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そこにフルタはいません (下)  作者: 美祢林太郎
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3 受験生が「タローを探せ」にはまる

3 受験生が「タローを探せ」にはまる


 喫茶店で二人の高校生が「タローを探せ」の話をしている。

「おまえ何人探した」

「土曜と日曜で7人。おまえは?」

「おれは二日間で11人」

「すごいじゃん。それでこれまでのトータルで何人だよ」

「55人。おまえは?」

「101人だよ」

「ついに三桁にのせたのか。おまえ、クラスでぶっちぎりじゃねえ」

「世の中にはもっとすごい奴がいるからさ。ドイツ人のマッハなんか10,000人越えだぜ」

「マッハはプロだろう。一日中やってんだろ。スタッフもそろえているそうじゃないか」

「まあ、そうだけどね。一人で24時間毎日探してもあんなに見つかるわけないよな。まあ、最高の探知機を手に入れているんだろうけど」

「おまえ、土日で何時間くらいしたんだよ」

「おれ20時間くらいかな。おまえは?」

「寝ている時以外はほとんどだから30時間かな」

「そりゃあ、やり過ぎだろう。親は怒らないのかよ」

「部屋にこもっているから受験勉強していると思ってんだろう」

「そんなに信用されているのか?」

「信用していないだろうけど、信用しているふりをしないと、親子間でさざ波が立つからさ」

「受験生を抱える親は子供に気を使って大変だな」

「そうそう。だけど、子供としてはどうしてやることもできないものな」

「もう少し勉強してやったらどうなんだよ」

「「タローを探せ」が気になってさ。おまえは気にならないのか。勉強なんか手につかないよ」

「わかる、わかる。「タローを探せ」がくだらないことはよくわかっているよ。勉強からの逃避だってこともわかっている。これ中毒だよな。だけど、薬物に手を出すよりはましじゃないか」

「まあ、そうだけど。薬物も「タローを探せ」もやらない方がいいんだけどな。薬物中毒もあるけど、ゲーム中毒って言葉もあるくらいだからな。なかなか抜け出せないよ」

「でも、おれたち高校生ならまだしも、小学生の間でも蔓延しているそうじゃないか」

「あいつらガキだから、授業中までしているらしいぜ。先生が取り上げるとギャーコラギャーコラ泣きわめくから、先生も始末に負えないらしいんだ」

「ところで、おまえが探したタローを見せてくれよ」

「おらおら、これどうだ。アンゴラだぜ。アンゴラ、知っているか?」

「アンゴラ、聞いたことあるな。アフリカか南米の国だろう」

「おっ、感がいいね。アフリカにある国だよ。ここのコーヒー農園で働く人。アップにするぞ。ほら、タローだろう」

「さすがだな。よく、こんなところで見つけたな」

「インスタの動画からマイナーな国の投稿を探して、その中からタローを探すんだ」

「それで、もう登録したのか?」

「そりゃあ、したさ。新発見だからな。「タローを探せ」公式委員会から正式にY33111952の番号で登録されたんだ。そしておれが命名者となったんだぜ」

「どういう名前を付けたんだよ」

「ケイコタローだ」

「ケイコって誰だよ」

「うちの母ちゃんだよ。おれ心配かけてるからさ。ここらで親孝行しなくっちゃと思ってね」

「お母さんに教えたのかよ」

「言えるわけないだろう。また、叱られちゃうよ」

「だけど、本当は凄いことなんだけどな。永遠にケイコの名前が残るんだぜ」

「ほら、これが認定書。ケイコタローって書かれているだろう」

「これ凄いよ。今度クラスのみんなに見せて自慢しようぜ」

「でも、母ちゃんの名前が同級生の間で有名になるのもな。それに遅かれ早かれ母ちゃんの耳にも入るぜ。母ちゃんにこの価値がわかるとは思えないから、本人が知ったら絶対に激怒するよ」

「まあ、そうなったらそうなったでいいじゃないか。とりあえず、みんなにこの認定書を見せてやろうぜ。ぶっとぶぜ」

「そうだな。今度は、おまえが見つけたタローを見せてくれよ」

「ほら、見てみろ。パラグアイのアスンシオンの警察官」

「おう、おう。これ確かにタローだな。新発見か?」

「それがすでに発見されていたんだ。アスンシオンの住民が第一発見者なんだ。多分、第一発見者はこのタロー本人か、それともかれの知り合いだろうな」

「やっぱり、身近の奴が強いよな。おれスペインのバルセロナ近郊のサン・サルドゥニ・デ・ノヤでも見つけたぜ。このスパークリングワイン造りしている奴がそうなんだ。ズームすっからな」

