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そこにフルタはいません (下)  作者: 美祢林太郎
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4 子供にせがまれてタローを探す

4 子供にせがまれてタローを探す


 会社員二人が仕事の帰りに居酒屋で話をしている。

「おまえ、タローを知っているか?」

「ああ、あのタローとジローだろう」

「南極物語のタローじゃないよ」

「わかってるよ。冗談を言ったまでだ。いま話題の「タローを探せ」だろう」

「わかってるじゃないか」

「それで、そのタローがどうしたんだ」

「おれの小学生の娘がタローを探してくれって頼むんだ」

「それなら、湘南のサーファーが有名じゃないか。他には相撲を観戦していた奴」

「そんな誰でも知っているタローじゃ駄目だって言うんだ。クラスで新しく見つけたタローの自慢をしている友達がいるらしいんだ。乗り遅れるとのけ者にされるらしいんだ。女房も娘がいじめられたらどうするのって言うんだよ」

「子供の世界も大変だな。それにつき合わされる親はもっと大変だけど」

「しかたないから、おれ日曜日に上司からのゴルフの誘いを断って、一日中パソコンを前にして探したよ」

「お嬢さんと一緒に探したのか?」

「娘はママと一緒に買い物さ。探すのはおれ一人。静かでいいけどさ」

「それで見つかったのか」

「探し方のコツを上げているサイトがあるんだ。それを最初に読んだよ。要するに、ユーチューブの動画を見て、背後に小さく写っている男をズームアップして確かめていくしかないんだ。ねらい目は人気のない動画らしいんだ。有名なユーチューバーのにはタローはいないらしいね。でも、一度タローが見つかったサイトには、「いいね」がたくさんついて、人気になるらしいけどね。ねらい目は野球やサッカーの観客から探すことだってさ」

「おまえ、観客と言ったって、何万人もいるんだろう。それをいちいち確かめるのかよ。そんなのやってられないだろう」

「家族には内緒だけど、効率よくタローを見つけることのできる探知機が売られているんだ。おれレベル2の探知機を手に入れたよ。これがなくっちゃあ初心者には到底探せないね」

「金払ったのか? いくらだよ」

「1万円」

「えっ、1万円もするの。レベル1はいくらだよ」

「5,000円。レベル5になると10万円だぜ」

「ゲームも金がかかるな」

「そりゃあそうさ。でも、親の威厳と言うものがあるからな。そのタロー探知機を使って、たくさん人が集まる観光地にしたんだ」

「それでどうだったんだよ」

「まず、世界遺産をググってみることにしたんだ」

「どこを調べたんだよ。姫路城か?」

「モン・サン=ミシェルだよ」

「えっ、あのフランスの海にある教会か?」

「そうそう。よく知っているな。おれ、かねてから一度行ってみたいと思っていたんだ。丁度いい機会だから、まずモン・サン=ミシェルにしたんだ。さすがにたくさんの投稿があったね。それに凄い観光客なんだ。その観光客を探知機を使ってズームアップして調べて行ったね。なかなか面白かったよ。外国人の顔をまじまじと見たことがなかったからね。やっぱり世界中から観光客が来ているんだね。日本人か韓国人か中国人かわからないけど、アジア人も多かったよ」

