1 ニセフルタの登場で営業成績が伸びました
1 ニセフルタの登場で営業成績が伸びました
会社の近くにあるガストで、フルタは同僚のホソカワと昼食を取りながら話をしていた。ホソカワが話の口火を切った。
「それにしてもおまえ、いつも和風ハンバーグ定食だな」
「迷わなくてすむからな。おまえは毎回かえているな」
「飽きるじゃないか。おまえ飽きないのか?」
「安心感があるじゃないか。違うものを食べて口に合わなかったら、損した気になるからさ」
「たかだか五・六百円で、いくらなんでも損はないだろう。せこいことを言うなよ」
「お金のことじゃないよ。気持ちの問題だよ。安心感が何より大切なんだ」
「その若さで少し保守的過ぎんじゃないのか。もう少し好奇心持てよ」
「好奇心って、ガストのメニューに好奇心を持たなくったっていいだろう」
「ガストの料理をバカにしているのか。ガストも営業努力をして、いろいろと美味しいものがあるんだからさ。まさかおまえ、和風ハンバーグ定食に操を立ててんじゃないだろうな」
「大げさだな。別にそんなことはないよ。ただ他に食べたいものがないだけだよ。好きで和風ハンバーグ定食を食べてんだから、ほっといてくれよ。毎日同じものを食べて、なにかおまえに迷惑かけたかよ」
「そんなつっけんどんな言い方はよせよ。そう言えば、おまえ以前は営業成績がずっとビリの方で低め安定していたのに、このところ成績がぐんぐん伸びて、ついに今月はトップになったじゃないか。みんな驚いてるんだから。給料もずいぶん増えただろう」
「まあ、それなりにね」
「それならもっと高級なものを食べてもいいんじゃないのか? 今度ステーキでも食べに行かないか? 米沢牛のステーキだよ。おれいい店知ってんだ。おまえのおごりでさ」
「おれたち米沢牛を食べる柄じゃないだろう。ここのステーキで十分だよ。次回、おごってやるよ」
「おまえ、ほとほと欲っていうものがないな。ところで、彼女とうまくやっているのか。あの美人さんだよ」
「ああ、クララさんね。仲良く暮らしているよ」
「おまえの成績が伸びたのは彼女のおかげじゃないか。まさに福の神だね。彼女に感謝しろよ」
「いや、成績が伸び始めたのはその前からだけどね。インターネットのいろいろな動画でニセフルタが登場するようになってからだね」
「まあ、そうだけどさ。クララさんとアダルトビデオに出演したことで、拍車がかかったんじゃないのか」
「前にも言っただろう。あれはおれじゃないって。ディープフェイクのニセフルタだから。そこのところ間違わないでくれよな」
「それにしても、世の中わからないよな。ニセフルタ事件が勃発してから、おまえが潰れてしまうのかと心配したけど、逆に仕事がうまくいくようになったんだからな。万事塞翁が馬とはおまえのためにあるような諺だな」
「自分でもこんな展開になるとは思ってもみなかったよ。防犯カメラにおれに似た奴が写っていて犯人にされそうになった時には、絶望的な気分だったものな。おれこの先どうなるんだろうと思ったぜ。しかし、ニセフルタがインターネットに頻繁に出るようになってからは、お客さんと話題に事欠くことはなくなったからね。その前のおれは、よっぽど話題のない男だったんだな。おれ、もともと人見知りだもんな。営業マンには向いていないんだ。それがいまじゃ、インターネットでニセフルタを見たって、お客さんの方から話題を振ってくれるものな。助かるよ」
「いいな、そんな強みのある奴は。おれもニセホソカワが登場しないかな。ああ、思い出した。インターネットにおまえにあやかって偽物の顔がたくさん登場しているらしいな。目立ちたくって自分でディープフェイクをこしらえてるそうなんだ」
「そうなのか。それでどうなっているんだ」
「しょせん二番煎じなんだよ。誰もおまえのように爆発的なヒットはしていないらしいぜ。有名お笑いタレントのサイトウもユーチューブにニセサイトウが登場したらしいんだけど、自分で仕掛けたという噂でもっぱらだし、誰からも全然相手にされていないらしいぜ。女性国会議員のサカイもおまえに便乗してSNSにニセサカイを登場させたらしいが、自分がやったくせに、「自分ではありません。肖像権の侵害で訴えます」と息巻いているらしいぜ。すべておまえに便乗しての売名行為だってことはわかっているんだ。だけど、おまえ以外にだれも流行しないんだよな。不思議だよな。あの格好いい人気ロックシンガーのガモウもやってみたらしいけど、何の反響もないものな」
「おれが一番目だったからよかったのかな」
「それだけじゃないんじゃないか。おまえの取りえのない、その茫洋とした顔がよかったのかもしれないな。おまえの顔はどこにも敵を作らないし、我という主張がどこにも見当たらないもんな」
「それ、何も褒めてないから」
「でも、正確に言うと、おまえだって一番目じゃないんだよな」
「どういう意味だよ」
「だって、ハリウッドじゃあ、20年以上前からディープフェイクが話題になっていたんだろう」
「ああ、ポルノね。でも、この一般人の顔のすげ替えはおれが世界で初めてじゃないのか?」
「多分、おまえよりもっと早くやった奴はいると思うけど、これだけポピュラーになったのは、確かにおまえが最初なのかもしれないな」
「おれが最初と言っているけど、実際はおれ何もしていないんだけどね。おれはただ知らないうちに顔を盗用されただけで、仕掛け人はどこか他にいるんだけどね」
「そうだよな。おまえの顔を盗んだ奴は、いったいどんな奴なんだろうな。おまえの知り合いに誰か心当たりのある奴はいないのか?」
「まさかおまえじゃないよな」
「おれじゃないよ。おれであるわけがないじゃないか。おれがディープフェイクなんて難しいことができるわけないだろう」
「おれだっておまえにできるなんて思っていないよ。おれたちの知り合いでディープフェイクができる奴、誰か思いつくか? 思いつかないよな。こんな難しいことは誰もできないよな」
「おれたち営業の連中はできないことははっきりしているけど、整備の連中だったらメカに強いから、だれかできる奴がいるんじゃないか」
「それがメカとコンピュータのソフトとは全然違うらしいぜ。この前、ディープフェイクのことを整備の主任に聞いてみたけど、おれたちと同じレベルだったんだから」
「そんなものか。それじゃあ、少なくともうちの会社の人間じゃないな。しかし、よりによっておまえの顔を使った、ということが一番理解不能だよな」
「それどういう意味だよ」
「だから言っただろう。おまえ、良い奴だけど、映像的に無理があるだろう。個性や魅力があるわけじゃあないしさ。おまえ、映画だったら主役はもちろん脇役にもなれないぜ。せめてエキストラだな。この際だからはっきり言うけど、エキストラでもおまえよりおれの方がまだましだぜ」
「似たり寄ったりだろう」
「まあそのことは置いといて、おまえのようにどこにでもいる顔が不思議と受けたんだよな。世の中わからないもんだな」
「まあ、そうだな」
つづく