「日に焼けて精悍な顔になっているけど、確かにタローだな。おまえ海外専門なの? 日本は見ないのかよ」

「海外のばかりじゃあ疲れるから、たまに日本もチェックしているよ。これどうだい。北海道襟裳岬」

「また、マニアックだな。襟裳岬で何をしていたの。どうせコンブ漁だろう」

「それが違うんだよ。「襟裳岬風の館」で風速25mを体験している観光客。顔の肉が飛ばされそうだけど、よく見るとタローだろう」

「よく、こんなの見つけたな。さすがにこれはじっと見ないとタローだとわからないよ。これは新発見だろう?」

「いや、おれが発見する5分前に登録した奴がいるよ」

「残念だったな。だけど、これを発見する奴がいるのか? どうせ本人か同行者だろう」

「それがイギリス人だったんだ」

「恐るべし、イギリス人だな。「タローを探せ」の新発見者の数で、世界一はアメリカだけど、二位はイギリスなんだろう。やっぱり好奇心旺盛な博物学の国、イギリスだな」

「おれ最近、テーマを持ってタローを探してんだ。でたらめに探してもきりがないだろう」

「そうか。おれもむやみやたらに探してもまとまりがないんじゃないかと思い出したところなんだ。それでおまえのテーマはなんだ」

「全ての国で1人は見つけることだよ」

「そんなのがテーマか。簡単じゃないか。世界の国なんて200くらいしかないんじゃなかったっけ」

「そうなんだけど、ナウルって国知ってるか」

「おう、聞いたことがある。たしかオーストラリアの近くの小さな島国だよな」

「世界で3番目に小さい国なんだ。国土全体で21km2だぜ。東京の品川区と同じくらいの面積らしい。そこに12,000人が住んでいるんだ。さすがにSNSをしている人は少ないし、観光客もほとんどいないんだ。おれずっとナウルに注目しているんだけど、政府のホームページ以外はほとんどインターネットに載ってこないんだ。だからまだナウルでタローは発見できていないんだ」

「そうか、面積はともかく、一万人くらいしか人がいなかったら、日本でも小さな村くらいだものな。そこからSNSを発信してくる奴って限られているよな」

「さすがにSNSが発信されなかったら、仕掛け人もタローの顔を張り付けることはできないだろう。おれがナウルに行って動画をいっぱいSNSに載せたいくらいだよ」

「まあ、ナウルのようなちっちゃな国は難しいだろうけど、国というテーマだと面白みにかけるんじゃないか。なんてったって200だろう」

「だから、同時にアメリカの50州もやっているんだよ。これは簡単に集まりそうなんだ」

「じゃあ、他には」

「世界の100万人以上の都市を網羅しようと思ってたんだけど、やめた」

「どうして?」

「中国に100くらいあって、インドにも50くらいあるんだ。ちょっとアジアに偏り過ぎているから、面白みに欠けるんだ。アジア人から日本人の顔を探しても面白くないと思わないか」

「そうだな。意外性が乏しいよな」

「だろう。だから、今度はサッカー関連のタローを集めようと思っているんだ。サッカーは世界のスポーツだから世界中のどこの地域でもやっているからさ」

「サッカー選手のタローか?」

「そんなのみんなやっているだろう。そうじゃなくて、サッカーをしている子供のタローとかさ。サッカーをしている子供を見ているおじいさんのタローとかさ。サッカー場の清掃員のタローでもいいんだ。サッカー関連だったらなんでもいいんだ」

「それは面白そうだな。世界のどんな僻地でもサッカーをしている子供はいるだろうからな。野球じゃあこういうわけにはいかないな」

「そうだろう。おまえはなにかテーマを持たないのかよ」

「おれ戦場のタローを探そうと思っているんだ」

「何それ。あまり怖いことするんじゃないよ」

「おれ、偶然、シリアの内戦で戦っているタローを見つけたんだ。ライフルを肩に下げて廃墟の中を走っていたんだ。あのタローの顔が忘れられなくてさ。タローのあのボーとした顔からは想像できないほど緊張感に溢れていたんだ。生死をさまよっている顔だぜ。日本では絶対に見られない顔なんだ」

「あのタローがか?」

「あのタローがだ」

「そうか。おれそういうの避けてきたからな。だって、怖いだろう。見てるそいつが数秒後に撃ち殺されているかもしれないんだから。おれ見ていられないよ」

「おれも怖かったけど、画面にくぎ付けになったんだ。調べてみると、世界中で内戦があるんだ。日本なんて今さらながら平和な国だよ」

「平和の象徴が「タローを探せ」じゃないか。あんまりシリアスになるんじゃないぞ。おれたち受験生だってことを忘れるなよ」

「ああ、そうだな。それにしてもおれたち世界の地理について詳しくなったよな」

「そうだな。「タローを探せ」にはまって、世界のことを知るようになったものな」

「受験の選択科目には地理を入れておかないとな」

「入試にナウルのことが出題されないかな」


                            つづく

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