「それで、結局見つかったのか?」

「見つかったよ。大きなオムレツを食べている太った人。それがタローだったんだ。凄い汗をかいていたぜ。多分、元は白人だな」

「それでお役御免か」

「いや、3人は見つけて欲しいと言われていたから、次はルーブルに行ったよ」

「ルーブル美術館か」

「ああ」

「ルーブル美術館の中で写真やビデオを撮影してもいいのか?」

「ああ、海外のたいていの美術館は撮影OKなんだ。だからこれまた凄い数が投稿されていたよ。でも、いろいろと名画を観れて楽しかったけどな」

「それで、見つかったのか」

「ああ、サモトラケのニケの前で探知機がビビビってきて、見つかったよ」

「サモトラケのニケ、いったいそれは何だよ」

「ミロのビーナスと並んで有名な古代ギリシャの彫刻だよ。おまえも知っているよ。あの天使の羽を広げた奴」

「ああ、あれね。分かった。それで、そこにいたのはどんな奴だったんだよ」

「多分、アジア人だな。自撮り棒を使って他の人の迷惑も顧みずに、自分とサモトラケノのニケを一緒に撮影していたな。警備員に注意されてもやめないんだから」

「それならアジア人だ。でも、話を聞いているとなかなか楽しそうじゃないか」

「おう、そうなんだ。かみさんと娘の前では楽しかったなんて言えないけど、これが結構楽しいんだよ。旅行した気分になったものな」

「それじゃ、あと一人はどこでゲットしたんだ」

「ここはニューヨークのMOMAでしょう」

「なんだそのモマちゅうのは」

「おまえ、MOMAも知らないのか。The Museum of Modern Artの略でニューヨーク近代美術館だよ」

「おっ、かっこいいな。それにしても、おまえやけに美術に詳しいじゃないか」

「おれ、高校の時、美術部だったからな」

「そうなのか、知らなかったよ」

「誰にも言ったことないもの」

「意外な一面だな。いままでおまえは無趣味だとばかり思っていたよ」

「MOMAには一度行ってみたいと思っていたんだ。印象派や後期印象派の素晴らしい絵画があるからね」

「ゴッホとかゴーギャンか」

「そうそう。よく知っているじゃないか」

「このくらいは常識だろう。それでタローは見つかったのか」

「おれの好きなゴッホの「星月夜」の前で探したんだ。あっ、こういう言い方、かっこいいね。実際は「星月夜」の前で撮影された動画ばかりをみたんだけどね」

「それで、見つかったのかよ」

「ああ、2人ゲットしたよ」

「合計4人じゃないか。いったい何時間かかったんだよ」

「朝10時から夕方の4時までだから6時間か。昼飯抜きだったぜ」

「結構時間かかったじゃないか」

「そりゃあそうだろう。観客の顔をいちいちズームアップしていくんだからな。探知機の力を借りなかったら、一人も見つからなかったと思うよ。でも、我ながらねらい目は外れていなかったな。美術館を選んだのは大正解だったよ。次はエルミタージュとプラドに行こうと思っているんだ。ウフィツィもはずせないね」

「おまえ楽しそうだな」

「これで休みの日はかみさんと娘に怒られずに堂々とパソコンを見ていられるんだぜ。最高じゃないか。タローを見つけたら子供に喜ばれるし、おれは世界中の美術館を巡ることができるし。一石二鳥だ」

「それじゃ、おれも今度タローを探してみるかな」

「そうしてみなよ。楽しいぞ。それでどこで探してみるんだ」

「それが難しいんだよな。いいとこ教えてくれよ」

「おまえ、何か趣味があったっけ」

「酒飲むこと以外に、別にないよ。人が酒を飲んでるところを見ても楽しくないしな」

「おお、それなら、世界の酒の祭りを探してみたらどうだ。日本でも秋になったらいろいろなところで酒やワインの新酒祭りが開催されているだろう。世界中で新酒祭りがあるはずだぞ。これおまえにぴったりじゃないのか」

「おっ、楽しそうだな。ビール、ワイン、ウイスキー、ブランデー、テキーラ、ウォッカ、紹興酒。いろいろあるな。だけど、おれ別に子供いないからタローを探す必要もないんだけどな。新酒祭りだけのぞくかな」

「タローを探してくれたら、一人につき一回の飲み代をおごるよ」

「おっ、それなかなかいい提案だな。探す励みになるよ」

「だけど、このことはうちのものには内緒だぞ。おれ、探すのが大変だ、大変だって言って、同情を買うようにしているんだから」

「わかった。よし、次の飲み会で成果を発表しよう。来週の月曜日でどうだ」

「いいね。とりあえず乾杯だ」

「乾杯」


                                    つづく

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