですか?」

「さすがにそこまではしていません」

「それじゃあ、コタローを演じている人は誰なんですか」

「それがわからないんです。クレジットにも名前が出てこないんです」

「まあ、ぬいぐるみを着ていると考えたら、名前が出てこなくても不思議ではないですね。でも、しゃべりは重要な役割を果たしていますよね。しゃべりの人の名前も出てこないのですか」

「出てこないんです。秘密にしているんですね」

「多分、売れない芸人さんがコタローの声の役をやっているんじゃないですか。そのうち週刊誌で暴かれますよ。意外と若手芸人の売り出しの手口かもしれませんしね」

「そうですね。でも、コタローがこれだけテレビに出てくると、ぼくの顔が世間に知れ渡って、外を歩きにくくなってくると思うんですよ。なにしろテレビですからね。インターネットとは視聴率が格段に違うでしょう」

「でも、顔はそっくりだけど、体形は全然違うじゃないですか」

「たしかに、コタローはぽってりとした体形ですね。顔の大きさに合わせたんですかね」

「顔の原型は同じだけど、表情も全然違いますよ。フルタさんはこんなに喜怒哀楽の激しい表情をしたりしませんわ。大口を開けて笑ったり、目じりを釣り上げて怒ったりしないじゃないですか。言葉遣いだって、コタローは乱暴ですよ」

「そうですね。黙っていたらぼくにそっくりですが、怒ったり笑ったりすると、ぼくとは全然違ってきますね。こうして表情をつけるとぼくの顔から離れていくんですね。ディープラーニングしていないみたいですね」

「そう言われれば、そうですね。これまでインターネットの動画に写っていたタローはどれもあまりに小さかったから気づくことはありませんでしたが、表情が動くことはほとんどなかったように記憶しています。コタローはフルタさんにそっくりですけど、こうして顔の動きをドアップで見ると、フルタさんをよく知っている人間にとってはフルタさんとは別人であることが明白になってきますね」

「ぼくの表情をディープラーニングさせていないんですね」

「フルタさんは表情が豊かではないから、表情を学習させることができなかったんじゃありませんか。学習させても面白くないのかもしれませんし」

「ぼくの表情、そんなにつまらないですか」

「あら、ごめんなさい。そんな意味で言ったんじゃありません。誰しも、このテレビのような大げさな表情はしませんよ。決してフルタさんが無表情だって言っているわけじゃありませんから、お気になさらないでください」

「タローがぼくとは別の道を歩み始めたみたいですね。これではコタローをぼくだと思う人はいないでしょうね」

 「それにしても、どうしてテレビが堂々とタローを登場させたのでしょう? これはどう見てもタローの人気にあやかった便乗商法ですね。テレビも抜け目がありませんね」

 「そうですね。でも、コタローはぼくの性格とは全然違いますよ。ほら、また怒った。ぼく、むやみに怒ったりしませんよ。ぼくはこんなに偉そうな正義の味方でもありませんし」

 「フルタさんの顔を拝借しただけで、喜怒哀楽の表情までは盗まなかったのですね。フルタさんの性格や体形をまねようなんて気は、さらさらなかったのじゃないかしら。まあ、フルタさんの性格は世に知られていませんし、これまでのインターネットのタローには性格は付与されていませんでしたからね。それにしても、これを見ると表情が性格を規定するのですね。コタローによって、人格を持ったタローが初めて登場することになったのですね。この番組でタローの性格が決まったようなものですね。それはさながら、怒れる市民ですね」

 「そうですね。タローが個性を持ち始めましたね。怒れる市民ですか」

 「これは新たな展開ですよ」

 「何がですか?」

 「タローが人格を持ったことですよ」

 「それじゃ、タローは怒りんぼということになってしまうのですか」

 「そうとも限らないでしょう。近いうちに、コタローとは違う別の性格を持ったタローが現れてくるかもしれませんよ」

 「えっ、これからいろいろなタイプのタローが現れるかもしれないということですか?」

 「そうなっていくかもしれませんね。フルタさん、タローから影響を受けては駄目ですよ」

 「それはどういう意味ですか。たとえば、ぼくがコタローのように怒れる市民になるということですか? それはありません。そんなことは決してありませんよ」

 「フルタさんはフルタさんのままが一番です」

 「はい」


                                つづく

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